第七十六話「意思を継ぐもの」※未
「ば────……馬鹿な! ど、どうして歩兵以外のモンスターがいるんだ⁉」
フィールドを覆っていた砂埃のエフェクトは完全に消え去り、あらわになったフィールドの上で異常なまでの存在感を放つイレギュラーな存在。
「あ、ありえない……! ワールドエンド・ジェネシスのスキルが発動した時点で、お互いのフィールドには5体の歩兵モンスター以外に存在できないはずだぞ……?」
全身を黄金の鱗に覆われた金太郎のドラゴン。
明らかに周囲のモンスターとは比較にならないほどの強烈なオーラを纏っている。
「そ、それに……そのドラゴン────」
天に向かって咆哮するその姿は、まるで神を連想させるほどの美しさだ。
その黄金のドラゴンは、金太郎側のフィールド領域上で身体をうねらせ、周囲のモンスターたちを威圧している。
「さっきまでのヤツと違う……?」
先ほどまでフィールド上にいた龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉とは、似て非なる容姿をした黄金竜。
仮にグレードがあるとするならば──
「いや……ま、まさか────」
──間違いなく龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉よりも上位の存在。
下位ではなく上位。黄金竜の形状から見て、それは誰の目にも明らかだった。
龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉は、金将モンスターが進化した姿だ。
その上位型ということは────……
「なにをそんなに慌てている? おまえがさっき自分のエースモンスターでやってみせたことだろう?」
久方ぶりに聞こえたのは金太郎の声。
歩夢の心臓がドクンと強く一回脈打った。
全身から噴き出る汗。どこから湧き出してきているのかもわからない焦燥感。
歩夢の瞳が小刻みに揺れ、次第に吐息が荒くなっていく。
「ち────……超、進化……⁉」
金太郎から凄まじいほどの闘気が放たれている。
これまで完全に主導権を握っていた歩夢が、身動き出来ないほど余裕がなくなっているのがわかる。
「い……いったい、どうやってフィールド上に残った……? いや、それよりも……いつ、どうやって超進化したんだ⁉」
しばしの沈黙のあと、金太郎が落ち着いた口調で答えた。
「──俺の〈ゴールドドラゴン・リオール・インフィニティ〉は、常に相手のスキル効果を受け付けないパッシブ・スキルに護られている。おまえならそれでわかるだろう?」
「〈ゴールドドラゴン・リオール……インフィニティ〉。それがあんたの超進化したドラゴンの名前か──」
金太郎のドラゴンの名前を口にする歩夢。その表情には、もはや余裕など微塵も残っていない。
ふたたび訪れる沈黙。
時間の経過によって多少は落ち着いたのか、頭のなかで状況を整理した歩夢がゆっくりと自らの推理を披露し始めた。
「……僕のワールドエンド・ジェネシスにも、同じパッシブスキルが搭載されている。これは恐らく超進化モンスター共通の効果だろうね。そしてその効果を利用したということは、ワールドエンド・ジェネシスのスキルが発動したタイミングで、あんたのドラゴンはすでに超進化形態になっていた。それは間違いない。──いや、スキル効果が発動したタイミング……というべきかな」
歩夢は一度言葉を止めて深呼吸してから、ふたたび言葉を続けた。
「それは同時に、あんたのドラゴンがまだスキルを発動していないことを意味している……。それじゃあ一体どうやって、いつ超進化したのか? ──それは恐らく別モンスターの強制進化スキルだ!」
「そのとおりだ。俺はおまえがワールドエンド・ジェネシスのスキルを発動したタイミングで、王将〈ヴェルダンディ〉のスキルをカウンターで発動した」
「やっぱりか……」
金太郎に出し抜かれた悔しさが、歩夢の表情をわずかに歪めた。
「いくら超進化モンスターが絶対効果の優先順位において最強だと言っても、カウンターによる優先順位まで無視できるわけじゃないからね……。その王将モンスター自体は普通のモンスターだけど、そのスキルの対象先がワールドエンド・ジェネシスじゃなきゃ、いくら超進化形態といえどもそのスキルへの干渉は不可能……」
「ああ。俺の〈ヴェルダンディ〉のスキルは『フィールド上の自軍モンスター1体を強制進化させる』という効果だ。選んだのは当然〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉」
「なるほどね……」
状況を理解したあとで、再びフィールド上を見渡す歩夢。
