第八十三話「隠された秘密」
クロスレイドの語源について、その真実を明かした亞比。
さらに今度は、その語源にも意味ありげに登場した『ドラゴン』について語り始めた。
「ちなみに──君たちは〝自分たちが運よくドラゴンの駒を引き当てた〟のだと思っていますか?」
「……どういう意味だ?」
意味深な質問に、懐疑的な答えを口にしたのは金太郎だ。
亞比は金太郎の方へ視線を向けたあと、ゆっくりと口を開いた。
「その前に、まずクロスレイドに隠された秘密を教えましょう」
クロスレイド──
それは二〇三五年七月五日に、株式会社ナハクから発売されたとされるトレーディング将棋ゲームの名称。
のちにレイドシステムを搭載したスタジアムが世界各地に建設され、巨大モンスターバトルゲームというジャンルへと発展していくことになる。
商品自体は、一見何の変哲もないホビー商品のように見える。
簡易型のクロスレイド盤が付いたスターターセットも販売されているが、主な主力商品は各三百円の拡張パックの方だ。
実際にスターターセットに付属されている駒も、各属性の拡張パックが必要数封入されているだけで、基本的にモンスター駒の入手手段は拡張パックからということになる。
この拡張パック──
各属性のパックが、それぞれ一万種のラインナップとなっている。
パックの中にはモンスター駒とカードが一式入っている状態だ。
つまり1パックにつきモンスター1体分のアイテムが手に入る仕組みである。
亞比を始めとするごく一部の開発陣を除いた、ほぼすべての人類が勘違いしていること──
それは〝最初から決められたモンスターの駒とカードが、予めパックの中に封入されているわけではない〟という事実。
つまり拡張パックの中は最初から無であり、同時に無限の可能性を秘めているということだ。
それがクロスレイドの正体。
ここまでの説明を聞いて、歩夢が怪訝な顔で首を傾げた。
「え……? ちょっと、言っている意味がわからないんだけど……」
もちろん歩夢以外も、皆困惑した表情をしている。
すると、亞比が別の角度から質問を口にした。
「君たちはシュレディンガーの猫とか、二重スリット実験という言葉を聞いたことがありますか?」
この亞比の問いに答えたのは桂だ。
「あ! ボクそれ知ってる! 量子論か何かの思考実験のことでしょ?」
「ええ。クロスレイドの開発に用いられているのは、その量子の性質を応用した技術だということです」
量子とは、粒子と波動の性質を併せ持った非常に小さな物質であり、この世界のすべてを構築している根源でもある。
一般常識的な物理法則が通用しないミクロの世界──
観測するまでは、そこに無限の可能性があるとも言われている。
「小難しい話を今ここでする意味はありませんので省略しますが、開封前の拡張パックの内部における駒やカードは、まだ不確定性を秘めている状態であって、開封者が観測することによって初めてそこに存在が確定するのです」
金太郎が首を傾げて答えた。
「ど、どういうこと……?」
すると亞比が、クロスレイドの歩兵拡張パックを1パック手に取って説明を始めた。
「ここに歩兵の拡張パックがあります。この中に駒とカードが入っていますが、何が入っているかわかりますか?」
「開けなきゃ、わかるわけねぇだろ」
将角が即答する。
だが亞比は、将角の言葉をスルーして歩夢に質問をした。
「それでは、歩夢。このパックに何が入っているか……適当でいいので予想してみてください」
「え……? そ、それじゃあ…………僕の持っている歩兵から〈寡黙なドーベルマン〉……とか?」
すると、歩夢の予想に対しての答えを口にする亞比。
「その答えは、正解であると同時に不正解でもあるのです」
その亞比の言葉に対して、今度は将角が不満を顕わにした。
「だから、どういうことだよ⁉」
「ここに──」
苛立つ将角の言葉を抑制するように、手に持った歩兵拡張パックを四人の方へ提示しながら、少し強めに言葉を発する亞比。
「──間違いなく、何らかの駒とカードが入っています。……ですが、誰かがこれを開封して、その存在を観測するまでは、そこに実体はないのです」
亞比は、将角が大人しくなったことを確認してから、再び穏やかな話し方に戻る。
そして眼鏡のブリッジを押し上げて、続きを口にした。
「つまり──歩夢の予想した〈寡黙なドーベルマン〉であるとも言えますし、君たちの持つすべての歩兵モンスターであるとも言えるのです」
四人とも何となく亞比の言っていることを理解し始めてはいるものの、見たこともないものに対して懐疑的な先入観はなかなか払しょくすることは出来ない。
亞比は量子についての話を終えて、拡張パックについての仕組みを語り始めた。
各属性の拡張パックの中には、およそ一万種類ずつのモンスターがラインナップされている。
基本的には、その中から1体が選択されて排出されるわけだが、当然この1万種の中にはレアリティが設定されており、出現率に格差が存在しているのだ。
そこに希少性と価値が生まれる仕組みだ。
そして、これらは上記の量子の技術を応用したことで、開封者のバイオリズムを始め、体調、思考、性格、感情など、いろいろな要素に影響されて、最も適した形へと姿を変化させて開封者の手に渡るように出来ているのだ。
