第六十八話「終わりと、始まりと」
◇ ◆ ◇
二度目の角田事件からおよそ半年──
毎年三月に行われるクロスレイドのシングルス全国大会が行われた。
優勝したのは十五歳の少年──七海歩夢。
新人の優勝に会場全体が興奮の熱気に包まれていた。
ダブルス大会と同様、シングルスの大会でも優勝者はサプライズゲストとして呼ばれた将棋のプロ棋士と、将棋で対局が出来る権利を得ることが出来るのだ。
『さあ! 今年もやってまいりました! クロスレイド優勝者とプロの将棋棋士によるサプライズ将棋対局! 今回のゲストは、この前の竜王戦で初タイトルを奪取したばかりの新人タイトルホルダー! あのクロスレイド出身の新人プロ棋士──』
アナウンサーが会場中に響き渡る大きな声で、今回のサプライズゲストの名を口にした。
『──御堂金太郎・竜王です!』
金太郎はおよそ三か月ほど前に初の竜王戦で勝利し、見事に竜王のタイトルを獲得していたのだ。
師匠である桐生宗介との約束で、将棋のタイトルを獲得するまではクロスレイドの大会への出場を禁止されていた金太郎。
だが、今回のシングルス戦のサプライズゲストとして参加することで、今後はクロスレイドの大会へも自由に参加していいという条件を与えられたのだ。
観客席からは大きな歓声がとめどなく湧き上がっている。
それもそのはずで、観客の多くはクロスレイドのファンなのだ。
そして、それは同時にクロスレイドの現チャンピオンとして君臨している御堂銀子の弟でもあり、一昨年のクロスレイド・ダブルス大会優勝者でもある金太郎自身が、観客に幅広く認知されていることを意味していた。
すでに金太郎が将棋界に身を投じていたことはファンの間で密かに話題になっており、一昨年のクロスレイド・ダブルス大会で優勝した金太郎が、今度は将棋界からの使者として会場に現れたことにファンたちは歓喜しているのだ。
「うおおっ……! あの御堂金太郎⁉」
「まじかよ!」
「将棋のプロ棋士で唯一のクロスレイダー……御堂金太郎! これは楽しみだぜ!」
観客たちの大歓声の中、選手入場口からゆっくりと姿を現す金太郎。
白い袴を身にまとったその落ち着いた風貌は、一昨年のダブルス大会の時に見た少年のような姿からは想像もできないほど貫禄のあるものだった。
金太郎は対局場へと一歩一歩ゆっくりと歩を進めていく。
すると歩夢が、金太郎へ挑発的な視線を向けて言った。
「尻尾を巻いて将棋へ逃げた卑怯者が……! どの面下げてクロスレイドのフィールドへ戻って来たのさ?」
金太郎は歩夢へと視線を送ると、少し笑って答えた。
「はは。生意気なヤツだな。でも、そのくらい元気があった方がいいかもな」
「上から目線で偉そうに……! あんたなんかクロスレイドじゃ僕の足元にも及ばないんだよ!」
歩夢の暴言を無視して会場の中央に向かう途中、金太郎は口元に笑みを浮かべたまま歩夢に語りかけた。
「ふっ……口の悪いガキだな。いいだろう……おまえが口先だけじゃないか────」
その直後──
穏やかな表情で喋っていた金太郎の笑みは消え、鬼を宿したような瞳に変わる。
そして殺気にも似た鋭い覇気をまとい、歩夢に向けて言い放った。
「────盤の上で証明してみせろ……小僧!」
まるで金太郎からの圧を感じとったかのように、目を丸くして仰け反る歩夢。
額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「い……言われなくたって、やってやるさ!」
気後れしながらも必死に噛みつく歩夢を横目に、視線をレイドフィールドへと向ける金太郎。少し何かを考えているようだ。
しばらくして、金太郎は笑みを浮かべながら言った。
「なんならクロスレイドで勝負してやろうか? どうせおまえ、将棋の対局じゃ不満になるだろ」
「ばっ……バカにするなよ⁉ 自分に有利なフィールドじゃないと勝負できないとか……僕は、そんな腑抜けでも……ましてや卑怯者じゃないぞ!」
睨む歩夢の瞳をじっと見つめる金太郎。
すると、その直後──
金太郎は笑顔に変わり、満足するように口を開いた。
「いいじゃん──おまえ。俺は好きだぜ? そういう感じ」
金太郎は身体をレイドフィールドの方へと向け、フィールドへ手をかざしながら歩夢へ語り始めた。
「だがな…………まあ──今回は俺のわがままだと思ってクロスレイドの勝負に変更しようぜ? ……な?」
呆気に取られている歩夢に向かって、続きを口にする金太郎。
「俺……しばらく桐生先生にクロスレイドの大会出場を禁止されていたからな。何かこの巨大なレイドフィールドを見てたら、無性にクロスレイドをやりたくなってさ」
歩夢は目を丸くして驚いている。
将棋でサプライズ対局を打ちに来たはずの棋士。
それが自らの要望でクロスレイドへ変更しようと言っているのだ。
金太郎もクロスレイダーではあるが、今は将棋棋士としてここにいる。
一方、歩夢はクロスレイドの大会で優勝したばかりの現役クロスレイダー。
わざわざ相手の土俵に変更しようと提案する金太郎の言葉に、歩夢が驚くのも無理はないだろう。
歩夢が警戒しながら言葉を口にした。
「……あとで僕に合わせたから負けたとか……そういう言い訳する気じゃないよね?」
「言い訳もなにも──俺だって正真正銘のクロスレイダーだぜ」
