第四話「部長からの指令」改済
金太郎と飛鳥の白熱した攻防に興奮してか、観戦していた野次馬たちからは大きな歓声が上がっている。
「うぉおおっ……! やっぱすげぇな、金太郎は! あそこから飛鳥ちゃんを倒しちまうなんてよぉ」
「おまえ、さっきは『飛鳥ちゃんの勝ちだ』とか言ってただろ!」
「でも、あの状況から逆転できるなんて誰も思わねぇよ」
金太郎たちの試合が最後だったようで、いつの間にかすべての部員が金太郎と飛鳥を取り囲んでいた。
勝者の金太郎はもちろん、敗者である飛鳥に対しても、その実力を称える声があちらこちらから聞こえている。
しばらくして、部長の大声が教室全体に響きわたった。
「盛り上がってるところ悪いが聞いてくれ。これで代表選抜の総当たり戦は終了だ。みんなお疲れ様!」
「おつかれ!」
「おつかれさま」
「おつかれさまー!」
彼らの声からは、心なしか安堵した様子が感じとれた。
総当り戦が終了して、張りつめていた緊張の糸が切れたせいだろう。
「それじゃ……もうわかってるとは思うが、結果を発表する。1位が金太郎。2位が飛鳥くん。ふたりにはうちの部の代表として、半年後のダブルス大会に出場してもらう。異論のあるヤツはいるか?」
「あるわけないっしょ」
「ないない」
金太郎たちが代表になったことは、満場一致で受けいれられた。
自分が代表になれなかった無念と、代表枠を巡ってのトラブルが発生しなかった安堵。そしてひとつの大きな行事がひと段落したことで一気に表面化した疲労。それらがすべて混在したかのような複雑な表情で天を仰ぐ部長。
「さて……。それじゃ少し早いが、今日の部活はこれで終わりにするか。みんな気をつけて帰れよ! それから──」
何やら台詞に続きがありそうな中途半端な状態で、金太郎と飛鳥のほうへ視線を向ける部長。
嫌な予感を感じた金太郎が、慌てて飛鳥に声をかけた。
「お、おい飛鳥! 早く帰ろうぜ!」
「え? 急にどうしたの、金ちゃん」
金太郎は、せっせと帰りの支度にとりかかっている。
だが金太郎の予感は的中。部長が金太郎の帰宅準備を阻止したのだ。
「──待て!」
「ひっ……! な、なんだよ……部長?」
「おまえたちふたりには、これから横須賀レイドスタジアムへと向かってもらう」
「は……? な、なんで俺たちだけ……?」
「息子にクロスレイドを教えて欲しいという小林先生からの要望だ」
「はあっ……⁉」
小林先生とは、金太郎たちが通う龍神ヶ峰高校クロスレイド部の顧問である。
「うちの部で一番強い生徒に教えて欲しいんだと。おまえら、ちょうど総当たり戦でトップツーになったことだし行ってこい」
「えぇえ……」
部長の命令というよりも、その場にいなかった顧問の先生からの要望だということで、断ろうにも断りきれず、しぶしぶ承諾する金太郎。
一方の飛鳥はというと、金太郎とは対照的にどこか楽しそうにしている。
「それじゃ頼んだぞ。ふたりとも!」
ほかの部員たちが自由に帰っていくなか、部長からの指令で横須賀レイドスタジアムへと向かうことになった金太郎と飛鳥。
その道中、金太郎がブツブツと不満を口にしていた。
「ちくしょう……部長め! なんで俺たちが先生の子供の世話までしなきゃならないんだよ……」
「まあ、いいじゃない。それに部長のせいにするのは可哀想よ」
「そうは言っても、ただ働きみたいなもんだぜ? ブラック企業かよ……」
そんな会話をしているうちに、目的のスタジアムがふたりの視界に入ってきた。
横須賀レイドスタジアムは、龍神ヶ峰高校から徒歩で三十分ほどの場所にある。
「微妙に遠いんだよなぁ……」
「あと少しよ。がんばろ、金ちゃん」
◇ ◆ ◇
ふたりが横須賀レイドスタジアムの正面に到着すると、そこには小林先生が息子を連れて待ちかまえていた。
「おぉーい! こっち! こっち!」
小林先生は金太郎たちに手を振りながら、その存在をアピールしている。
まるで気が抜けた菩薩のような表情で、小林先生のほうへと近づいていく金太郎。
「おぉ……⁉ な、なんか凄い顔してるな……御堂。それって無表情って言うの?」
「アンタが呼び出すからだろ……」
「ちょっと金ちゃん! 先生に向かってアンタとか言わないの!」
「はは。すまん、すまん。皇にも気を使わせちゃって悪いな」
小林先生はクロスレイド協会の幹部に友人を持っている。
クロスレイドの知識があるわけではないのだが、龍神ヶ峰高校のクロスレイド部の顧問だったりと、何かとクロスレイドに縁がある人なのだろう。
基本的に各レイドスタジアムは大会の決勝トーナメントなどの大舞台でしか利用が許可されていない。それは横須賀レイドスタジアムも例外ではないのだ。
