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超変則将棋型バトルゲーム クロスレイド  作者: 音村真
第一章 英雄の器篇
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第八話「チュートリアルⅣ」改済

◇ ◆ ◇


 休憩後は、主に飛鳥あすかとの実戦を通して、智樹ともきがクロスレイドをプレイする感覚を身体で覚えられるように、しばらく自由な実戦形式が続いていた。

 これは智樹に、自分で考えて行動する力を養って欲しいという想いから、金太郎きんたろうが提案したものである。

 金太郎は自分から指示を出すことを控えて、可能なかぎり見守ることに徹していた。


 とはいえ、あくまでこれは智樹へのレクチャーだ。

 実戦といっても、飛鳥は本気を出しているわけではない。

 智樹に次の一手を考えさせるための指導対局的な感覚でプレイしているのだ。

 仮に飛鳥が本気を出してしまえば、智樹は手も足も出ないのが現実だろう。


「いいじゃない、智樹くん。立ちまわりも上手よ」

「お姉ちゃんこそ! よぉし……絶対に僕が勝つぞ!」


 智樹は実力で飛鳥と互角に渡りあえていると信じている。

 その表情には頼もしい笑みさえ生まれはじめていた。


 だが智樹に勝たせればそれでいいというわけではないのだ。

 ときには追い込んで、考えさせる。それこそが智樹の成長につながる。

 それはピンチの状況を切り抜けるための知恵を養うという意味で、非常に重要なことなのである。


 ただ知識として覚えることと、考えて実践することではまるで違う。それはどの世界でもそうだ。

 スポーツの試合。音楽の演奏。練習でいくら上手にできても、本番では練習の半分も実力を発揮できないことはざらだ。

 必要なのは経験。豊富な経験が自信につながり、それが結果的に能力のすべてを発揮するための力となる。

 金太郎と飛鳥は、それを智樹に教えたかったのだ。



 試合の終盤は、それなりに白熱した試合になっていた。

 この試合の中で、飛鳥は自分が持つ最強のモンスター〈ルミナスドラゴン・リュミエール〉も召喚してみせた。

 智樹の王将モンスター〈ホルス〉に何度も王手をしかけ、何度も何度も追いつめた。それを乗り越えるたびに、智樹は真の意味でひとつずつ成長しているのだ。


「よく頑張ったわね、智樹くん。これで最後よ」

 飛鳥が智樹に最後の試練を与える。


 現状で、智樹の王将モンスター〈ホルス〉は不安定な状態になっていた。その原因は周辺を取り巻いている飛鳥のモンスターたちの存在である。


 飛鳥は〈ルミナスドラゴン・リュミエール〉のスキルを発動して〈ホルス〉のすぐ手前に転移した。

 王手である。

 同時にそこは智樹の王将モンスターにとって、もっとも不都合な位置でもあった。


「あ……⁉」


 すぐに状況を把握して、困った顔になる智樹。

 竜王〈ルミナス・ドラゴン・リュミエール〉の王手によって、智樹の王将〈ホルス〉は逃げなければならなくなったのだ。

 だがどの逃げ道の先にも、飛鳥のモンスターが身を潜めて待ち構えていた。


「え……? これって……」


 完全に袋小路状態に陥ってしまった智樹の王将〈ホルス〉。どこにも逃げ道がない。将棋でいうならば、完全に詰みの状態だ。

 なす術もない状況に、智樹は泣きそうになっている。


 そして智樹が諦めそうになった、その時──

 横からアドバイスをいれたのは金太郎だった。


「諦めちゃダメだ! まだ……道はある!」

「え……? だって、もう……」

「考えるんだ、智樹!」


 金太郎の言葉で視野が広がったのか、智樹の意識が盤面全体に集中した。

 見つけたのは、たった一筋の逃げ道──


「……あった」

 思わず目を見開いて、小さな声で呟いた智樹。


 状況を例えるなら、かろうじて崖に片手でぶら下がっているような状態だ。

 まさに絶体絶命。そんな状態をひっくり返すための起死回生の一手。


 智樹の手が、自らの王将とは真反対の方向──

 つまり飛鳥の陣地のほうへと伸びる。


 智樹は、飛鳥の陣地近くにいた飛車〈ウイング・チーター〉のユニットを手にとって、そのまま飛鳥の王将モンスターの2マス前方へと移動した。

 王手ではない。若干離れた微妙な位置だ。


「僕は〈ウイング・チーター〉のスキルを発動!」

 この瞬間、驚きと期待が入り混じったような表情に変わる金太郎と飛鳥。

「王将〈ホルス〉を選択して〈ウイング・チーター〉と〈ホルス〉の位置を入れかえる!」

 このスキル効果よって、飛鳥のモンスターたちが包囲していた智樹の王将〈ホルス〉がその場から姿を消して、代わりに飛車〈ウイング・チーター〉がその場所に出現した。

 これで、王手にリンクしていたはずの飛鳥の全モンスターたちの布陣が、無力と化したことになる。

 そして同時に、これまで飛車〈ウイング・チーター〉がいた飛鳥の陣地内に姿を現したのが王将〈ホルス〉だ。


「さらに僕は、角行〈サンダー・グリフォン〉のスキルを発動! スキルを発動したターン、通常行動権とは別に1回分の行動権を得る!」


 智樹は〈サンダー・グリフォン〉を飛鳥の王将から斜めの線上に陣取り、王手をしかけた。

 この行動によって、逆に包囲された形になってしまった飛鳥。

 飛鳥の陣地にも、すでに智樹のモンスターが何体か攻め込んでおり、かなり王将の逃げ道が限られていたのだが、その残りの逃げ道を王将〈ホルス〉と角行〈サンダー・グリフォン〉に潰されてしまったのだ。


