第六十六話「説得のかたち」改済
予想外の金太郎の言葉は、角田を動揺させた。
だが、それは同時に角田の警戒心を強める結果にもなった。
角田は、自分が金太郎にしてきたことを理解している。
だからこそ、金太郎が自分に手を差し伸べるようなことはありえないと思っているのだ。
「な、何なんだよォオオオ! 何か企んでやがるなァ、御堂ォオオオオオオ!」
どことなく落ち着かない様子で、角田は奇声をあげた。
数秒間の沈黙。
金太郎は、まっすぐ視線を角田へと向けて、意味深な質問を口にした。
「おまえ──。飛鳥にしたことも、銀姉にしたことも、ぜんぶ本当に自分の意思でやったことなのか?」
「な……なんだァ……てめえェエエエ⁉ 何が言いたいんだよォオオオ!」
角田は金太郎の言動が理解できずにいる。
さらに金太郎が発した衝撃的な言葉。
「俺は……おまえも被害者かもしれないって考えている」
これには響香が横から口を挟んだ。
「こんな男……被害者なわけないでしょう! よくも銀子を……! 私がこの手で────」
「ひィ……⁉」
今にも角田に飛びかかりそうな響香。
怯える角田の隣で、まるで鬼神のような殺気を放っている。
それを制止したのは金太郎だった。
「待って、響香さん! 頼む……少し俺に角田と話をさせてくれないか?」
金太郎の真剣な目を見て、響香は少し戸惑っている様子である。
「こんな下衆にチャンスを与えようとする金太郎さんの気持ちが私にはわかりません。ですが──」
目を逸らしながら言葉を続ける響香。
「──今、こうして私に銀子さんを取り返すチャンスをくれたのも金太郎さんです」
それから数秒ほどの沈黙を経て顔を上げる響香。
そして金太郎の目をまっすぐに見つめて答えた。
「5分──いえ、10分だけです! それで何も変わらなければ、この男は私が警察に突き出します!」
「ありがとう、響香さん」
渋々だが条件つきで要望を受け入れた響香。
どちらにしても、角田が罪を償わなければならないということが変わるわけではない。
だが、その前に角田の気持ちを救ってやりたい。
そう、金太郎は考えている。
「これは俺たちにしかできない仕事だと思う」
「私たちにしかできない……仕事」
金太郎は、何か得体のしれない力が角田を支配しているのではないか、と感じているのだ。
それは操られた角田が他人の意思を代弁しているとか、そういったものではなく、あくまで角田の意思は前面に存在していて、それを裏で歪めている存在があるのではないかというものだ。
もし今の角田が、本来の自分であれば制御できていたはずの理性を、外側の力によって無理やり歪められていた結果なのだとしたら、その責任の追及は果たしてどこへ向かうべきなのだろうか──という疑問に行きつく。
「これから角田は一生罪を背負って生きていかなければならない。俺もそう望んでいる。でも──」
金太郎は、悲しそうな目で続きを口にした。
「もし角田が外側からの力によって、自分の意思とは別に罪を犯していたのなら……それはある意味で角田自身も被害者だと思うんだよ」
金太郎の言葉を聞いても、納得はできない表情をしている響香。
大切な人が傷つけられたのだ。当然だろう。
「だいたい……外側の力って何なんですか?」
「それを今から角田に聞きたいんだ。実際に、何か主張したいことがあるのかどうか」
金太郎と響香のやり取りを、すぐ隣で聞いている角田。
何か反論するわけでもなく、ただ傍観している様子だ。
「もちろん角田が完全悪だっていうなら話は別だけど、俺は何か得体の知れない力が関与しているように思うんだ。それをハッキリさせたい」
そして金太郎は、角田へと視線を移して問いかけた。
「……どうなんだよ、角田?」
だが角田は答えない。
金太郎を疑いの目で見つめたままである。
それでも金太郎は説得を続ける。
