第二十四話「魂の檻」改済
金太郎に戦慄が走る。
「どうして、おまえがここに……?」
「はっ! ひさしぶりに会ってみれば、ずいぶんとふぬけたツラしてんじゃねぇか──金太郎!」
金太郎が『将角』と呼ぶ赤髪の少年が、金太郎を激しく罵った。
このふたり、実は昔からの知り合いだったのだ。
「な、なんだと……⁉ いきなり姿を現したかと思ったら、何だよその言い方!」
「何だもなにも事実だろうがっ! それともなにか? 今のてめぇは、もともとそんなふうなのか────ああん⁉」
「お、おまえには関係ないだろ……」
痛いところを突いてくる将角の言葉に、しり込みしてしまう金太郎。
一見、金太郎の傷に塩を塗るかのような将角の発言だが──
結果的に将角の登場が、今にも消えてしまいそうだった金太郎の心を、現実に引き戻したのは事実だ。
突然現れて悪態をつく将角に対して、不満を口にする金太郎。
かつての将角本人に、言いたかったこともあるのだろう。
「お、おまえなんか……不良どもとつるむようになって、急に俺たちの前から姿を消したくせに! ……偉そうに言うなよ!」
「それこそ、てめぇには関係ねぇことだ」
金太郎が反論するも、軽くあしらう将角。
このふたり──
少なからず、過去に因縁があったのだ。
金太郎は警戒して身構えている。
将角の意図がわからないためだ。
だが言葉が通じない相手ではない。
少なくとも金太郎は、そう理解していた。
「この数年間まったく音沙汰なかったおまえが、どうして突然……」
「どうしてって……そりゃあ、てめぇが魂の抜けた屍みたいになってるって噂を耳にしたから──」
言葉を口にしながら、将角の顔がみるみる悪魔のような形相に変化していく。
「──ひさしぶりにクロスレイドで、てめぇをぶち殺してやろうと思っただけのことだ!」
「ま、将角……おまえ────⁉」
将角が『クロスレイド』という言葉を口にした瞬間、金太郎の顔が苦悶の表情に変わった。そこには恐怖や不安といった感情も、同居しているように見えた。
将角は、それを見逃さなかった。
若干首を傾げて、金太郎の目を覗き込むように凝視してから、視線を横にそらして黙りこむ。何かを考えているような挙動である。
しばらく沈黙したあと、将角は攻撃的な表情に戻り、するどい眼光を金太郎に向けて言った。
「…………金太郎。おまえ勝負に負けて〈ゴールド・ドラゴン〉を奪われちまったらしいな」
「な……なんで、おまえがそんなこと知っているんだよ……?」
動揺する金太郎。
それもそのはずで、金太郎が〈ゴールド・ドラゴン〉を奪われたのは数日前のことだ。もう何年も会っていなかったはずの将角が、それを知っているという違和感。
容赦のない将角の言葉が、金太郎を追いつめていく。
「んなこたぁ、どうでもいいんだよ! 俺は、てめぇをクロスレイドでぶちのめしたいだけだ!」
「お、俺は……。俺は、もう……クロスレイドは────」
何かに怯えるように身体を震わせている金太郎。
すると将角は目を背ける金太郎の胸ぐらをつかみ、強引に身体を引き寄せてから怒鳴りつけた。
「けっ……! 完全にふぬけちまったようだな。いいだろう。最後に俺が引導を渡してやるから、ついてこい!」
「ま、将角……! ま、待ってくれ……俺は──」
「黙れ! この近くに設備の整ったレイドスポットがある。そこに行くぜ。俺に負けたあと、それでも辞めたけりゃ好きにしやがれ!」
『レイドスポット』とは、不特定多数の人が自由に使えるクロスレイドの対戦用施設のことである。
国内に多数設置されており、お金を払えば誰でも自由に使用することが可能なのだ。
その多くはレイドシステムを搭載しており、本格的なレイドスタジアム並みの機能を備えている。
そのため、まるで大会さながらの迫力あるバトルを、手軽に楽しめるようになっているのだ。
将角は金太郎の腕をつかむと、抵抗する金太郎を無理やり引っ張って歩き始めた。
「お、おい……⁉ 将角──」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
