第二十七話「最強の味方」改済
◇ ◆ ◇
結局、将角はなす術もなく、勝負は金太郎の勝利で幕を閉じた。
ふたりは、最初に金太郎がいた公園のベンチに戻って、缶コーヒーを飲みながら話をしている。
「腕が鈍ったってわけじゃなさそうだな。安心したぜ」
「いったい何なんだよ、将角?」
「……ちょっと待ってろ」
将角はポケットからスマホを取りだして、誰かに電話をかけはじめた。
「────桂か? 今、金太郎との勝負が終わったところだ。……ああ、そうだ。……今おまえの家の近所の公園にいる。……ああ。……わかった。待ってる」
将角は電話を切ると、金太郎には何の説明もせず、無言でスマホの画面をポチポチと弄り始めた。
状況を理解できない金太郎が、将角に問いかける。
「おい、将角。今おまえが電話したやつ誰だよ? そいつ俺と何か関係があるのか?」
「……ん? ああ。来ればわかる」
将角はそれだけ答えて、再びスマホの画面に目を戻した。
何かのゲームをやっているようである。
5分ほど時間が経過したころ、公園の入り口のほうから、長い黒髪をなびかせた小柄な人物が、金太郎と将角が座っているベンチに近づいてきた。
見たかぎりでは、年下の女の子のように見える。
「──おつかれ。将角」
「ああ、サンキュ。桂」
金太郎と将角が勝負することを、すでに知っていたかのような口ぶりだ。
先ほどの電話の内容から考えても、将角が金太郎と接触したこと自体、計画されていたように思える。
だが今は、そんなことより──
「だ、誰……? 将角の彼女……?」
「ち、ちげぇよ⁉」
「あはは。ボクはそれでも構わないけどね」
恥ずかしそうに否定する将角。
一方、将角が『桂』と呼んだ小柄な女の子らしき人物は、まんざらでもない感じで笑顔を振りまいている。
「はじめましてだね、金太郎くん。ボクの名前は早乙女桂。──ちなみに、残念だけど女の子じゃないよ」
どうみても女の子にしか見えない容姿だが、まさかの男の子のようである。
「……え? き、君……男の子なのか⁉」
「男の子とか、そういう呼び方やめてくれないかなぁ……。これでもボク、キミや将角と同級生なんだけど……?」
しかも、金太郎たちと同じ年齢だという。
どうみても女子中学生──
下手をすれば小学生にしか見えないが。
本人いわく。金太郎たちと同じ男子高校生だということだ。
将角が言う。
「こいつ。俺の──今の相棒なんだ」
「そうなのか。まあ……ともかく俺は、おまえがクロスレイドを続けていてくれたことがうれしいよ」
桂はクロスレイドにおける将角のパートナー。
中学生になってから、荒れて行方を眩ませていた将角が、クロスレイドのパートナーを連れて、無事にまた自分の前に姿を現してくれたことが、金太郎にとっては何よりだったのだ。
「ところで、彼女──じゃなかった。か、彼……? 早乙女くん……だっけ?」
「桂でいいよ」
「それじゃ……桂。将角が君をここに呼びつけた理由って、いったい何なんだ?」
この金太郎の質問に答えたのは将角。
「桂はおまえの学校のクロスレイド部に友人がいてな。その友人が見ちまったらしいんだよ」
「見ちまったって……何を?」
「おまえがクロスガレージで、角田とかいう野郎に負けたところだ。ダブルス大会の出場権をかけていたらしいな」
「……ッ⁉」
ここから将角に代わって、桂が続きを話す。
「キミの部活にいる田中くん。知ってるでしょ?」
「あ、ああ……。桂の友人って田中のことなのか?」
「うん。あの日、たまたま彼は部活をサボって、クロスガレージに行っていたみたいなんだ」
金太郎の顔が徐々に強張っていく。
金太郎にとって〝人生最大の汚点ともいえる角田との試合〟のことを、将角に知られていたこと。
だがそれ以上に、あの現場を部員のひとりに目撃されていたことが、金太郎に大きなショックを与えた。
