第三十二話「グレイテュポーン・グリージョ」改済
◇ ◆ ◇
飛鳥たちの試合は、特に何の波乱もなく終盤に差しかかっていた。
事情を知らない観客たちは、無邪気に盛り上がっている。
銀子が、これまでの試合展開から各プレイヤーの実力を分析し語りはじめた。
「あの角田くんって子……。飛鳥ちゃんの強力なモンスターを使ってるのに戦術がなってないわね。結果、足を引っ張ってる──」
銀子が続けて言う。
「──ダブルスの意味がないわ。飛鳥ちゃんがフォローしているから何とかなってるけど……」
続けて、銀子は対戦相手のほうへ視線を向けて、同様に分析評価する。
「それから、あっちのふたり。さすがに決勝トーナメントに残っただけのことはあるわね。決して弱くないと思う」
金太郎は、半年前に角田に負けたことがよっぽど屈辱なのか、うつむいて黙り込んでいる。
その様子を見て金太郎に声をかける将角。
「もう気にすんな、金太郎。おまえは正々堂々の勝負で負けたわけじゃねぇだからよ」
続けて桂も金太郎を励ます。
「そうだよ。それに今回は、将角がパートナーなんだから大丈夫! どんなペアにだって負けないよ!」
「ありがとう……将角、桂」
ふたりに励まされて、金太郎に笑顔が戻る。
そんな3人の様子を、笑顔で見守る銀子。
だが、そのあいだにも試合は進行している。
「ほら、3人とも! よそ見していないで試合を観ましょ?」
「あ……ああ。そうだな。ごめん、銀姉」
銀子の呼びかけで、金太郎たちの視線は試合に向けられた。
「くそ……! 僕のターンだ! 僕は〈ヒトツキ・キツツキ〉を後退させてターンエンドする!」
試合は、ちょうど上島がターンを終えたところだった。
続けて飛鳥のターンになる。
「あたしのターン!」
ここで飛鳥の強烈なコンボが炸裂する。
「あたしは〈フュージ・フランケン〉のスキルを発動! このターン〈フュージ・フランケン〉は2マス多く進むことができる!」
飛鳥が使用する〈フュージ・フランケン〉は銀将なので、スキルを発動したターンは斜め後ろ以外どこにでも3マス分進むことができるということだ。
飛鳥は〈フュージ・フランケン〉を右斜め上に3マス分展開させ、そこのマスにいた相手の歩兵モンスター〈ビット・ラット〉を捕縛──相手の領域に侵入した。
「あたしは〈ビット・ラット〉を捕縛して〈フュージ・フランケン〉を進化召喚! 現れなさい──〈フュージ・フランケン・ギガント〉!」
「くうぅ……⁉」
くやしがる上島。
だが飛鳥は、まだ攻撃の手を緩めない。
「さらにあたしは〈フュージ・フランケン・ギガント〉のスキルを発動! 〈フュージ・フランケン・ギガント〉と同じ列にいる自分のモンスター1体を選択し、その選択したモンスターに限定行動権を与える!」
『限定行動権』とは、通常の行動権とは別に与えられる特別な行動権のことをいう。基本的にはスキルなどによって選択したモンスターに付与されることが一般的だ。
飛鳥が角行のユニットを手にとった。
「あたしは角行〈グレイ・テュポーン〉を選択! これによって〈グレイ・テュポーン〉は1回分の限定行動権を得るわ!」
「ま、まずい!」
「この行動権を消費して〈グレイ・テュポーン〉で一気に攻め込む……! そして〈アイス・キャット〉を捕縛よ!」
角行〈グレイ・テュポーン〉を、角田側のフィールドへと展開させる飛鳥。
自分の目の前にいる上島ではなく、角田の正面にいる高崎のモンスターである〈アイス・キャット〉を狙ったのだ。
ダブルスの場合、フィールドの横幅は18マスもある。
ペアでプレイヤーが並んで立つため、味方プレイヤー前のフィールドへ展開させることも可能なのである。
「こ、こっちへ来たっ……⁉」
高崎は、まさか飛鳥が自分のほうへ切り込んでくるとは思ってもいなかったのだ。
慌てている高崎を見て、自慢げに腕組みをしながら勝ち誇る角田。
「ぶッひィイイイ! どうだァ……オレ様のパートナーの実力を思い知ったかァ!」
あまりの角田の醜さに、高崎は顔をゆがめた。
だが、それで飛鳥の動きが止まるわけではない。
さらにコンボを加速させる飛鳥。
同時に、飛鳥に異変が──
「さらにィ……! あたしは相手の領域に侵入した〈グレイ・テュポーン〉を進化召喚するぅううう! あはははァアアア──! これが、あたしのエースモンスターァアアア……! 〈グレイテュポーン・グリージョ〉オオオオオオ!」
もともと角田が所有していたモンスター〈グレイ・テュポーン〉。
その不気味なモンスターを、自らのエースモンスターだと明言する飛鳥。
まるで角田と同じような不気味な笑みを浮かべる飛鳥の姿を見て、金太郎がショックを受けている。
「あ……あす、か…………?」
だが飛鳥は金太郎の気持ちとは裏腹に、その表情をさらに角田とシンクロさせていく。