金太郎のモンスターは、スキルなしの歩兵モンスターが5体と〈ゴールドドラゴン・リオール・インフィニティ〉の計六体。一方、歩夢のモンスターは歩兵の進化モンスターが2体のみ。
「あんたのその金色のドラゴン……。いったいどんなスキル効果なんだい?」
思わず〈ゴールドドラゴン・リオール・インフィニティ〉のスキルについて尋ねた歩夢。
そのスキル効果の内容次第では、まだ勝てるチャンスがあるかもしれない──
そう思ったからだろう。
だが、金太郎からは意外な答えが返ってきた。
「──知りたいのか?」
質問に質問で返した金太郎の真意が、歩夢に伝わったのかはわからない。
だが──
一瞬だけ口を一文字に結び、くやしさを滲ませたような仕草をみせた次の瞬間──
歩夢は目を閉じ、大きなため息をひとつだけ吐いた。そして笑顔を作って答えた。
「……いや。僕の負けだ」
実際に試合を続けていた場合、必ずしも歩夢の勝率がゼロだったとは言えないだろう。
それに、途中で諦める行為は非難の対象にこそなれど、称賛されることなどほとんどない。
だが、それでも歩夢はサレンダーを選んだ。
それは勝ち負けを意識したからではない。
ただ、プライドの問題なのだ。
対価を払うことなく、相手モンスターのスキル内容を知ろうとした──
そして、ついそれを口にしてしまった自分の弱さ。
歩夢は、それをした自分自身が許せなかった。
もう後がない状況が──
わずかなミスも許されない状況が──
歩夢にそうさせてしまったのだ。
言い訳などしない。それが歩夢の覚悟。
だから、まだ勝てるかもしれない可能性を捨ててサレンダーをした。
たとえ会場中の誰もが、その気持ちの在処に気づいてくれなくとも……。
案の定、観客たちがざわついている。
「おい……。あいつ途中で試合放棄したぞ?」
「やる気ねぇなあ……。しらけるぜ」
「ちょっと不利になったからって投げんなよな」
会場中のブーイングを受け止めながら、その場を立ち去ろうとした歩夢に声をかけたのは金太郎だった。
「おい。ちょっと待て」
「……なに?」
振り返った歩夢は、感情を押し殺したような表情をしていた。
「おまえ十五歳だったっけ? 高校一年?」
「ああ……。そうだよ」
金太郎は、何やら楽しそうな表情で歩夢に語りかける。
「おまえ凄いな。その歳で、その器は尊敬に値するぜ」
「……なにが?」
「今の試合……どうしてサレンダーしたんだ?」
「別に──。ただの気まぐれさ」
金太郎は歩夢の前に回り込み、右手を差し出した。
「……?」
「なんだよ、知らないのか? ──握手」
「知ってるよ……そのくらい」
ふてくされた表情の歩夢が、そっぽを向いて答える。
「仲直りの儀式でもあるけど、認めた人間に対しての礼儀を示すための儀式でもあると──俺は思ってるよ」
「何が言いたいのさ?」
「今、ここにいる誰もがわかってくれなくても、俺がわかってるってことだよ」
歩夢は目を大きく見開いて、驚いたような表情を見せた。
「その悔しさは、必ずおまえを成長させる。次は──自分が誇れる自分になれよ」
「あんたに言われなくたって……次は負けないさ」
左腕で目元を拭ってから、差し出された金太郎の手を握る歩夢。
歩夢の口もとには、少しだけ笑みがこぼれていた。
◇ ◆ ◇
「おまえ名前なんて言ったっけ?」
「歩夢。……七海歩夢」
名前を聞くだけ聞いておいて、急に考えるような素振りをしながら黙り込む金太郎。
名乗らされてからの放置プレイ。
さすがに耐えきれなくなったのか、歩夢が先に沈黙を破った。
「な、何なんだよ……いったい⁉」
すると、歩夢の言葉に反応するかのように金太郎の口が開いた。
「……なあ。おまえ将棋やってみる気はないか?」
金太郎からの予想外の誘い。
歩夢は、目を丸くして困惑している。
「しょ、将棋? ……僕が?」
「ああ。どうだ? やってみないか?」
今度は歩夢が少しだけ考えるような仕草を見せる。
「……将棋をすればクロスレイドが強くなるのかい?」
「ああ。──ただし、おまえが本気でやればだけどな」
「ふぅん……」
「まあ、すぐに決めることでもないからな。その気になったら俺に連絡してくれ」
そう言って、連絡先が記載された名詞を歩夢に渡す金太郎。
歩夢は、受け取った名刺をしばらく眺めてから答えた。
「将棋ね……。考えておくよ」
最後に不敵な笑みを残して、会場をあとにする歩夢。
歩夢の退場を見守る金太郎の表情にも、満足そうな笑みが浮かんでいた。
「待ってるぜ──歩夢」
(次回予告)
金太郎は、将棋棋士を巻き込んでいる不可解な事件について調査していることを歩夢に告げる。
それを聞いた歩夢が、金太郎にある人物を紹介することにより、物語は加速度的に動き出す。
次回、新章「次元篇」突入!
裏切られた王の怨念が、世界を破滅の悪夢へといざなう────……