あのカッコ悪い自分の姿を、知っている人間に見られていたのだ。金太郎がショックを受けるのも無理はない。
すると金太郎の心境を察したのか、将角がフォローするように続けて話す。
「……勘違いすんな。桂の友人が〝見ちまった〟って言ってたのは、その角田とかいう野郎がやっていた卑劣な不正行為のことだ。別におまえが軽蔑されたわけじゃねぇよ」
とはいえ、金太郎の心中は穏やかではない。
表面上は納得する素振りを見せているが、まだ動揺を抑えきれずにいる。
金太郎の気持ちが落ちつくのを待つふたり。
しばらくしてから、将角と桂が交互に続きを語りだした。
桂の話では、田中が目撃した真実を誰にも話せずにいたのは、〝真実を知ってしまったのは自分だけ〟というプレッシャーあったからだそうだ。
というのも、あの試合で角田が見せた不気味さ。そして怖さ。
告げ口をするということは、あの角田に敵視されてしまう可能性を覚悟せねばならない。
そして角田に目をつけられるということは、部員からの信頼が厚い飛鳥も同時に敵に回してしまうことになる。
さらに言えば、部長をはじめとする部員たちの中には、すでに角田の息がかかった者も大勢いるかもしれない。誰が角田とつながっているのかもわからない状態で、安易に告げ口をして、もしそれが角田側の人間だったら──
下手をすると自分も金太郎と同様、孤立、または標的の対象になってしまう可能性がある。田中はそれが恐ろしかった。
そして田中が躊躇しているあいだに、金太郎の悪評だけが猛スピードで部活内部に拡散していったというのだ。
また田中は、金太郎本人が学校に来なくなっていたことで、余計にどうしていいかわからなくなっていたようだ。
そして昔からの友人でもあり、学校が違う桂を頼ったらしい。
そこから将角へ話が伝わったという。
ここまでの話を聞いて、金太郎が気になったことを質問する。
「どうして田中のやつ、桂にそんな相談を?」
「それはボクが将角のパートナーだって知ってたからだと思うよ? ボク、まえに話したことあるもの」
この桂の返答だけでは理解できなかった金太郎。
さらに踏み込んだ質問をする。
「将角とつながりがあることが、桂に相談することと何か関係があるのか?」
「それは『将角が飛鳥ちゃんの弟』だってことを、田中くんも知っていたから──」
その瞬間、金太郎の中ですべての話がつながった。
「そ、そういうことか……」
さらに将角が話す。
「その桂の友人。うちの姉貴と角田って野郎が、人っ気のない体育館の裏で何かコソコソ話しているのも目撃したことがあるって言ってたらしいぜ」
「な、なんだって……? くそ……いったい何がしたいんだよアイツ! マジで不気味なヤツだぜ」
「俺は数年前に家を出たきり、実家に帰っていなかったからな。姉貴のことも桂から聞いて初めて知ったのさ」
おおよその事情は飲み込めたものの、まだわからないこともある金太郎。
それは、将角がクロスレイドで勝負を挑んできた理由と、ふたりが金太郎に接触してきた目的だ。
ただ──
すでに事の全貌を把握しているのなら、将角にとっての目的はひとつしかないと、金太郎は確信していた。
飛鳥の救出────
おそらく将角の目的はそれで間違いないと、金太郎は思っている。
だが、なぜ金太郎の前に姿を現したのか──
金太郎は、それを知りたかったのだ。
率直に質問する金太郎。
「将角……。おまえが現れた目的はなんだ?」
すると将角は、ひと呼吸おいてから、金太郎の目をまっすぐに見て答えた。
「俺が────おまえと組んでやる」
「……は?」
そのあまりにも抽象的な言葉は、心に深い傷を負ってしまった金太郎にとって、どう受けとっていいのかわからないものだった。
状況的に、将角の言おうとしていることの想像はできたが、それでも今の金太郎にとって確証のない言葉を受け入れるのは難しかった。
希望は、一歩間違えれば絶望に変わる──
希望が大きければ大きいほど、裏切られたとき、その絶望は計り知れない。
