第八十二話「語源の謎」
亞比の口から明かされたクロスレイドの起源にまつわる話は、四人の言葉を失わせるには十分だった。
だが、金太郎たちの気持ちの整理を待たずして、さらに次の話題を始める亞比。
「少し重い話になってしまいましたね……。ここからは少し視点を変えて話しましょう」
「……今度は、いったいどんな話が飛び出すっていうんだ……?」
まさかクロスレイドの考案者が鎌倉時代の人間だったとは、金太郎たちも予想だにしていなかったことだろう。
当時の将棋と現代の将棋の相違点についてはまだ謎も多いが、現在に至るまでの長い年月のなか、考案者である亞比紅蘭の構想を保ったまま、そのベースは現代将棋に近いものへと少しずつ形を変え、クロスレイドの開発に着手し始めたのが亞比真之助の三代前──亞比六輔の代からだったようだ。
紅蘭の意思により、亞比の名は護られてきたという。
亞比の名を冠する者に、竜崎王牙の魂の救済という役割を植え付けるためだ。
何としても、その名を後世まで受け継ぐようにという想いを残したのだ。
亞比は、感傷に浸るように言葉を口にした。
「もはや今となっては、紅蘭の想いや意志という意味は薄れてしまいましたが……。それでも私たちの一族が彼女の想いを引き継いできた理由──。それは彼女のその発想自体が、時代の常識を覆しかねないものだったからです」
紅蘭が後世に残した想いは三つ。
ひとつは、竜崎王牙の魂を救って欲しいということ。
そして、それは同時に世界を救うことにつながるのだということ。
最後に、その手段の手掛かりとして残したのが、クロスレイドの原案────。
結局──
彼を放置すれば、いずれ世界は破滅する。
そう、紅蘭は世界に警告を残したのだ。
将角が重い口を開いた。
「……よくこんな長いあいだ使命を受け継いでこれたな」
「確かに──時代の流れとともに、彼女の残した言葉の重みは薄れていきました。実際に世界の破滅などというものが本当に起こりえるのか、と──」
亞比は、天井を眺めながら語り続けた。
「──ですが、彼女が残したクロスレイドの原案における発想。これは間違いなく画期的なものでした。そして結局は可能性の追求という意味で、未知のツールの制作──および、それが引いては万が一の事態においての切り札ともなる。我々一族の目的は、そういう方向へと変わっていったのです」
「なるほどな……」
結果的に、彼女の願いの順位こそ変われど、その目的の意味は遂行されることとなったのだ。
彼の魂の在処──。
そして、そこへ到達するためのツール〝クロスレイド〟の開発。
亞比は急に四人の方へ視線を向けて、意味深な問いを口にした。
「君たち。クロスレイドの語源は知っていますか?」
「語源? あのクリエイティブなんちゃらってやつ?」
亞比の問いに答えたのは金太郎。
すると、金太郎の曖昧な回答を補足するように桂が完璧な答えを口にした。
「え~と……。確かクロスレイドは、ローマ字で『CROSS-RAID』。そして『CROSS』の語源は『Creative』『Realize』『Over』『Shogi』『System』の頭文字をとって名付けられたって話だったよね」
「その通りです。『Creative』とは、創造的である──という意味。つまり新たなものを自らの手で生み出すことに他なりません」
四人の視線が一斉に亞比に注目した。
そのまま亞枇は、ひとりひとりに目を向けながら言葉を続けていく。
「『Realize』は、実現するという意味。『Over』は何かを越えてとか、何かの向こう側にというような意味ですね。『Shogi』は……そのまま将棋のこと。『System』というのは系統や方式など意味は様々ありますが、一般的にシステムと言えば皆わかるでしょう」
桂が答えた『CROSS』の語源について、その意味をひとつひとつ丁寧に示していく亞比。
「こうして言葉の意味を紐解いていけば、その本質がわかることもあります」
そして、次に亞比が口にした言葉は────
「──それでは『RAID』の方の語源は?」
これには、歩夢が答えた。
「でも『RAID』の方の語源は不明だったんじゃ……?」
「そうそう。俺もそう記憶してるぜ」
金太郎も、歩夢の発言に同意する。
そこに口を挟んできたのは将角だ。
「──で? そんなもん答え合わせして、何になるってんだよ。おっさん」
「お、おい……将角! もう少し言葉ってもんを────」
久しぶりにイラついた口調になった将角を、金太郎が止めようとしたその時────
「『Resistance』『Awake』『Imagination』────────『Dragons』」
──亞比の口から飛び出した言葉。
その場に居合わせた亞比以外の四人全員が、一斉に驚きの表情に変化した。
「レジスタンス……アウェイク……」
「イマジネーション…………ドラゴンズ……だと?」
金太郎と将角が、確認するように交互にその言葉を復唱した。
そして、その語源がいったい何を伝えようとしているのか──
亞比がそれを言葉にして語っていく。
「意味は『Resistance』が抵抗、敵対。『Awake』が覚醒。『Imagination』が想像力。そして──────」
亞比が最後の一言を言う前に、将角がぽつりと口にした。
「──────ドラゴン……」
辺りが静まり返る。
思わず『ドラゴン』と口にした将角を始め、亞比以外の四人全員が言葉を失っている。
「そう。厳密にはドラゴンは複数形。つまり君たちの持つドラゴンたちを意味しています。ドラゴンをイメージする想像力が覚醒を呼び起こし、ヤツに敵対する力となる──」
「ヤツ……。さっき言っていた竜崎王牙のことか?」
将角が額に汗を滲ませながら問いかけた。
すると亞比は、光が反射した眼鏡の隙間から、その底知れぬ瞳を覗かせて答えた。
「ええ。竜崎王牙──。ヤツこそが棋士たちを狂わせ、世界を破滅へと導く元凶となる悪意の存在────────……」