ましてや個人での貸し切り利用など通常は不可能なのである。
だが今回、定期的に行われているシステム・メンテナンスのテストプレイヤーとして、特別に招待されたとのことだ。
本来テストプレイは関係者の人間が行うのだが、小林先生の頼みだということもあって協会幹部の親友が話を通して実現したらしいのだ。
そんな小林先生にジト目を向けながら、金太郎が言った。
「職! 権! 乱! 用!」
「まあ、そう言うな御堂。おまえだって、ここを使えるのは嬉しいだろう?」
「ぐっ……」
「それより、とりあえず入ろうか」
小林先生の先導で横須賀レイド・スタジアムに入っていく金太郎たち。まずはメンテナンス・スタッフに挨拶するためスタッフルームに向かう。
その途中、小林先生が歩きながら息子に話しかけた。
「ほら。ふたりに挨拶しなさい」
「うん。はじめまして、ぼく智樹っていいます! 今日はよろしくお願いします!」
立ち止まって深々とお辞儀をする智樹。
「お? お父さんと違って礼儀正しいんだな。偉いぞ、智樹」
「おい、御堂。おまえ退学にされたいようだな?」
「ちょっと! ふたりともいつまでふざけているのよ!」
飛鳥に怒られて黙りこむ金太郎と小林先生。
「ごめんね、智樹くん。あたし飛鳥。こっちのお兄ちゃんは金太郎っていうのよ。よろしくね」
挨拶を終えた四人は、気を取り直してスタッフルームに向けて歩きはじめた。
その道中、さまざまなことが小林先生の口から明かされた。
まず小林先生が横須賀レイドスタジアムを選んだのには訳があったのだ。
それは智樹がクロスレイドに興味を持ったキッカケにある。
テレビでクロスレイドの中継を観ていた智樹が、目を輝かしながら「僕もやってみたい!」と言ったからだそうだ。
その時にテレビに映し出されていたのは、巨大なたくさんのモンスターたちを従えて戦う美しい銀髪の女性だったという。
その光景が小林先生自身の目にも焼きついて離れないのだと──。
あの興奮を息子にも体験させてやりたかった──というのが一番の理由だそうだ。
「先生って意外と親バカなんだな」
「黙れ、御堂」
「だから辞めなさいって言ってるでしょ!」
そんなやりとりをしているうちに、スタッフルームに到着した四人。
扉を開けて部屋に入る。すると、そこには数名のスタッフが待機していた。
「あ。こんにちは。お待ちしておりました。小林様でしょうか?」
「ええ。そうです」
「今回は、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
話しかけてきたスタッフと小林先生が挨拶を済ませると、本格的にメンテナンスの打ち合わせが始まった。
「──以上ですけど、何か問題はありますか?」
「どうだ……? 御堂、皇。わかったか?」
「とりあえず俺たちは普通にクロスレイドで対決してればいいってことだろ? それで立体映像や音声に異常があれば、スタッフに知らせるってことでいいのかな?」
適当に答えた金太郎の隣、飛鳥が慌ててフォローする。
「ほかにもプレイヤー盤やスタンバイゾーンの反応とか、タッチパネルの感度とか……。えーと……それから──」
「まあ……要するに何か異常があれば報告しろってことだろ」
飛鳥がスタッフの説明を思い出しながら必死に答えていると、金太郎が元も子もないひと言でかたづけた。
「そうですね。あと異常がなくても定期的に音量のバランスをチェックしながら、こちらとそちらの判断を踏まえて全体的な音量を決定しますので、そこは指示に従ってください」
「はい」
スタッフの最終確認には飛鳥が返事をした。
大まかな打ち合わせが終わり、各プレイヤールームへと向かう金太郎たち。
通路を北へまっすぐ進んでいくと壁にぶち当たる。そこは丁字路になっており、東と西に通路が分かれて続いている。それぞれ別のプレイヤールームへとつながっているのだ。
ちょうど丁字路に差しかかったあたりで、金太郎が口に開いた。
「ああ。そういえば……対戦しながらとなると、二手に別れなきゃならないよな。どうしようか?」
「あたし、ひとりでいいわ。あたしが金ちゃんに合わせてプレイするから、金ちゃんは先生たちと一緒に行って智樹くんに教えてあげてよ」
「ひとりで大丈夫か?」
「あたりまえでしょ! あたしだって大会の舞台で戦ったことくらいあるわよ!」
「ま、そりゃそうだな。それじゃ頼んだぜ、飛鳥」
「任せておいて!」
こうして互いのプレイヤールームへと別れて向かった四人。東側に金太郎と小林先生、そして智樹の三人。西側には飛鳥がひとり。
いよいよ智樹へのレクチャーを兼ねたクロスレイドのテストプレイが始まろうとしていた。