それを開封者が気に入るか気に入らないかではない。
その時の開封者の状態に、最も相性が良いモンスターが選択されるということだ。
こう言うと、同じ人物が開封していれば同じモンスターしか出ないのではないか──という疑問が出て当然だが、数秒前と数秒後で、同一人物と言えど、その思考も感情も、そして体調までもが、わずかに変化しているということだ。
そのわずかな差によってモンスターは変化する。
さらに各モンスターによっても、そのレアリティによって出現率が大幅に異なる為、激レア設定されているモンスターは極めて低確率での出現となっているのだ。
逆に言えばレアリティの低いモンスターは、当然ダブりやすい。
それは同一人物どころか、多くの人間が手に入れる可能性があるほど出現率の高いモンスターもいるわけで、ダブりの概念に関してはこの辺りの影響が大きいという。
もちろん一度開封して地上に存在することになった時点で、そのモンスター駒とカードは処分されるまで一般的な物質として、未来永劫存在し続けることになる。
当然、他のプレイヤーが使うことも可能である。
量子の簡単な話から拡張パックを用いた解説を経て、ようやく理解が追い付いてきた四人。
あまりの現実離れした話の数々に、将角がため息を吐きながら言った。
「なんだか、にわかには信じられない話だな……」
「当然でしょう。地球上でこの技術を知る者は、現時点で我々意外に存在しないのです」
ここまで話した亞比は、一度その言葉を止めて背後にある謎の装置の方へと足を進める。
そして、その装置の埃を払うように手を滑らせてから、再び口を開いた。
「さて────。それでは話を戻しましょう」
これまで以上に真剣な視線を金太郎たちに向ける亞比。
四人に緊張が走る。
「本題に入りますが、君たちのドラゴン──。それらだけは他のモンスターたちと違って、入手ルートに条件が加わっています」
「条件……?」
「ええ。ドラゴンだけは特別で、誰もが手に出来るものではないのです」
亞比の話では、ドラゴンを手に入れる条件とは〝魂の強さ〟にあるという。
クロスレイドの拡張パックを開封する際に、最も影響するのは人の深層心理に働く力。
人が持つ無意識下の想像力が、モンスターを形成する鍵となるのだ。
通常は各パックに設定されたラインナップの中から選ばれるだけだが、稀に開封者の魂の波動が拡張パックに仕込まれたギミックに反応することがあるという。
そのギミックこそが、竜崎に対抗する力を手に入れるために開発された究極のシステム──
そして、それは人の魂が生み出す力をドラゴンへと具現化するための技術のことに他ならない。
つまり──ドラゴンとは、人の魂の力。
その人の魂の形そのものなのだ。
実のところ〝ドラゴンを手に入れるチャンス〟という意味では、全ての人が平等に与えられている。
だが同時に、ドラゴンを呼び起こすだけの魂の力を持つ者でなければ、永久にドラゴンを引き当てることは出来ない。
これが、亞比の言った〝誰もが手に出来るものではない〟という意味のカラクリ。
そしてドラゴンは、生涯ひとりの人間のもとに一度しか降臨することはないという。
それはドラゴンそのものが、その人の魂の形そのものだからだ。
この原理からわかるように、ドラゴンだけは他のモンスターのようにデータを量子化して拡張パック内部に設定しているわけではないのだ。
あくまで、その人の魂の形が呼び起こして創りあげたオンリーワンの存在。
世界にまったく同じ形のドラゴンが存在することは皆無であり、同時に人類の数だけドラゴンは存在する可能性を秘めているということになる。
「つまり──すべての人が自分だけのドラゴンを手にする権利を得てはいるが、そのドラゴン自体を生み出せる力のある者が限りなく少数だという話です」
ここまでの亞比の話に疑問を投じたのは将角だ。
「もう何があっても驚かねぇが……仮にドラゴンが特別だとして、それがどう竜崎に対抗する力になるんだ?」
「それについては、ボクも気になった……」
桂も将角に同意し、さらには金太郎と歩夢も横で頷いている。
亞比の言葉が、いよいよ核心に触れる。
「それは、ドラゴンが竜崎のいる世界で戦える唯一の戦力だからです」
「竜崎のいる……世界?」
「戦える……唯一の戦力、だと?」
金太郎と将角が、交互に亞比の言葉を復唱した。
さらに言葉を続ける亞比。
「もうひとつ、クロスレイドの駒の中で特殊なギミックによって造られている駒があります──」
亞比の言葉の続きを待つ四人の顔に戦慄が走る。
「──それは王将モンスター」
「王将モンスター……?」
聞き返した歩夢に向かって亞比が答える。
「ええ。今回の計画において必要な駒は、ドラゴンと王将」
亞比は光が反射している眼鏡の奥に、そのミステリアスな瞳を隠して口を開いた。
「ドラゴンは竜崎と戦うために必要な戦力ですが、王将は竜崎のいる次元に行くために必要な駒なのです」
金太郎と歩夢、そして桂の三人が言葉を失っている中、将角が声を絞り出すようにして言った。
「竜崎がいる次元────だと?」