「あはははァははァアアア……! あたしは〈グレイテュポーン・グリージョ〉のスキルを発動ぉう! 相手のスタンバイゾーンに置いてあるモンスター1体を選択しィ、フィールド上の召喚可能なマスに召喚するゥウウウウウウ……!」
不気味な笑みを浮かべて笑いだす飛鳥。
飛鳥の急激な変貌に、金太郎だけでなく、将角も、銀子も、桂も、そして相手のペア、さらには観客たちも──
会場中にいる全員が言葉を失っていた。
「う……うそだろ、飛鳥……?」
金太郎は、目を見開いて身体を震わせている。
将角たちも愕然とした表情をしていた。
一瞬にして、静まり返る会場。
その時──
「落ちつけェ、飛鳥ァアアア!」
「────っ⁉」
響いたのは角田の声。
「ま、正男……? あたし──」
「オレ様以外の前で、正気を失うなって言っているでしょオオゥ⁉」
「ご、ごめんなさい……! あのユニットを手にすると、つい……」
飛鳥の言う『あのユニット』とは〈グレイ・テュポーン〉のことである。
金太郎にとって苦い記憶のある〈ゴブリン・キング〉といい、角田が持っていたモンスターユニットには、どこか得体のしれない力でも宿っているように感じる。
「まあ、イイでショ……。今度から気をつけなさァい?」
「は、はい……」
結果的に、飛鳥の正気を取り戻したのは角田。
だが金太郎は釈然としない。
もちろん銀子や将角、桂も不信感をあらわにしていた。
その後、何事もなかったかのようにゲームを再開させる飛鳥。
先ほどのコンボの続きだ。
飛鳥は、上島のスタンバイゾーンにいた〈アリスティック・ワイバーン〉を選択し、高崎の王将モンスターの逃げ道を断つように召喚してターンを終えた。
袋小路状態に追いつめられた高崎の戦意が損失していく。
それでも、まだ試合は終わっていない。
「わ、私のターン……」
もはや虫の息となった高崎。
弱々しい声で、淡々と作業をこなしていく。
「私は……スタンバイゾーンから歩兵〈ラブリー・ベア〉を、王将の斜め左上に召喚してターンエンド……」
そして角田のターン。
付け焼刃で王将の前に壁を作った高崎だったが、容赦なくそこを狙いにいく角田。
「ぶひィエエエ! よくやったぞォ、飛鳥ァ! これでもう、あっち女は終了だァ!」
角田は〈ホワイト・フォックス〉のカードを手にとり、勢いよくカードを前に突き出しながらスキルの発動を宣言した。
そしてスキル内容を読み上げる。
「オレ様は〈ホワイト・フォックス〉のスキルを発動ォ! このターン〈ホワイト・フォックス〉は、通常の桂馬の行動範囲よりも1マス奥に移動することが可能となるゥウウウ!」
角田は、スキルによって行動範囲が拡大した〈ホワイト・フォックス〉で、高崎の〈ラブリー・ベア〉を捕縛。それによって相手領域内へと侵入したが、あえて角田は〈ホワイト・フォックス〉を進化召喚させなかった。
「〈ホワイト・フォックス〉の進化をさせなければ、これで詰んだも同然だろォオオオ!」
「くっ……!」
将棋の桂馬が成ると、金将と同じ行動範囲の駒に変化する。
クロスレイドの桂馬モンスターも、進化すると金将モンスターと同様の行動範囲へと変化するのだ。
もちろんクロスレイドの場合は、スキルの有効性を考慮したうえでの判断も要求されるが、今回は角田が物理的な王手を優先した結果だった。
「ぶッひェイイイイッ! どォだ見たかァアアア! オレ様と飛鳥の息の合った完璧なコンビネーショぉおおおン!」
角田が恍惚の表情で吠える。
その隣で髪をかき上げ、角田に寄り添う飛鳥。
「ご、ごめん……上島くん」
「仕方ないさ。あとはダメもとで、僕がやれるだけやってみるよ」
角田に代わり上島のターンとなったが、もはや上島は高崎の窮地を救うどころか、自分を守ることさえ苦しそうだ。
頼みの綱であるはずのスキルも、もう底をつきかけている。
残り少ない貧弱な戦力で、必死に勝つための道を探している上島を、容赦なく角田が煽る。
「ほらほらァ! 早くしろよォオオオ!」
圧倒的な戦力差が生まれた現状、まるで弱者をいたぶって楽しむような角田の言動は、見ている者の気分を悪化させる。
観客たちの中にも、少なからず複雑な表情をしている者もいる。
すると、しばらく静観していた将角が、金太郎に声をかけた。
「そろそろ行くか? これ以上見てもあまり意味はなさそうだ」
「そうだな……。次の試合の準備もあるし……」
そう言って立ちあがる金太郎と将角。
選手控室へと戻ろうとしたふたりに、銀子たちが声をかける。
「頑張るのよ、ふたりとも」
「絶対に勝ってね!」
ふたりは銀子たちの応援を受けとってから、飛鳥がいるレイドフィールドに背を向けて、観客席をあとにした。
ひとあし先に会場を出る将角の後ろ──
金太郎は立ち止り、うしろは振り返る。
そして飛鳥のいるフィールドを見ながら、心配するようにつぶやいた。
「飛鳥……。絶対に俺が助けるから──」
そう言い残して、将角のあとを追うように会場を出る金太郎。
その表情には、強い決意と覚悟が宿っていた。