まずは角田の警戒心を解くため、様子を探りながら会話を再開させる。
「……角田。実は前におまえと戦ったダブルス大会のあと、将角がおまえの素性を少し調べていたんだ」
「なんだってェ⁉」
「あいつは勘が鋭いからな。あの頃からすでに、おまえに違和感を感じていたらしい。ただの人間があの短期間に人をあそこまで変貌させることが可能なのか──ってな」
「あ、あの赤髪っすかァ……」
元気のない様子で答える角田。
金太郎は穏やかな口調を心掛け、会話を続ける。
自分たち側の情報も晒していくことで、角田の警戒心を少しずつ解いていこうという作戦である。
実際に角田の警戒心が徐々に薄れていくのを確認しながら、状況に見合ったタイミングで適切な情報を小出しに提示していく。
「別にあいつは、おまえのことが憎くて嵌めてやろうとか、そんなこと考えているわけじゃないんだ。おまえの起こした騒動の発端に、別の何かが絡んでいる気がするって、あの頃から言っていたぜ」
「別の何かだとォ?」
「ああ。俺も将角の話を聞いているうちに思った。おまえが誰かに操られている──とまでは言わないが、何か未知の力が働いている……そんな気がするんだ」
この金太郎の言葉を聞いた途端、突然角田は震えながらうめき声をあげた。
「……うゥ…………」
虚ろな角田の視線は、いったいどこを捉えているのか。
少し角田が落ち着くのを待ってから、話を再開させる金太郎。
「まず……俺は、おまえが持ってる洗脳の力は完璧じゃないと思っている」
角田が洗脳という能力を所有していることは、彼自身の言葉からも明らかになっている。
飛鳥の時は、手探りで試している感じだった。
だが今回、銀子を洗脳した経緯を自慢げに話していた様子から、彼自身が自らの能力に対しての理解を深めていると感じられた。
だがそれは現在進行でもその過程なのだろうと、金太郎が感じているということである。
「おまえ。飛鳥は簡単に洗脳できたのに、銀姉は苦労したって言ってただろ? それって少なくとも今はまだ、おまえの意思ひとつで簡単に洗脳できるってわけじゃなさそうだよな」
「へェエエエ……。先輩って、ただの馬鹿じゃなかったんすねェ」
この期に及んで悪態をつく角田。
だが金太郎は、そんなこと気にする様子もなく話を続ける。
「おまえが突然その力に目覚めたと仮定して……。そうなった理由が必ずあると思うんだよ。その答えはおまえの人生の中にあると思っている」
いよいよ核心に触れる質問をした金太郎だが、角田がそう簡単に答えるわけはない。
そこで金太郎は、さらに角田に寄り添うような言葉を投げかける。
「もし……おまえが何かに苦しんでいたのなら、俺に話してくれないか?」
そして、ついに角田のプライベートに関する話題にも触れる。
「将角が言っていたんだけど、おまえの父ちゃんって少しは名の知れた将棋のプロ棋士だったんだろ?」
「そ……そんなことまで調べてやがんのかよォ……」
これには、さすがに戸惑いの表情を浮かべる角田。
そして金太郎は、次に自分のプライベートを晒していく。
「俺はおまえと戦ったダブルス大会で、桐生先生と将棋の対局をした。それまでクロスレイドしか知らなかった俺に、桐生先生は将棋の奥深さを教えてくれたんだ。そして俺は桐生先生の門下生になって、いま将棋で頂点を目指している」
「な……⁉ あ、あの桐生三冠の門下生だってェ⁉」
角田が初めて金太郎の会話に食いついた瞬間だった。
やはり将棋への想いは強いのだろう。
「おまえも子供のころ将棋をやっていたんだってな。俺、いま将棋やっていて思うんだよ。なんで、おまえは辞めちまったんだろうって──」
すると角田は頭を抱えて、何かに怯えるように小刻みに震えだした。
「オレ様はァ……オレ様はァアアア……⁉」
それを目にした金太郎が、最後の一手を口にした。
「なあ……話してくれないか? 俺はおまえも救ってやりたいんだよ」