それを金太郎は知っている。
不安なのだ。
孤独から抜けだせるかもしれない味方の出現──
しかし、それもまた金太郎を陥れるための罠かもしれない。
そんな疑いすら持ってしまうほど、金太郎の心は弱っていたのだ。
もう、あんな想いはしたくない。
それが金太郎の歩みを止めていたモノの正体。
抽象的な言葉は、ときに勘違いを生みだす。
金太郎は、確証が欲しかったのだ。
決して裏切ることのない、絶対的な味方であるという証拠。
すると将角は、金太郎の心を読みとったかのように、先ほどは濁した言葉の輪郭を鮮明にして、ふたたび同じ内容を口にした。
「ダブルス大会──。この俺が、おまえといっしょに出場してやる。姉貴を取り戻したいんだろ? 俺だってそうさ。その金将〈ズラトロク・ノヴァ〉は、おまえにくれてやる。〈ゴールド・ドラゴン〉の代わりに使え」
将角がはっきりと意思を示したことが、金太郎の固く閉ざされた心をこじ開けるきっかけとなったのだ。
「ほ、本当に……おまえが? 俺と……いっしょに?」
照れ隠しのつもりか、将角は顔をそらしながら話を続ける。
「一般枠での出場料はそこそこ高いが、俺とてめぇで割り勘すりゃなんとかなるだろ」
「おまえ……本気か…………?」
「ああ。別にてめぇの〈ゴールド・ドラゴン〉なんぞ知ったことじゃねえが、角田って野郎にはウチの姉貴にちょっかいを出したツケをきっちり支払ってもらう!」
皇将角──
飛鳥の双子の弟。
金太郎も子供のころは、よくいっしょに遊んでいたのだが、異常に気性が荒くて扱いづらい性格をしていたのだ。
当時は金太郎どころか、姉の飛鳥でさえも手を焼いていた。
だが──
味方になれば、これほど頼りになるヤツはいないだろう。
「……へへっ」
つい声を出して笑う金太郎。
失っていた自信を取り戻したかのような笑顔だ。
将角も笑みを浮かべながら、金太郎に言葉を返す。
「なんだ? 頭でもおかしくなったか?」
「いや……別に。おまえって思ったより姉ちゃん想いだったんだな……って思ってさ」
将角を茶化す金太郎。
すると将角は、少し恥ずかしそうにキレて誤魔化した。
「ああん⁉ んなことよりどうすんだよ、大会!」
「もちろん出るさ。おまえとなら優勝も余裕だ! 頼りにしてるぜ──将角!」
「……言っておくが、おまえと組むのは今回かぎりだ。俺のパートナーは、桂だけだからな」
「そうそ。将角のパートナーはボクだけだからね! 貸してあげるのは今回きりだよ?」
桂は横からふたりのあいだに割り込んで、金太郎につかみどころのない笑顔を向けた。
あの荒んでいた将角を手懐けて、自らにつなぎとめた少年──早乙女桂。
彼がいなければ、今こうして将角という心強い味方を得ることはできなかった。
そして角田へのリベンジも──
金太郎は、これ以上ない感謝を桂に感じていた。
「ありがとう、桂。君のおかげで俺……。なんてお礼をしたらいいか……」
「そういう他人行儀やめてよ。キミは将角の親友でライバル。僕は将角の親友でパートナー。だったらキミと僕も親友でしょ?」
金太郎は、将角が桂に出会って変わった理由が、なんとなくわかった気がした。
「将角。おまえ、いい相方を見つけたんだな」
「あ? なんで、てめぇが俺に上から目線なんだよ⁉」
「なんだよ、おまえ? 桂にはデレデレしてるくせに、俺には相変わらず口が悪いんだな。──ツンデレかよ?」
「なんだと、てめぇ⁉」
金太郎と将角の漫才のようなやりとりを見て、桂が2人の隣で大爆笑している。
「あはは! まるでコントみたい!」
こうして金太郎は、最強の新パートナーを迎えて、飛鳥と〈ゴールド・ドラゴン〉を奪還するために、半年後のダブルス大会に出場することを決心したのだった。
第二章完結。
次回新章突入!
すべてを失った悲しみと、新たに手に入れた絆。そして黄金の魂は目覚める────!




