第二十話「狙われた黄金竜」改済
◇ ◆ ◇
結局、ドリンクは角田が買いに行った。
飛鳥が納得したわけではなかったが、角田自身が金太郎の分も買ってくると志願したからだ。
結果として、飛鳥に対する角田の株は上がり、金太郎の信頼は地に落ちた。
「お待たせっすゥ~」
角田が両手に紙コップのオレンジジュースを持って戻ってきた。
片方のオレンジジュースを飲みながら、もう片方を飛鳥に手渡す。
「ありがと。ちょっと待ってね……お金──」
「ああ……お金はいらないっすよォ!」
「え? でも……」
「オレのおごりっすゥ!」
一回だけ社交辞令的な反応を示すも、すぐに角田の好意に甘える飛鳥。
もう何度もおごってもらっているような印象だ。
金太郎はクロスレイド盤の前に座り、自分のモンスターユニットをチェックするような素振りをしているが、ふたりのやりとりが気になって仕方がない。
すると金太郎の前に、ペットボトルのコーラを持った角田がやってきた。
「ほらァ……これェ。あんたに頼まれたヤツ!」
角田は少し離れた位置から、金太郎にペットボトルのコーラを放り投げて渡した。
その顔には相変わらずいやな感じの笑みが浮かんでいる。
「おまえ……俺と飛鳥に対する態度が違いすぎだろ……!」
「……はァ? 気のせいじゃないっすかァ?」
とぼける角田に不満を感じながらも、強く非難することができない金太郎。
それは、また飛鳥に責められることを恐れているからだった。
金太郎が不貞腐れた顔でペットボトルのふたを開けた、その時──
「……うわっ⁉」
大量の炭酸が抜ける音とともに、中からコーラが噴き出してきたのだ。
金太郎は全身コーラまみれになり、それを見ていた角田が腹を抱えて笑っている。
「お、おまえ……! わざと振ってから持ってきたな⁉」
「いやァ……災難っすねぇエエエ! 御堂センパァイ……!」
「災難すねぇ…………じゃねぇんだよ! おまえの仕業だろ!」
飛鳥のこともあって我慢していた金太郎だったが、さすがにこれには激怒して角田を怒鳴りつけた。
だが、それでもシラを切り続ける角田。
それどころか話をすり替えて、お金の要求をしてきたのだ。
「そんなの知らないっすよォ……それより、ほら……金ェ!」
角田は能面のような表情で、右の手のひらを上に向けて金太郎に差しだした。
買ってきたコーラの代金をよこせというアピールだ。
「おまえ……ふざけるなよ! 飛鳥にはおごるって言っておいて、俺からはお金をとるってどういうことだよ⁉」
「そのままっしょ? たとえば、あんたは恋人にプレゼントあげたからって、ただの知り合いにも同等のプレゼントをあげるんすか? ねぇ、どうなの? あげないっしょ? ……まァ、そういうことなんすよ」
相変わらず一見は正しそうな主張で、金太郎を論破しようとする角田。
だが金太郎の立場からすれば、不満は山ほどあるのだ。
「自分に都合のいいように話をすり替えんな! 見ろよっ……このコーラ! 噴き出して、俺はびしょびしょだ! わざと振らなきゃ、こんなことにはならないだろ……⁉ だいたい今俺たち3人は、部長に言われてここに来ているけどなっ……全部おまえのふざけた提案のせいなんだよ!」
気持ちが昂っているせいか、金太郎はこれまで抑え込んでいた想いを、すべてぶちまけるかのように、言葉にして吐き出している。
「それなのに……なんで俺だけ蚊帳の外みたいな言い方するんだよ! そんなことされたら誰だって傷つくだろ⁉ ……俺だって傷つくんだよ!」
普段では言わないようなことまで口にする金太郎。
そこには『飛鳥にだけは自分の気持ちをわかって欲しい』という想いも込められていたのだ。
金太郎は、恐るおそる飛鳥のほうへ視線を向けてみた。
だが──
「可哀想な正男くん……」
飛鳥は、角田の頭を抱くようにして慰めていた。
