第五話「チュートリアルⅠ」改済
◇ ◆ ◇
「おーい、飛鳥ー! 聞こえるかぁ?」
東側のプレイヤールームへたどり着いた金太郎が、西側のプレイヤールームに向かって声をかけていた。
すでに飛鳥がプレイヤールームへとたどり着いているかどうかの確認。そして音声が届くかどうかのチェックだ。
「聞こえてるわ。まずは智樹くんに、ユニットの並べ方とか最低限のルールを教えなきゃだね。待ってるから準備ができたら声かけてね」
「おう! そっちも何かあったら言ってくれ」
「わかったわ」
飛鳥と簡単な確認だけ済ませてから、智樹のレクチャーにとりかかる金太郎。
「さて。それじゃ、まずは基礎の説明からだな」
「お願いします!」
「まずは向こうにいるお姉さんと智樹の間に、大きな白い将棋盤のようなのがあるだろ? あれの名前はレイドフィールドって言って、あそこにモンスターの立体映像が現れるんだ」
「うん!」
次に金太郎は、目の前にあるプレイヤー盤を触りながら言った。
「そして俺たちの前にある将棋盤みたいなこれがプレイヤー盤だ。ここにユニットを並べて動かすと、あそこのレイドフィールド上のモンスターがリンクして動きだすんだよ。……ちなみにユニットっていうのはクロスレイドで使う駒のことで、正式名称はモンスターユニットって言うんだ」
ユニットの説明を追加したあと、続けて智樹に質問する金太郎。
「ところで智樹は将棋をやったことある?」
「ある!」
「だったら話は早いな。基本的なルールは将棋と一緒だからな。普通のクロスレイド盤を使う場合は、将棋と同じように相手と向かいあって指すから、そこまで複雑じゃない。だけどこういう舞台で戦う場合は、相手と離れているからプレイヤー盤にある相手のユニットだけは立体映像で表示されるんだよ」
「どういうこと……?」
「ああ、そうだな……。とりあえずシステムを起動してもらうか。それじゃ将棋の駒を並べるみたいに、持ってきた智樹のユニットをプレイヤー盤に並べてごらん」
「わかった!」
智樹が自分のユニットをプレイヤー盤に並べているうちに、飛鳥とコンタクトをとる金太郎。
「飛鳥ー! ユニット動かしながらやりたいんだけど、もう並べ終わった?」
「今やってるー!」
「それじゃ準備できたら教えてくれ」
「わかったわ。ちょっと待っててね」
しばらくすると飛鳥から金太郎のもとに準備完了の知らせが届いた。
そして智樹もユニットを並べ終えたのを確認してから、金太郎がスタッフに呼びかける。
「すいませーん! 動かしながら教えたいんで、もうシステム起動してもらってもいいですかー?」
『こちらスタッフ。了解です。それでは何か問題があれば報告お願いしますね』
「了解!」
スタッフとの会話が終わると、中央のレイドフィールドと各プレイヤー盤に青白い光が走った。
直後──
機械の起動音とともにレイドフィールド上に次々とモンスターたちの立体映像姿を現しはじめる。
それを目の当たりにして興奮する智樹。
「うわぁ! すごい……すごいよ!」
レイドフィールド上で、まるで本当に生きているかのような動きをしているモンスターたち。
金太郎は先ほど途中だったレクチャーの続きに戻る。
「ほら、智樹! さっきまでは自分のユニットしかなかったけど、今度はお姉さんのユニットもプレイヤー盤にあるだろ?」
「本当だ!」
「でも相手のユニットは立体映像だから、実際には触れないんだよ。試しにお姉さんのユニットを取ろうとしてごらん?」
システムに電源を入れたことで、智樹のプレイヤー盤上に出現した飛鳥のモンスターユニット。立体映像だが、見た目は実物のユニットと遜色がないほどリアルだ。
金太郎の指示に従って、智樹が立体映像表示されている飛鳥のユニットを取ろうとするが、実物があるわけではないので当然取ることはできない。
「あれ……? すり抜けちゃうよ⁉」
「そう。それが立体映像だってこと。こういった本格的なところで対戦する場合、相手が遠くにいるからお互いのユニットを渡し合えないだろ?」
「うん」
「だから、こうやって相手のユニットを立体映像で表示することによって、離れた位置でのバトルを実現させているんだよ」
「う~ん……。何となくわかったけど、ちょっと難しい……」
「まあ、こういうのはプレイしながら理解したほうが早いかもな」
そう言って飛鳥に声をかける金太郎。
「飛鳥! そろそろ始めようと思うけど、こっちの先行でいいか?」
「いいわよ。いつでもどうぞ」
飛鳥とコンタクトをとってから、金太郎が智樹のナビゲーター的なポジションについてゲームを開始した。
「智樹! まずは『俺のターン!』って言ってごらん?」