金太郎が本気でクロスレイドへ変更しようとしていることを悟った歩夢が、戸惑いながら話を進める。
「もちろん僕はクロスレイドの方がいいけど……あんたクロスレイドの編成セット持ってないんじゃないの?」
「おまえの予備とかあるだろ? それでいいから貸してくれよ」
歩夢は、図々しい金太郎の提案に少し引いたが、それでも歩夢にとっては二年前の優勝者である金太郎とクロスレイドで対決できるチャンスというのは、意外と願ったり叶ったりだったのだ。
「まあ……貸してもいいけど、汚さないでくれよ?」
歩夢は、自分の荷物置き場からアタッシュケースを持ってきて、金太郎の前で開いて見せた。
「ほら……好きなの選びなよ」
歩夢が持ってきたケースの中には、膨大な数のクロスレイドの駒とカードが並べられている。
金太郎は、歩夢の駒とカードを楽しそうな表情で眺めながら、ひと言を口にした。
「よし──それじゃ勝負はクロスレイドで決まりだな!」
歩夢との交渉が成立すると、さっそく大会運営へ話をつけにいく金太郎。
その案はすぐに運営にも可決され、今大会の将棋対局は急きょクロスレイド対決へと変更されたのだ。
観客からの不満もなかったが、突然の変更だった為レイドフィールドの再起動などの準備のほか、金太郎の編成セットの用意など少しの準備時間が設けられた。
その後すぐに編成セットの作成に入った金太郎。
歩夢のモンスターを吟味しながら、使用するモンスターを選んでいく。
金太郎の編成デッキは、すぐに完成。
こうして、割とスムーズに準備は整った。
◇ ◆ ◇
すでにレイドフィールドの再起動も安定しており、金太郎と歩夢、両者ともにプレイヤー盤の前で対峙している状態だ。
歩夢が、不敵な笑みを浮かべながら言った。
「将棋のサプライズ対局のはずが、まさかクロスレイドで将棋のプロ棋士をぶちのめせる機会に変わるとは思ってもいなかったよ」
悪態をつく歩夢に、落ち着いた様子で言葉を返す金太郎。
「俺は将棋のプロ棋士であると同時に、クロスレイダーでもあるんだぜ? 簡単にぶちのめせるとは思わないことだな」
金太郎と歩夢が会話をしていると、会場に備え付けられたスピーカーから甲高い機械音が鳴り響いたあと、勝負開始の合図がアナウンスされた。
『お待たせしました! それではこれより七海歩夢選手と御堂金太郎竜王のサプライズ将棋対局、改め────サプライズ・クロスレイド対決を開始します!』
会場全体に割れんばかりの歓声が響き渡る。
ゲーム開始直後、口を開いたのは歩夢。
「それにしても……正気かい? まさか、ほとんど全部スキルなしのモンスターを選ぶとは思わなかったよ。バカなの? ……あんた?」
そう──
金太郎が選んだモンスターは、ほぼすべてスキルなしの最低ランクモンスター。
歩夢のケースの中には、強い激レアの高ランクモンスターもあったのだが、金太郎は敢えてスキルなしのモンスターばかりを選んだのだ。
「将棋で鍛えられた感性の腕試しがしたくてな。だけど全スキルなしモンスターの編成セットで勝てるほどクロスレイドを甘く見てないし、そこまで自惚れてもいないつもりだぜ」
金太郎は言葉を続ける。
「まあ──勝つための必要最小限くらいはスキル付きモンスターも選んでるから気にするな。ちゃんと計算済みだ」
話をしながら、歩夢のモンスターをじっくり観察している金太郎。
その中で、ひと際目立つ存在感を放っている異質な存在────
九体が横に並んでいる歩夢の歩兵モンスターのど真ん中に、そのモンスターは陣取っていた。
金太郎が、その歩夢の持つ歩兵モンスターの名をぼつりと口にする。
「……〈ゼロ・ドラゴン〉」
ドラゴンといえば、クロスレイドでは特別な存在であり、他のモンスターと比べて圧倒的な強さを誇る最強のモンスター種である。
だが、このドラゴンは──────
(ランク1の……歩兵のドラゴン……? それにスキルなしだと……?)
金太郎は怪訝な顔に代わり、状況を整理している。
先ほど歩夢は言った。
ほとんどスキルなしの低ランクモンスターばかり選んだ金太郎に対してバカなのか──と。
それなのに、自分自身がランク1のスキルなしモンスターを編成しているという不自然。
さらに歩夢の編成セットは、歩兵〈ゼロ・ドラゴン〉以外は全て高ランクのスキルありモンスターで構成されている。
警戒心を高める金太郎。
(なにより……最低ランクのドラゴンなんて、見たことも聞いたこともない……!)
基本的にレイドフィールド上にいるモンスターの名前は、その頭上のステータスウィンドウに記されている。
さらに、スキルの有無についても簡易的なマークなどで判断できるようになっているが、それを見ても明らかに歩夢のモンスター群はスキル付きの強モンスターが並んでいることがわかる。
だが──
その中でなぜかこの歩兵のドラゴンだけが、最低ランクでスキルもないという不気味な構成をしているのだ。
金太郎の視線に気づいた歩夢が、不敵な笑みを浮かべて金太郎を挑発した。
「あんた……僕の〈ゼロ・ドラゴン〉が気になって仕方ないみたいだね?」
「──まぁな。面白いもの……見せてくれるんだろ?」
歩夢の挑発的な笑みに触発され、金太郎にも笑みが浮かぶ。
そして、歩夢がプレイヤー盤にある駒を手にして口を開いた。
「クロスレイドに変更したこと…………後悔させてあげるよ! まずは僕のターンだ!」




