第二十五話「呼応する魂たち」改済
将角が何度も呼びかけたことが、憔悴しきった金太郎の心を動かした。
ふたたびクロスレイドに向き合おうとする金太郎。
まだ金太郎の心が晴れたわけではないが、この先クロスレイドを続けるかどうかという悩みよりも、今は目の前にいる将角に答えたいという想いが強くなっているのだ。
「俺は歩兵〈リトル・ブラウニー〉を1マス前進させてターンエンドだ!」
「ようやく、らしくなってじゃねぇか……! 俺のターンだ! 俺は歩兵〈突然変異したアメリカン・ショートヘア〉を1マス前進させてターンエンド!」
ふたりとも序盤はスキルの使用を控えて、相手の出方をうかがっている。
たまに歩兵モンスターの汎用スキルを使うくらいで、基本的にはユニットの位置を調整しながら自軍の陣地を確保しつつ、じわじわと相手の陣地へと攻めこんでいくスタイルだ。
お互いの陣地整理が終盤を迎え始めたあたり──
最初に動いたのは将角。
「俺のターン! 俺は歩兵〈おしゃれなペルシャ猫〉のスキルを発動! 自軍の歩兵モンスターの中から1体を選び、そのモンスターを1マス前進させる!」
「……いよいよ来るか⁉ 将角!」
「俺は歩兵〈復活のマンモス〉を選択! 1マス前進させて、てめぇの歩兵〈グリーン・スライム〉を捕縛────進化召喚だ! 現れろ! 〈リバイバル・マンモス〉!」
フィールド上に存在していた将角の歩兵モンスター〈復活のマンモス〉が、進化召喚により進化歩兵〈リバイバル・マンモス〉へとその姿を変える。
「まだいくぜ! 俺は〈リバイバル・マンモス〉の効果を発動する! 〈リバイバル・マンモス〉自体を1マス後退させることで、同一直線状にいる自軍モンスター1体と入れ替えることができる!」
将角は〈リバイバル・マンモス〉を1マス後退させる動きを見せてから、そのまま置かずに、ふたたび手に取った。
そして〈リバイバル・マンモス〉を将角の領域内にいる銀将〈デッドリー・ヴァンパイア〉がいる位置へ移動。
その〈デッドリー・ヴァンパイア〉のユニットを手に取って、先ほど〈リバイバル・マンモス〉がいたマスへと移動させた。
「〈リバイバル・マンモス〉と〈デッドリー・ヴァンパイア〉の位置が入れ替える!」
「くっ……さすが将角だぜ!」
かなりトリッキーなスキルを持つ〈リバイバル・マンモス〉。
その予測困難な動きに、ふたたび萎縮してしまう金太郎。
だが金太郎が怖気づくたびに、将角が金太郎の魂を呼びもどす。
まるで手を差し伸べるかのように──
「恐れるんじゃねぇ! 思いだせ──昔のてめぇをっ!」
「ま、将角……おまえ…………」
「俺も……! 俺だって、まだ終わっちゃいねぇ……! てめぇだって……まだ終わってねぇだろうがっ!」
将角は、まるで自分にも言い聞かせ、訴えるかのように大声で叫んだ。
「俺はっ……俺は、まだこんなところで終わる気はねぇ! てめぇだってそうだろ──金太郎!」
「…………まさか……ど⁉」
大きく見開かれた金太郎の瞳が、震えるように左右に揺れる。
「……続けるぜ? まだ俺は行動権を使ってねぇ──〈デッドリー・ヴァンパイア〉を1マス前進させて進化召喚だ! 出てこい──進化召喚! 〈デッドリー・ヴァンパイア・サバス〉!」
先ほどの〈リバイバル・マンモス〉のスキルから、流れるような美しいコンボをつなげる将角。
自軍の銀将モンスターを一瞬にして金太郎の領域内へと侵入させ、さらに進化召喚までさせてきた。
モンスターの行動に関与するスキルは、大きくは『任意行動』と『強制行動』に分かれる。そして、その中でさらに細分化がされているのだ。
強制行動の場合、『進化召喚できる行動』と『進化召喚できない行動』がある。
たとえば『1マス前進する』または『2マス後退する』というような、直接モンスターを行動させるスキル効果の場合、スキルによる強制行動であっても進化召喚は可能だ。
だが『ほかのモンスターと入れ替える』という効果や『任意のコマに転移する』といったような転移行動。これらは基本的に進化召喚ができないルールになっている。
将角が使った〈リバイバル・マンモス〉のスキル効果による強制行動は『転移』によるものである。
すなわち転移先でモンスターをそのまま進化召喚することはできないのだ。
転移後に進化召喚したい場合は、『転移後に行動権を利用する』か『強制行動スキルを使用する』ことによって、再行動する必要がある。
「さらに俺は〈デッドリー・ヴァンパイア・サバス〉のスキルを発動! こいつは全方位2マス圏内に存在する王将を除いた相手の全モンスターの中から1体を選び、そのモンスターを強制捕縛することができる! 俺はおまえの桂馬〈盲目のバンシー〉を選択して、強制的に捕縛するぜ!」
『強制捕縛』とは、スキルなどにより離れた位置から相手のモンスターを捕縛することをいう。
本来は将棋同様、相手のモンスターがいるマスへ到達して初めて捕縛が成立するわけだが、クロスレイドではスキルという概念が存在しているため、離れた位置から捕縛するということも可能なのだ。
「……これで俺はターンエンドだ!」
「お……俺の……ターン」
将角の華麗なコンボをまえに、また自信を失いかける金太郎。
蚊の鳴くような声でターン開始の宣言をした金太郎に対して、将角が声を張りあげて怒鳴るように言った。
「金太郎……! とりあえず俺との勝負は最後までやりきれ! そのあとで、まだクロスレイドをやりたくねぇって言うんだったら、俺は……もうてめぇを止めねぇからよ……!」
