第四十二話「桐生宗介」改済※挿絵あり
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金太郎が金将〈ゴールド・ドラゴン〉を進化させてからは呆気なかった。
次の将角のターンで飛鳥の王将が捕縛され、その次の金太郎のターンで角田が詰みとなり、クロスレイドのダブルス大会決勝トーナメントは幕を閉じた。
会場では、すでにクロスレイド・ダブルス大会における表彰式が執り行われていた。
優勝は、御堂金太郎・皇将角ペア。そして準優勝は、角田正男・皇飛鳥ペアとなった。
三位までのペアが表彰台にあがることになっていたが、決勝戦で金太郎の前に敗北した角田が試合終了直後に発狂──。
呼応するように飛鳥も気絶してしまった。
角田と飛鳥は救急車で最寄りの病院に運ばれることになり、表彰台の準優勝の台は無人となっている。
将角も飛鳥に付き添って病院へと行ってしまったため、表彰台の真ん中には金太郎がひとりで立っていた。
三位のペアがトロフィーを受け取り、二位の角田と飛鳥への授与は流され、最後に金太郎がひとりで優勝トロフィーを受け取っていた。
ひと通りの表彰が終わると、ダブルス・トーナメントの終了を知らせるアナウンスが会場全体に響きわたった。
『本日のクロスレイド・ダブルス大会はこれにて終了となります』
同時に、将棋のサプライズ対局を開始する旨のアナウンスが流れ始めた。
『──続きまして。これより将棋界のプロ棋士による本将棋のサプライズ対局を行います』
観客席が再び大歓声に包まれる。
クロスレイドが登場して間もなくは、将棋の棋士とクロスレイダーたちは相容れることはなく、また観戦側の人間もどちらか一方にしか興味がない者がほとんどだった。
将棋のファンはクロスレイドを嫌い、クロスレイドのファンは将棋を嫌う。
そういった互いを嫌悪する関係が長いあいだ続いてきたのだ。
だが、この30年間のうちで将棋界とクロスレイド界はお互いに歩み寄る道を選んだ。
そしてそのための努力も続けてきた。少しずつでもお互いを認め合うために。
その名残のひとつが、このサプライズ対局なのである。
こういった努力が実ってか、今ではどちらのファンでもある観客も少なくはない。
もちろん、どちらか一方が目的で観戦に来る者も大勢いるが、多くがクロスレイドの大会と将棋のサプライズ対局の両方を楽しみに足を運んでいるのだ。
クロスレイドの公式大会が行われるたびに、将棋界のレジェンドたちがサプライズゲストとして参加する。
そしてクロスレイド大会の優勝者は、ゲストとして招かれたレジェンド棋士と本将棋の早指し対局をする権利が与えられるのだ。
この将棋界とクロスレイド界の交流的対局を楽しみにしている観客は思いのほか大勢いるのだが、その楽しみのひとつにサプライズゲストとして招かれるプロ棋士は一体誰なのか──という予想合戦がある。
予想合戦といっても公式で行われているものではなく、観客たちが自分たちで勝手に予想しあって遊んでいるだけのものなのだが。
サプライズゲストは大会ごとに異なり、名前も伏せられているため、観客たちは誰が呼ばれているのか、登場するその瞬間までまったくわからないのだ。
会場では、本将棋の対局を行うための準備が着々と行われていた。
中央レイドフィールドの横に用意された、簡易的な座敷を最低限再現したスペース。畳を敷いた六畳ほどの空間。その中心に将棋盤と駒台。そして二枚の座布団が設置されている。
余計なものは一切なく、あくまで最低限の将棋対局ができる空間だ。
対局スペースの準備がある程度終わると、会場全体にふたたびアナウンスが響きわたった。
『お待たせしました。それではゲスト棋士に登場してもらいましょう! 本大会のサプライズゲストはなんと──! あの将棋界のレジェンド〝桐生宗介〟三冠です!』
