第三話「勝敗の行方」改済
飛鳥の〈ルミナス・ドラゴン〉が〈ルミナスドラゴン・リュミエール〉へと進化してからは、金太郎の防戦一方が続いていた。
「くっそ……! 少しでも気を抜いたら一気にやられちまいそうだぜ」
金太郎が愚痴を口にしていると、つぎつぎと野次馬たちが集まってきた。
試合を終えた部員たちが、金太郎と飛鳥の試合を見学しに集まってきているのだ。
「飛鳥ちゃんのほうが押している感じだな」
「でも金太郎のヤツも結構がんばってるぜ?」
「まあ、それでも飛鳥ちゃんの勝ちだろうなぁ……」
言いたい放題の野次馬部員たち。
飛鳥寄りの評価が面白くない金太郎は、意を決して攻撃に転じようと試みる。
「調子に乗るなよ……飛鳥! 攻撃こそ最大の防御だ!」
金太郎は、桂馬モンスター〈ホースヘッド・ナイト〉を飛鳥の領域の一歩手前まで近づけた。
「どうだ! この位置に桂馬を置けば、おまえは護りを意識しなけりゃならないが、おまえのそのモンスターの布陣じゃ決定的な防御は不可能だろ! 次のターンで絶対に形勢逆転してやるからな!」
そう言って満足そうにターンを終える金太郎。
だが──
「甘いわよ、金ちゃん!」
飛鳥のターン。
ターンの開始を宣言をすると同時に、竜王〈ルミナスドラゴン・リュミエール〉のカードを手に取る飛鳥。
「あたしは〈ルミナスドラゴン・リュミエール〉のスキルを発動!」
「しまった……忘れてた!」
慌てる金太郎。
だが今さら慌てても、もはやあとの祭りである。
飛鳥がスキル効果を口頭で説明する。
「〈ルミナスドラゴン・リュミエール〉を、フィールド上のモンスターが配置されていない任意のマスへ転移することができる!」
『転移』──
簡単に説明すればワープ。
通常の移動との決定的な違いは、行動範囲上に存在している障害物──つまりモンスターを飛び越えることが可能だという点だ。
通常の移動では、移動先までの行動線上にモンスターが存在している場合、そこまでしか進むことができない。これは敵味方のモンスターを問わず同様である。たとえ味方のモンスターであろうとも、ルール上飛び越えることはできないのだ。
味方モンスターの場合は、そもそも捕縛することが不可能なので、実質そのモンスターの手前までしか移動することはできない。また敵モンスターの場合は、捕縛すればそのモンスターが存在していたマスまでは到達できるが、やはりそこから先には進むことはできない。
だが転移というのは、移動先までの行動範囲上にモンスターが何体いようが関係ないのだ。出発点で消失し、到達点に出現する。そういうイメージ。
飛鳥は、先ほど金太郎が移動させた桂馬〈ホースヘッド・ナイト〉にとって致命的ともいえる位置に竜王〈ルミナスドラゴン・リュミエール〉を転移させた。
「くそ……そこに転移するのかよ⁉ フィールド上の全域どこにでも転移できるとか、相変わらずとんでもないスキル効果だな……。おまえのドラゴン」
あまりのチート級スキル効果をまえに、思わず金太郎が不満を口にした。
だがそれに対して、飛鳥は竜王〈ルミナスドラゴン・リュミエール〉のスキルも完ぺきではないのだということを強調して反論する。
「『どこにでも』っていうのは飛躍しすぎよ。そこまで万能じゃないわ。あくまで『モンスターが存在しないマス』にしか転移できないもの」
「当たり前だろ! モンスターがいるマスにまで転移されたら、それこそもうお手上げだよ!」
ある意味で理不尽とも考えられるモンスターの個体差。
その個性的なスキルのバリエーションが、モンスターたちの存在理由を確固たるものにし、その各モンスターの唯一性が結果的にクロスレイドの魅力へとつながっているのだ。
ふてくされたかのような表情をしている金太郎をよそに、飛鳥は歩兵〈プリティ・バッド〉を1マス前進させてからターンエンドした。
「ほら。金ちゃんの番よ」
「わかってるよ! 俺のターン……」
飛鳥に急かされた金太郎は、ターン開始の宣言をしたものの、すぐには行動せずにしばらく盤面を覗きこんでいる。
「……どうしたの?」
「ん? ああ……。どうやっておまえのドラゴンをやっつけてやろうかなと思って考えてた」
「そのセリフ聞き捨てならないわね……」
飛鳥が身を乗りだして、金太郎に怒りをぶつけようとした、その時──
「──ま。やっぱりコレが一番無難だな」
「コレ?」
急な金太郎の言葉に拍子抜けした飛鳥が首を傾げた。
するとその直後、1枚のカードを手にとって不敵な笑みを浮かべた金太郎。
「ドラゴン使いはおまえだけじゃないんだぜ──飛鳥!」
「──っ⁉」
金太郎が手にしたカードを見て、飛鳥の表情が一瞬にして凍りついた。
