第七十一話「覚醒の器」
再び歩夢の領域内に転生を果たした進化歩兵〈ゼロ・ドラゴン・ワールドエンド〉。
歩夢は初ターンと同様の手口で、じわりじわりと進化歩兵〈ゼロ・ドラゴン・ワールドエンド〉を金太郎の領域へと接近させていく。
初ターンでは金太郎の王将を目掛けて真っすぐに直進しただけだったが、今度は他のモンスタースキルを利用して左側へと移動しながら前進している。
「……なるほど。ほとんどのモンスターをサポートにまわして、少数精鋭のモンスターのみで戦うスタイルか」
金太郎の頬を汗が伝う。
「ご名答。次は、そっちの銀将と香車をまとめて狙おうかな」
歩夢の左側──つまり金太郎が右側に配置している銀将と香車は、金太郎の数少ないスキル持ちモンスターだ。
このまま進化歩兵〈ゼロ・ドラゴン・ワールドエンド〉が、金太郎の右側の桂馬モンスターの目の前でスキルを発動すれば、この2体はまとめて進化歩兵〈ゼロ・ドラゴン・ワールドエンド〉の餌食になる配置になっている。
「さて、お手並み拝見だ。これを止めないと、もう後がないよ。あんたに僕のワールドエンドが止められるかい?」
歩夢の挑発に対して黙り込む金太郎。
その目は死んでいない。
「……まだ諦めてないようだね。たった5体……いや、さっき金将のスキル持ちモンスターを潰したから残り4体かな? その4体で、どう僕のワールドエンドの攻撃を凌ぐのか──見ものだね!」
金太郎の飛車前にいる歩兵モンスターを捕縛して、さらにその先にいる飛車モンスターまでも捕縛する歩夢。
それでも何の反応も示さない金太郎に対して、歩夢は勝ち誇ったような表情を浮かべると同時に、そ警戒心を覗かせる台詞を口にした。
「飛車の捕縛……阻止しないのかい? 阻止できるスキルがないのか、それとも────」
通常、飛車モンスターは捕縛されないように、スキルを発動してでも優先して守るのが定石だ。
だが、ただでさえスキル持ちモンスターが少ない金太郎は、下手にスキルを無駄打ちできない状態なのだ。
何よりそれ以前に、歩夢の言うとおり金太郎に進化歩兵〈ゼロ・ドラゴン・ワールドエンド〉を阻止できるスキルがない可能性も高い。
さらに言えば、仮に阻止できるスキルを持っていたとしても、金太郎にとっては如何に少ない被害で歩夢の進化歩兵〈ゼロ・ドラゴン・ワールドエンド〉を討ち取るかの方が重要なことだ。
飛車モンスターを守るためにスキルを発動するということは、その数少ないスキルの内容を歩夢に知られてしまうようなもの。
そっちのデメリットの方が金太郎にとっては遥かに大きいのだ。
お互いの思惑が交錯する──
結局のところ、金太郎が飛車モンスターの捕縛をスキルで阻止しなかっただけでは何もわからない。
歩夢ほどの実力者であれば、その程度の想定くらいは当たり前のようにしているということだ。
金太郎の飛車モンスターを捕縛し、その右側の桂馬モンスターの目前まで到達した進化歩兵〈ゼロ・ドラゴン・ワールドエンド〉。
そこで歩夢に、わずかに沈黙が発生した。
それは覚悟を決めている時間──
実力があるからこそ警戒するのだ。
時間にして、ほんのわずか。
常人では気づかないほどの空白が挟まり、覚悟を決めた歩夢が進化歩兵〈ゼロ・ドラゴン・ワールドエンド〉のスキルを発動した。
「──僕は進化歩兵〈ゼロ・ドラゴン・ワールドエンド〉を除外してスキルを発動! 進化歩兵〈ゼロ・ドラゴン・ワールドエンド〉の全方位1マス圏内に存在するモンスターを、耐性を無視してすべてゲームから除外する!」
これにより歩夢の進化歩兵〈ゼロ・ドラゴン・ワールドエンド〉のスキル対象となったモンスターは、金太郎の銀将〈偽りのワルキューレ〉、桂馬〈飛行するクワガタ〉、香車〈ショック・タイガー〉、そして歩兵である〈白い猿〉、〈サイレント・インコ〉、〈激太りカバ〉の三体。
計六体である。
だが──
この瞬間、金太郎が動いた。
「そうはいくか! 俺は香車〈ショック・タイガー〉および、銀将〈偽りのワルキューレ〉のスキルを発動する!」
「な……⁉ 二体同時だって……⁉」
「〈ショック・タイガー〉は、自身がスキルの対象になった時にスキルを発動できる! 〈ショック・タイガー〉を自分のモンスター捕縛ゾーンへ移動させる!」
この効果により香車〈ショック・タイガー〉は、金太郎自身のスタンバイゾーンへと逃れた。
「さらに〈偽りのワルキューレ〉のスキルは、フィールド上の自軍モンスター1体を選択し、選択したモンスターと位置を入れ替える効果だ! 俺が選択するモンスターは王将〈ヴェルダンディ〉!」
「王将を選択……⁉」
香車〈ショック・タイガー〉同様、銀将〈偽りのワルキューレ〉もスキルによって王将〈ヴェルダンディ〉のいたマスへと移動し難を逃れた。
そして代わりに、王将〈ヴェルダンディ〉が銀将〈偽りのワルキューレ〉がいたマスへと転移する。
王将モンスターは、いかなるスキルも無効化できる。
たとえそれが耐性無視のスキルであったとしても──。
歩夢の進化歩兵〈ゼロ・ドラゴン・ワールドエンド〉の効果により、金太郎の桂馬〈飛行するクワガタ〉と、3体の歩兵〈白い猿〉、〈サイレント・インコ〉、〈激太りカバ〉の計4体がゲームから除外された。
だが、肝心のスキル持ちモンスターである香車〈ショック・タイガー〉にはスタンバイゾーンへと逃げられ、銀将〈偽りのワルキューレ〉も王将〈ヴェルダンディ〉と位置を入れ替えられたことにより進化歩兵〈ゼロ・ドラゴン・ワールドエンド〉のスキル範囲から逃れた。
結果として、歩夢は狙った2体のスキル持ちモンスターをどちらも仕留め損ねたことになる。
「……やるね。ムカつくけど、さすが将棋とクロスレイドの両刀使い──ってことかな?」
歩夢は笑みを浮かべて穏やかな口調で喋ってはいるが、内心はさぞ悔しいことだろう。
だが、それでも圧倒的に金太郎が不利な状況が変わったわけではない。
「ま、別にいいけどさ。あんただって、もうこの状況で勝てるとは思ってないでしょ? 余計な悪足掻きするの辞めたら? 時間の無駄──────……」
その瞬間、歩夢の言葉が不自然に途切れた。
歩夢の目は大きく見開かれ、汗が頬を伝っている。
そして少し沈黙してからゴクリと唾を飲む歩夢。
まるで何かに恐怖をしたかのような表情だ。
その歩夢の視線の先──
ただならぬ雰囲気を放つ金太郎の瞳から、黄金に輝く炎のようなエフェクトがあふれ出していた。
「……時間の無駄? まだ終わってないぜ。勝負はここからだ!」




