第七十八話「すべてを知る者」
◇ ◆ ◇
歩夢の案内で、商店街の一角にある細い路地を入っていった先──
複雑に入り組んだ裏道の最深部に、明らかに〝普通ではない存在感〟を放つ扉があった。
「ここだよ」
「……だろうな」
扉を見た瞬間、初見の金太郎でも〝絶対にここだ〟と本能的に感じるくらいの異彩を放っていた。
「それじゃ入るよ。少し暗いから足元に気をつけて」
歩夢は、金太郎に注意を促してから扉を開けた。
ギィっという蝶番の摩擦音が鳴り、目の前に現れたのはただ薄暗い空間。そして、足元には先の見えない階段が地下へと続いていた。
歩夢が先に入り、案内を続ける。
「それにしても──。横須賀の商店街の路地裏に、こんな場所があったなんてな……」
「まあ、普通は知らなきゃ入ること自体ありえない路地だしね」
「確かに……。おまえの案内がなきゃ帰れそうにないぜ……」
「心配しないでも、ちゃんと帰りも案内するから安心しなよ」
「頼むぜ……歩夢」
どのくらい降りてきたのだろうか?
かなり長い階段を降りた先、金太郎たちの目の前にふたたび物々しい扉が姿を現した。
「ここか……」
深呼吸する金太郎の姿を見て、失笑する歩夢。
「緊張しなくても大丈夫だよ。博士は優しい人だから」
「そ、そうか……」
場所も場所だが、状況から考えても緊張するなという方が無理である。
金太郎が落ち着かないのも当然だ。
亞比真之助──。
例の〝将棋棋士が起こしている不可解な事件〟について、重要な手掛かりを知っている可能性がある人物。
将角と調べ回っても肝心なことは何ひとつわからなかった、その真相がいま目の前に──
そう考えただけで、金太郎の鼓動は高鳴っていた。
ふたたび蝶番の異音とともに開かれる厚めの扉。
室内から漏れる光が視界を遮る。
ゆっくり開いた扉の向こう側──
金太郎の目に飛び込んできたのは、まさに研究室という言葉が相応しい光景だった。
見たこともないような奇妙な機械の数々。何に使うのかもわからない不気味な装置。
金太郎は言葉を失い、あたりを見回している。
「こんにちは、博士!」
「お? いらっしゃい、歩夢」
親しげに歩夢と挨拶を交わす細身の中年男性。
歩夢が〝博士〟と呼んだということは、この人物が亞比真之助なのだろう。
年齢は四十くらいに見える。あごの無精ひげが、いかにも変わり者の発明家といった感じの印象だ。
「こ、こんにちは。あんたが亞比さん? 俺は──」
「ええ、そうですよ。初めまして──────……金太郎くん」
目を丸くして驚く金太郎。
初めて出会った人物が、自分の名を聞く前に口にしたのだから、当然と言えば当然だろうか。
金太郎は歩夢から聞いて亞比の存在を認識はしていたが、姿までは把握していない。
ましてや亞比の方は、今日このタイミングで金太郎が訪ねて来ることすら知る由もなかったはずなのだ。
「……どうして、俺の名前を知っている?」
室内灯の灯りが亞比の眼鏡に反射して、その目を確認させることを許さない。
光った眼鏡が不気味にも見えた。
「君くらい有名人なら誰でも知っていますよ──」
余裕のある落ち着いた喋り方と声が、逆に金太郎に謎のプレッシャーを与えている。
だが、その直後に亞比が見せた笑顔が、少しだけ金太郎の警戒心を解いた。
「──というのは冗談で、私はずっと前から君を認知していました」
「──っ⁉」
「厳密に言えば、ドラゴンが君たちを選んだその時から……ですかね?」
「ドラゴンが……選んだ? どういうことだ……?」
亞比の発言の意味も意図もわからず、困惑する金太郎。
だが亞比は、そんな金太郎のことなどお構いなしに話を続ける。
「もっと言えば、君が〝私を訪ねてきた理由〟もわかっています」
「なっ……⁉」
「そして私は、その原因を知っている」
金太郎の立場からすれば、亞比の話の意味を紐解き理解するのは困難だ。
だが同時に、その言葉の断片から間違いなく何かを知っているということを理解することは可能だった。
「いったい……何を知っているんだ、あんた?」