昔から金太郎と頻繁に対戦してきた飛鳥だからこそ、身をもって知っているのだ。金太郎が手にしたカードが示しているモンスターの能力を──。
「俺は〈ゴールド・ドラゴン〉のスキルを発動!」
「そんな……⁉ ここで〈ゴールド・ドラゴン〉のスキルを使ってくるなんて……」
慌てる飛鳥。
金太郎が飛鳥の飛車〈ルミナス・ドラゴン〉を警戒していたのと同様に、もっとも飛鳥が警戒していた金太郎の所有モンスターこそが、この金将〈ゴールド・ドラゴン〉だ。
「まずはフィールド上の自軍モンスターから1体を選択するぜ! 俺は桂馬〈双頭のワイバーン〉を選択──」
金太郎は金将〈ゴールド・ドラゴン〉のカードを左手の人差し指と中指で挟むように持って、飛鳥にカードを見せつけるようにまっすぐ腕を伸ばしながら、そのスキル内容を口頭で伝えていく。
「──そして〈ゴールド・ドラゴン〉を自分のスタンバイゾーンに移動させることで、選択したモンスターをもともと〈ゴールド・ドラゴン〉がいたマスに転移させることができる!」
金太郎が口にした『スタンバイゾーン』とは、将棋で言うところの駒台のことだ。
スキルの発動が成立した時点で、フィールド上にいた〈ゴールド・ドラゴン〉がその場から忽然と姿を消した。
直後、そこに転移してきたのは金太郎の桂馬モンスター〈双頭のワイバーン〉。
「そんな……!」
飛鳥の顔がみるみる青ざめていく。
「俺は、このターンまだ通常の行動権を使用していない! 〈双頭のワイバーン〉で右斜め2マス前方にいる〈ルミナスドラゴン・リュミエール〉を捕縛してターンエンドだ!」
スキルの発動によって、一瞬にして戦況が変化する──
それがクロスレイドの醍醐味のひとつ。
先ほどまで場を支配していたのは、間違いなく飛鳥だった。
それは飛鳥のエースモンスター竜王〈ルミナスドラゴン・リュミエール〉の存在が、フィールド全体に強く影響を及ぼしていたからだ。
だが金太郎が〈ルミナスドラゴン・リュミエール〉を捕縛したことによって、戦況は一気に金太郎へと傾いた。
そして金太郎が〈ルミナスドラゴン・リュミエール〉を捕縛できたのは〈ゴールド・ドラゴン〉のスキルを有効的に活用できたからにほかならないのだ。
このスキルでの攻防が、純粋な将棋的な駆け引きをさらに複雑なものへと昇華させ、逆転の一手を可能にする────。
「あ、あたしの〈ルミナスドラゴン・リュミエール〉が……」
エースモンスターを捕縛されて放心状態に陥っている飛鳥。
この瞬間、完全に流れは金太郎に傾いた。
「悪いな、飛鳥。勝負は勝負──これで形勢逆転だぜ!」
「まだよ……。まだ勝負は分からないわ……! あたしのターン!」
追い詰められた飛鳥だったが、まだ闘志は消えていない。
瞳の奥底に勝利への可能性を信じる光を宿したまま力強い一手を指す。
その表情には鬼気迫るものがあった。
飛鳥はいつも『金太郎とクロスレイドができればそれだけで満足』だと言ってはいるが、ことクロスレイドでの勝負にかんしてだけは本気で競いあえる間柄でありたいと願っているのだ。
だからこそ、飛鳥は最後まで戦いぬく。金太郎と対等であるために────。
「エースモンスターを失って、さらにここまで不利な状況になっても、まだ向かってくるか! いいぜ、飛鳥! そうこなくちゃな!」
「絶対に負けないから……!」
額に汗を浮かべ、必死で金太郎に食らいついていく飛鳥。
基本的には防戦一方だが、隙あらば攻撃に転じようと試みている。
結局ふたりの試合は金太郎優勢のまま進行し、終局を迎えようとしていた。
だが、その時──
「……あ!」
飛鳥が一手、ミスをした。
追いつめられていた飛鳥は、金太郎以上に攻守が繊細なバランスで保たれていたのだ。
本来であれば防御だけで精一杯という状況下で、わずかな隙を見極めて強引な一手で攻撃をねじ込む。そんなプレイが続いていた。
一手のミスも許されないプレッシャーが予想以上に精神的な疲労を蓄積させ、ほんの一瞬だけ飛鳥の集中力を途切れさせてしまったのだ。
そして、それを金太郎が見逃すはずもなかった。
「……楽しかったぜ、飛鳥。これで終わりだ!」
「──くっ!」
金太郎はスタンバイゾーンから飛車〈ルミナス・ドラゴン〉のユニットを手に取って、飛鳥の王将モンスターに残された最後の逃げ道を塞ぐ。
この時点で飛鳥は、将棋的にみれば『詰み』の状態だ。
あとは飛鳥のモンスターの中に、その『詰みの状態を回避するための起死回生のスキル』があるかどうか──
「……────ないわ。あたしの……負けよ」
こうして龍神ヶ峰高等学校クロスレイド部における総当たり戦は、1位が御堂金太郎、2位が皇飛鳥という結果で幕を閉じたのだった。