いやがる金太郎の気持ちなど無視するかのように、大声で怒鳴りつける将角。
予想以上に強い将角の力に、金太郎は引きずられるように歩いている。
途中から抵抗することを諦めた金太郎は、しぶしぶ将角に従って手を引かれていった。
◇ ◆ ◇
数分後──
横須賀レイドスポットに到着したふたり。
「将角……おまえ! 俺をこんなところまで連れてきて、いったいどういうつもりだよ……⁉」
「バカなのか、てめぇは……⁉ クロスレイドの勝負をするに決まってんだろうが!」
「だから俺はもう……」
あくまで拒否を決めこむ金太郎の言葉を無視して、将角は2時間分のお金を機械に投入した。
するとクロスレイドの立体フィールドが、機械音とともに光を放ち起動し始めた。
「2時間の制限つきだ。ひとりあたり1時間の持ち時間でやるぞ。俺が持っているサブのユニットセットを貸してやるから、さっさと用意しろ──金太郎!」
そう言って将角は、カバンからサブのユニットセット一式を取り出すと、金太郎に放り投げるようにして手渡した。
将角のサブユニットセット受け取った金太郎は、不満をあらわにして答える。
「くっそ……。相変わらず勝手なヤツだな……!」
「いいから無駄口叩いてないで、早く並べやがれ!」
「うるせぇな……わかったよ!」
半ば強引にユニットを並べさせられている金太郎。その顔は不満に満ちている。
金太郎がユニットを並び終えると、待ちきれなかったと言わんばかりに将角がバトルを開始した。
「まずは俺からいくぜ! 俺は〈ブラッド・タイガー〉を1マス前進させてターンエンドだ!」
序盤は様子をみて、スキルは使わなかった将角。
見た目とは対照的に、知的な印象も受ける。
「さあ、おまえの番だ! 来いよ……金太郎!」
「お、俺の……ターン」
ひとまず歩兵ユニットを手に取る金太郎。
だが、その手は震えており、どこか自信なさげな表情である。
将角は、そんな金太郎の様子を無言で見つめている。
少ししてから、ふたたび将角が金太郎に声をかけた。
「どうした! 早く指せよ⁉」
「お、俺は…………」
それでも金太郎の口から出てくるのは、拒絶の言葉だけだった。
何かに怯えているような金太郎に、将角は無言のプレッシャーを放ち続けている。
金太郎は、なかなかユニットを指そうとしない。
刻一刻と過ぎていく時間。
しばらくすると金太郎は、ユニットを持つ手を降ろしてしまった。
それを見た将角が、鬼のような形相で怒鳴り散らす。
「……金太郎! てめぇは……! てめぇは、そんなんじゃなかったはずだろうがっ!」
「将角……。俺は…………」
それでも煮え切らない金太郎は、断固として動かない。
だがその表情は、拒絶から困惑へと変化しつつある。
金太郎は思ったのだ。
なぜ将角は、こんな言葉を自分に投げかけてきたのか──と。
その言葉の先にある将角の本心──
それが金太郎を惑わせていたのだ。
金太郎は、昔の将角を知っている。
ひさしぶりに見た将角の容姿は、ずいぶんと変わってしまっていたが、それでもきっと自分の知っている将角に違いない──
この時の金太郎は、そう願っていたのだろう。
そして次の将角のひと言が、金太郎の固く閉ざされた魂の檻を、少しだけこじ開けたのだ。
「はっ! そんなんじゃ、どっちにしてもこの先が思いやられるな。てめぇは、そうやって死ぬまでいじけてろ────!」
金太郎の心が揺れ始める。
「な、なんだとっ……⁉ お、俺は……。俺だって──!」
「『俺だって』なんだよ⁉ 言い訳してんじゃねぇよ! 来いよ……! 向かって来いっ……金太郎!」
口は悪いが、どこか思いやりを感じる将角の言葉。
頭の中で、将角の言葉を反芻する金太郎。
そして──
金太郎の心が動く。
同時にユニットを持っていた金太郎の手が、再び天に向かって振りかざされた。
「くそっ……やってやるよ、将角! 俺のターンだ!」
金太郎の瞳に、光が戻り始めた。
その姿はまだ弱々しいが、必死に将角へ闘志を向けている。
「やっとやる気になってきたか。……手間のかかる野郎だぜ!」
ようやく戦う気になった金太郎の姿を見て、将角の顔に不敵な笑みが浮かんだ。