アナウンスを受けて、入り口から人影がゆったりと歩いて入場してきた。
齢七十を越えているその風貌は、もはや神格さえも感じさせるものがある。
明らかに常人とは異なる気を纏って、用意された簡易対局の場へと歩を進めていく。
桐生宗介──
十六歳でプロ棋士となり、以降、50年以上のもあいだ無敗を守り続けている〝生ける伝説〟とまで言われているレジェンド棋士。
観客たちは、桐生宗助の話題で盛り上がっている。
「おい、まじかよ⁉ 今回のゲスト桐生三冠だってよ!」
「すげぇ! 将棋界の神様じゃん!」
「いくらクロスレイドの優勝者でも、桐生三冠に将棋で勝つのは無理ゲーだろ……」
「そういえば桐生三冠って、なんで無敗なのにずっと三冠なのかな?」
「なんか三冠目を獲得して以降は、次のタイトル戦のまえにひとつ返上してから出場とかしているらしいぜ?」
「なんでまた?」
「ほかの棋士たちがタイトルを手にできるようにだとか、そんな理由だった気がするけど……」
「うっわ……。それって負ける気ないってことじゃん! すっげえ余裕」
桐生が悠然と対局場へ向かうなか、本日のスケジュール変更についてのアナウンスが流れてきた。
今回は不測の事態が起こったこともあり、予定を変更して本将棋のサプライズ対局が行われることになったのだ。
『会場の皆様にお知らせいたします。本日のサプライズ対局ですが、皇将角選手が不在となったため予定を変更して行うことになりました。ゲスト棋士の桐生宗介三冠には、優勝ペアから御堂金太郎選手のみの挑戦とさせていただきます』
桐生は簡易対局スペースへと到達すると、誰に何を言うわけでもなく、ただ鋭い眼光を目の前の空間に向けて、不満を口にした。
「ふん……。なにがクロスレイドだ。くだらん。無駄な対局を二度もせんでよくなって清々《せいせい》したわ!」
「せ、先生。まあ、そう言わずに……」
虫の居所が悪そうな桐生三冠を、大会主催者がなだめている。
「将棋界とクロスレイド界の友好関係のためだかなんだか知らんが──。わしはクロスレイドなどという子供のお遊びを断じて認めはせん!」
桐生は殺意すら感じるほどの恐ろしい眼力を金太郎に向けた。
そして付け加えるように言う。
「世話になっている協会から頼まれたから、やむを得ずに足を運んだが……正しく茶番! ──くだらぬわ!」
そこまで言われては、金太郎も黙っていられない。
桐生の目の前まで足早で近づき、噛みつくように言葉を返す。
「大人げないぜ、爺さん。あんまりクロスレイド民をナメてると痛い目にあうぜ? あとで吠え面かくなよ!」
「ふん。将棋を真似た飯事なんぞで、いい気になっておるガキごときが!」
金太郎と桐生は、簡易対局スペースの前で顔を突き合わせて火花を散らしている。
その周辺を巻き込んで、非常に険悪なムードを漂わせていた。
まさかの金太郎と桐生の口論が始まったことに大会関係者は大慌てして、急いで止めに入る。
「ちょ、ちょっと桐生先生……! 相手は子供ですよ⁉」
「子供も大人も関係ないわ! クロスレイドなどという将棋を真似ただけのガキのお遊びで、棋士と同等のような顔をされるのは我慢ならん!」
「はっ! どっちがガキだよ?」
大会関係者の介入も虚しく、さらに激化し続ける金太郎と桐生の口論。
挑発した金太郎に突き刺さるような視線を向ける桐生。
会場全体にも不穏な空気が広がっていた。
「あまり調子に乗らんよう、完膚なきまでに叩き潰す必要があるようだな。小僧!」
「望むところだぜ!」
ふたりは中央レイドフィールドの脇に設置された簡易対局スペースに足を踏み入れると、将棋盤の前に向き合って正座し、座布団へと腰をおろした。
「それじゃ始めようぜ、爺さん! お願いします!」
「ふん。挨拶くらいはできるようだな。お願いします」
金太郎と桐生宗介三冠による本将棋の早指し対局が幕を開けた。