「何って────……全部ですよ」
眼鏡のブリッジに中指をあて、眼鏡を押し上げる仕草をしながら答える亞比。
その表情は至って真面目で、ふざけているような様子は微塵もない。
「ぜ、全……部、だと……?」
「そうです。私は君が知りたいと願っていることも含め、それに関連する全ての事象を把握しています」
不安と期待が入り混じる中、金太郎は意を決して一番知りたかったことを質問してみた。
「……────将棋界に起きている異変のことは……」
「もちろん知っていますよ。その事例をではなく、その原因……延いては、そこに至ることになった起源の全貌までを、ね」
「本当か……⁉ お、教えてくれ!」
ついに追っていた謎の真相に辿り着いた──
その確定した事実が、否が応でも金太郎の感情を刺激する。
取り乱す金太郎に、亞比が落ち着いたトーンで返した。
「もちろん最初からそのつもりですが、それを知ったとき君たちは同時に逃れられない運命を知ることになります」
「逃れられない……運命?」
「とは言っても、決めるのは君たち自身です。知ったからと言って何かを強制されるわけではない。ですが────……」
ひと呼吸おいて、亞比は言葉の輪郭を強めた。
「……────知れば、君たちは必ず自らの意思で、運命に立ち向かう決断を選択するでしょう」
ついさっきまで自分たちがいた現実世界の話とは思えない展開に、言葉を失い呆然と立ち尽くす金太郎。
まるで別世界に迷い込んでしまったかのような感覚に襲われていることだろう。
少し間隔を空けてから、亞比が金太郎に問いかけた。
「それでも──知る勇気がありますか?」
この亞比の質問に少し躊躇はしたものの、迷うことなく答える金太郎。
「……当然だ! そのためにここに来た」
金太郎のまっすぐな瞳を確認して天を仰ぐ亞比。
ひと時の沈黙。
亞比は感傷に浸りながら、まるで独り言を口にするかのように言葉を吐き出す。
「私はね──待っていたんですよ。最初に《ゴールド・ドラゴン》が、君を選んだあの日からずっと──」
背中を見せるように振り返る亞比。
一瞬、眼鏡の隙間から除いた亞比の瞳からは、常人には計り知れない想いのようなものが感じとれた。
亞比は金太郎に背を向けたまま、言葉の続きを口にする。
「いつか君が覚醒して私の前に現れる、今日というこの日を────……」
亞比の横で話を聞いていた歩夢も、予想だにしなかった展開に開いた口が塞がらないでいる。
「は、博士……? いったいどういう……」
「歩夢も、これまでよく頑張りましたね」
亞比は笑顔で歩夢の頭を撫でると、ふたたび金太郎の方を向いて語り始めた。
「歩夢は私の修行によって覚醒を果たし、超進化まで習得しました。ですが君は自力で覚醒した。そして超進化までも──。クロスレイドの歴史において、自力で覚醒および超進化を果たした人間は、君をおいて他にいません」
「俺が現れるのを待っていたって──まるで預言者みたいなこと言うんだな」
「そうでもありませんよ。私たち一族は長い歴史の中で、あらゆる時代においてドラゴン使いたちを観測してきました。そのうち何度かはミッションに挑戦し、失敗もしてきました」
「ミッション……?」
「その話は追々──。ただ、もう猶予がなかったというのが一つの事実です。その中で、君と──君を取り巻くドラゴン使いの存在を観測したのです」
金太郎と歩夢の視線を浴びながら、テーブルの上の本を手にとる亞比。
亞比は、本の埃を払いながら続きを語り始めた。
「そして最後に君の可能性に賭けた──というだけの話です。つまり……君たちが最後の希望というわけなんですよ」
「なんか……よくわからないけど、かなり切羽詰まった話みたいだな」
「……否定はしません」
亞比の手にした分厚い本の表紙には、英語で『All about CROSS-RAID』と記載されていた。
「君たちに話さなければならないことがあります。金太郎くん──君の知るドラゴン使いを全員ここに集めてください」