将角の言葉には、どこか思いやりのようなものが感じられた。
だが、それによって金太郎が自信を取り戻すことはない。
それでも将角の想いが、金太郎の魂を一歩ずつ覚醒へと導いているのだ。
「お、おまえ……。いったい何なんだよ……? なんで……そんなに──」
「……いいか? 二度とは言わねぇ! 俺みたいに……俺みたいになるんじゃねぇよ! ──金太郎!」
その瞬間──
金太郎の中にあった、何かが変わった。
「将角……」
金太郎は、将角が一瞬だけ見せた悲しみの表情を見逃さなかった。
少なくとも将角は敵ではないと──
そう、金太郎が確信するには十分すぎる言葉だったのだ。
目を閉じて、落ち着いた口調で将角に語りかける金太郎。
「……将角。おまえが俺たちの前から姿を消していた数年のあいだ、おまえに何があったのかを俺は知らない……」
金太郎はそっと目を開き、今度は強い口調で将角に訴えた。
「──だけどっ! 俺とおまえのあいだにあった絆は、たしかに今でも俺のなかに残っている……!」
将角の目が大きく見開かれる。
そして金太郎は、力強い眼光を将角に向けながら言った。
「どういう目的で俺の前に現れたのかは知らないが……。おまえが望むっていうのなら……俺はっ────」
金太郎の瞳に魂の光がしずかに灯る。
同時に金太郎からみなぎる闘志の炎。
これまで抜け殻のようだったとは思えない、魂のこもった金太郎の視線が将角に向けられた。
「俺は──おまえに答えてみせるっ! いくぜ……俺のターンだ!」
全身からこれまでにないほどの、圧倒的な覇気を放つ金太郎。
モンスターユニットに手を伸ばすその瞳の奥には、もはや迷いなど微塵もない。
「俺は歩兵〈長靴をはいた猫〉を1マス前進させてスキルを発動! 〈長靴をはいた猫〉を1マス前進させる!」
さらに続きを口にする金太郎。
「おまえの領域に入って、歩兵〈猛毒のヒュドラ〉を捕縛して進化召喚するぜ! 現れろ──〈超速のロングブーツ・キャット〉!」
「はん! ようやく、らしくなってきたじゃねぇか! そうじゃねぇと面白くねぇ!」
迷いを断ちきって、将角の前に立つ金太郎の姿。
将角は、そこにかつての金太郎の姿を重ね、想いを馳せる。
「さぁ、来いよ──金太郎!」
「俺をやる気にさせたこと後悔すんなよ、将角! 俺は〈超速のロングブーツ・キャット〉のスキルを発動! 〈超速のロングブーツ・キャット〉は自身を相手に献上することで、直線上に存在する自軍のモンスター1体を〈超速のロングブーツ・キャット〉がいたマスに転移することができる!」
「自分からモンスターを俺に差しだしてくるか……! 面白れぇ!」
「俺は銀将〈慈愛のジャックランタン〉を選択! これにより〈超速のロングブーツ・キャット〉のいたマスに〈慈愛のジャックランタン〉が移動するぜ!」
この効果によって、金太郎の進化歩兵〈超速のロングブーツ・キャット〉は将角のスタンバイゾーンへ、銀将〈慈愛のジャックランタン〉が〈超速のロングブーツ・キャット〉のいたマスに転移した。
進化モンスターの捕縛処理について──
進化したモンスターは、捕縛されて相手のスタンバイゾーンへと移動した時点で、進化前の状態に退化させなければならない。
これは将棋のルールといっしょである。
つまり奪った相手のモンスターを召喚する場合、例外を除いて進化前の状態でなければならない。
「さらに、俺は〈慈愛のジャックランタン〉のスキルを発動! 〈慈愛のジャックランタン〉のスキル効果は、自分自身を強制進化させるという効果だ!」
「借り物のモンスターを、よくそれだけ使いこなせるもんだ!」
「へっ……お世辞はいらないぜ! 進化召喚──〈ジャックランタン・プリースト〉!」
金太郎の呼び声に合わせて〈慈愛のジャックランタン〉が〈ジャックランタン・プリースト〉にその姿を変貌させる。
『強制進化』──
スキルによって強制的にモンスターを進化させることができるシステム。
ただ、この効果を持つモンスター自体が希少であり、なかなか目にすることはできないレアスキルだ。
またこの〈慈愛のジャックランタン〉は自身しか強制進化できないが、なかには自身以外のモンスターをも強制進化させることができる強力なスキルを持ったモンスターも存在していると言われている。
金太郎は、ひさしぶりに笑みを浮かべながら言った。
「へへ! こんなレアモンスターを俺に貸したのが運の尽きだぜ、将角!」
「相変わらずバカなのは治らないな。言っておくが所詮てめぇが使ってるのは、俺のサブモンスターだってことを忘れんなよ?」
「十分だぜ! 俺は〈ジャックランタン・プリースト〉の効果を発動! 〈ジャックランタン・プリースト〉の全方位2マス圏内に存在する相手モンスターは、次のターン行動できない!」
借り物のモンスターで、将角に勝るとも劣らないコンボを見せつける金太郎。
先ほどまでとは別人のように、クロスレイドを楽しんでいる。
今だけでも悩みを忘れようとしているのか、それともかつての知り合いである将角に答えるためなのか。それは本人にしかわからないことだ。
そんな金太郎の姿に触発されるように、将角の顔にも楽しそうな笑顔が浮かんでいた。
かつての想いが、交差する────
不敵な笑みを浮かべながら、将角が吠えた。
「面白くなってきたぜ! 勝負はこれからだ──金太郎!」