 すでにゲームは終盤。スキルを使い切ってしまったモンスターも続出している状況だ。

 もし飛鳥に起死回生のスキルがなければ──


「──あたしの負けよ」


 飛鳥が負けを宣言すると、智樹の顔には満面の笑みが浮かんだ。

「やった! 僕が勝った!」

 大喜びしている智樹の様子を確認して、飛鳥もしあわせそうに笑っていた。


 金太郎も笑顔で智樹の頭を撫でている。

「よくやったなぁ、智樹。最後なんて凄かったぞ!」

「えへへ!」


 飛鳥に本当に逆転の一手がなかったのかどうかは定かではない。

 ただ智樹に勝ちを経験させて、自信をつけさせるという意味では、ベストな結果だったに違いないのだ。



 試合が終了したところで、スタッフから声がかかった。

『おつかれさまでした。それでは一度スタッフルームのほうへお戻りください』

 

◇ ◆ ◇


 スタッフルームにて、レイドシステムのメンテナンスが無事に終了したことを告げられた一同。

 小林こばやし先生がスタッフたちにお礼の挨拶をしてから、金太郎たちは中央のロビーに集まっていた。

 ほどよいサイズのテーブルの上に、小林先生が持参したクロスレイド盤が置かれている。


「まだスタッフたちが帰るまで一時間ほどあるらしいから、それまではここにいていいそうだ」


 最後にクロスレイド盤を使って教えたいことが少しあると金太郎から小林先生に申し出があったためだ。

 それはレイドシステムと比較してルールに大きな違いがある部分を中心に、クロスレイド盤での対戦も経験させておくべきという理由からだった。


 すでに盤の上には、モンスターユニットが並べられている。

 今回、智樹の相手をするのは金太郎だ。


 先ほどのレイドシステムを使ったプレイヤー盤と比べて、まず違うと感じるのはカード周辺である。その理由はボタンやランプなどの機械的な装置がいっさいついてないためだ。


 基本的にクロスレイド盤を使用した対戦の場合、モンスターカードは盤の手前のスペースに自分がわかりやすいように並べておく程度で問題はない。


 そしてもっとも異なるのは、スキルの発動可能数をどのように把握するかという部分である。

 レイドシステムの場合、カードを並べる場所に設置されているボタンとランプによって、視覚的に把握できるようになっていた。

 クロスレイド盤でプレイする場合は、そういった機械的な補助がないため『ルビー石』と呼ばれる赤い石をカードの上に置いてスキルの残数を視覚的に確認できるようにしているのだ。


「へえ……。クロスレイド盤で対戦するときには、こういうのを使うんだ……」

 ルビー石を手に持って、不思議そうに眺めている智樹。


 そんな智樹に金太郎が質問をする。

「かなり勝手が変わるけど、これでもできそうかな?」

「うん! 今の説明で大体わかった!」

「おお! すごいな智樹は!」

「えっへん!」


 この、カードとスキル周りの違いさえ教えてしまえば、あとは基本的にレイドシステムを使ったバトルよりも単純であるため、それほど苦労することもなく智樹は理解することができたようだ。


 言ってしまえば、クロスレイド盤を利用した対戦こそ、まさに『スキル要素が加わった将棋』と表現するのに適したゲームであり、将棋をある程度知っている智樹にとって覚えることは造作もないことだったのだ。


 ◇ ◆ ◇


 横浜レイドスタジアムの正面広場──



御堂みどう! すめらぎ! 今日は助かったよ。ごくろうさま」

「いえ。あたしも楽しめましたし、それ以上に智樹くんが楽しんでくれて何よりでした」

「へへ。まさかバイト代くれるとは思っていなかったぜ。サンキュ、先生!」

「いやいや、期待以上の活躍だったぞ。御堂! 本当にありがとな! ほら、智樹もお礼を言って!」

「ありがとう! お兄ちゃん! お姉ちゃん!」

「うん。またね、智樹くん!」

「がんばって強くなれよ! 智樹!」


 こうして部長から課された指令を無事に終えた金太郎と飛鳥。

 その帰り道。沈みゆく夕日の光が、ふたりを優しく包みこむ。


「今日はいい日だったな」

「うん。ね、金ちゃん。明日いつものとこ行こうよ」

「そうだな」


 ふたりは満足そうに笑いながら、それぞれの家路についた。

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