「俺の……ターン?」
普段使わない一人称に戸惑う智樹。
すると反対側のプレイヤールームで聞いていた飛鳥がフォローを入れてきた。
「智樹くん。『僕のターン』でもいいのよ? 自分の順番だってことが相手に伝われば言い方は何でも大丈夫だから」
「わかったよ、お姉ちゃん! それじゃ、いくよ……僕のターン!」
飛鳥の介入で元気よく自分のターンを宣言できた智樹。
うまく軌道修正してくれた飛鳥の手腕に、金太郎が関心している。
「ああ……そういうことか。悪い、飛鳥」
「いいわよ。あたしもそっちの会話は聞こえているし、何か気づいたらサポートするから。それよりも金ちゃん、子供に教えるの意外と上手じゃない!」
「そうかぁ……?」
「そうだよ! ほら! 続けて、続けて!」
なぜか、少しうれしそうな飛鳥。
金太郎は飛鳥の不可解な反応に首を傾げながら、智樹のレクチャーを再開した。
「よし……それじゃ、智樹! まずは最初のターンだ。どのモンスターを動かしたい?」
「こいつ!」
智樹が選んだのは、角行の右斜め前方にいる歩兵モンスターだった。
「お? そのモンスターを選ぶとは、将棋をやったことあるって言うだけあるな!」
「えっへん!」
「それじゃ、そのモンスターのユニットを1マス前に動かしてごらん?」
「こう?」
智樹が選んだ歩兵モンスターのユニットを1マス前に動かす。
するとレイドフィールド上の同じマスにいたモンスターが、シンクロするかのように1マス前進した。
「うわあ! 動いた……動いたよ! 僕のモンスターが動いた!」
「楽しいだろ? ちなみに動かすときには、こっちの行動を相手に伝えるように言葉にすると尚いいぞ!」
「どういうふうに?」
「たとえば今の場合はこう言うんだ。『僕は歩兵〈ホット・ドッグ〉を1マス前進させる!』──ってな」
「それやりたいー! 僕は歩兵〈ホット・ドッグ〉を1マス前進させるーっ!」
すでに行動は終わっているが、金太郎の台詞を真似して覚える智樹。
飛鳥が向こう側からふたりの様子を眺めて微笑んでいた。
「よし。行動は1ターンに1回まで! 将棋もそうだろ?」
「うん!」
「だったら、これで智樹のターンはいったん終わり。次はあっちのお姉さんのターンになるから、智樹はターンが終わったことを宣言してから、このボタンを押すんだ」
金太郎が示したボタンはターンを終了する際に押すボタンで、一般的に『ターンエンドボタン』と呼ばれている。
ボタンを押すことでレイド・システムがプレイヤーターンの移行を認識するのだ。
レイド・システムはAI音声認識機能も搭載しており、AIが普段からプレイヤーの言葉を読み取って、ある程度の状況を判断している。
さらにターンエンドボタンなどの物理的な操作がAIの判断力を向上させ、絶対的なルールの不可侵領域を死守しているのだ。
「ちなみにターンを終えるときも、相手に伝えるように言葉にすると、より効果的だぞ!」
「なんて?」
「たとえば『ターンエンドだ!』……とかかな」
「よぉし……。僕はターンエンドだ!」
智樹は金太郎に言われたように、ターン終了を言葉で表現してからターンエンドボタンを押した。
続いて飛鳥のターン。
飛鳥も智樹に合わせて歩兵モンスターを1マスだけ前進するだけにとどまったが、それだけでもレイドシステムの技術が智樹を驚かせた。
「うわ⁉ お姉ちゃんのユニットが勝手に動いた!」
「凄いだろ? 相手が向こうのプレイヤー盤の上で動かしたユニットが、そのままこっちのプレイヤー盤にも反映するんだぜ? 智樹がさっき歩兵モンスターを動かした時、あっちのお姉さんのプレイヤー盤の上でも同じことが起きていたんだよ」
「へぇ! すごいなぁ……すごいなぁ!」
智樹は一挙一動に感動しては喜んでいる。
金太郎も、そんな智樹の反応を見るのが楽しくなっていた。
それから数ターンは、お互いに陣地や各モンスターのポジションを確認しながら、少しずつ相手のモンスターに近づける作業が続いていたが──
「僕のターン!」
何度目かの智樹のターン。
しばらく見守っていた金太郎が智樹にアドバイスをした。
「智樹! 智樹が最初に動かした歩兵〈ホット・ドッグ〉の2マス前方にお姉さんのモンスターがいるよな?」
「うん」
「あれを捕縛しに行くぞ!」
「え? だって〈ホット・ドッグ〉は歩兵モンスターだから1マスしか進めないよ? 1マス届かない……」
だが金太郎はニヤリと笑みを浮かべて答えた。
「それが届くんだよ──クロスレイドではな!」
実はこの時、金太郎と飛鳥で示し合わせて、わざとこの形で智樹のターンを迎えさせたのだ。
智樹に『スキル』を使わせるために──。