その腕の中には、目に涙を浮かべて震えている角田の姿があった。
「なっ……⁉」
その光景に絶句する金太郎。
角田は金太郎の視線に気づくと、飛鳥には気づかれないように、汚らわしい笑みを浮かべた。
「うっ……うあぁああああああっ……⁉」
想像以上の精神的ダメージを負った金太郎が、ありったけの大声で叫んだ。
「……なに大きな声出してるのよ! うるさいわね!」
「え……? あ、あ……あす……か⁉」
「なによ、そんなガクガク震えて。正男くんの真似して、あたしの同情を引こうとでもしてるの⁉ ……気持ち悪い」
この瞬間、金太郎の中で何かが壊れた。
「あっ……あっ……あぁああぁあああっ……⁉」
奇声を上げながら、両手で何度もテーブルを強く叩きだした金太郎。
目には涙を浮かべ、視線は宙を彷徨っている。
その表情には、切羽詰まったような悲愴感を滲ませていた。
「ちょっと……御堂くん! 怖いから、そういう動きやめて!」
さらなる飛鳥の追い打ち。
だが金太郎は飛鳥の言葉に反応することなく、ただ唇を噛みしめながら、目の前に設置したクロスレイド盤に、自分のユニットを並べ始めた。
震える手で黙々とユニットを並べながら、鬼のような形相で角田を怒鳴りつける金太郎。
「おいっ……角田ぁ! さっさとこっちに来て、ユニットを並べろよっ!」
「ちょっと! 正男くんを怖がらせないでよ!」
「う……うるさいっ! ど、どうせ俺がなに言ったって、おまえは……そいつの味方ばかりするんだろ……⁉ だったら……もう知るかよっ!」
金太郎の右目尻から、ひと筋の涙が頬を伝って流れ落ちた。
「え……?」
金太郎の言葉と涙に、飛鳥が動揺を見せた。
だが──
目を見開いて困惑している飛鳥の心を揺さぶるように、またしても角田が仕掛ける。
飛鳥のもとを離れ、金太郎の正面の席へと着席する角田。そしてユニットが入ったボックスを手にとると、真剣なまなざしで飛鳥に語りかけた。
「飛鳥先輩ィ……。もともとオレが悪いんすよォ……。御堂先輩が怒るのも無理はないっすゥ……」
「え…………正男……くん?」
「オレに悪気はなかったとはいえ……オレが急いで走ったせいで、ポケットの中のコーラが揺れてあんなことにィ……。オレがもっと気を使っていればァ……!」
「そ、そんなに自分を責めないで……! 正男くんのせいじゃないよ⁉」
わずかに金太郎に向きかけた飛鳥の潜在意識すら、再び角田のことだけを考えるように塗り変え、消していく。
「お金のこともォ……。オレが御堂先輩にも、おごってやればよかったんだァ……」
「うぅん……! あ……あたしが正男くんに甘えさえしなければ……」
「オレェ……貧乏でお金あまりないんすけどォ、飛鳥先輩だけにはカッコつけたかったんすよォ……。でも……たとえ明日のオレのごはん代がなくなったとしてもォ、オレが御堂先輩におごったほうがよかったんすよ……きっとォ! ……オレだけが犠牲になればよかったんだァアアア……!」
「ま、正男くんが、そこまですることないでしょ……⁉」
角田の意味不明な自分可哀想アピールが、飛鳥の思考回路をおかしくしていく。
飛鳥は角田の頭をやさしく抱きしめながら言った。
「……大丈夫だよ。あたしがついてるから」
飛鳥の脇から勝ち誇った顔を金太郎に向ける角田。
だが金太郎は辛そうな顔をしてはいるものの、取り乱したりはせずに、改めて角田に準備を促した。
「茶番劇はいいから、さっさとユニット並べろよ……」
「……へェ」
これまでのような動揺を見せない金太郎に対して、不気味に笑う角田。
飛鳥に少し離れているように指示を出してから、小声で金太郎をあおる。
「今度は泣き喚かないんすねェ……」
「もうおまえのペースに振り回されるのはこりごりだ……。飛鳥のことは……勝ってから考える!」
角田は金太郎の瞳が光を失っていないことに気づき、その理由を探ろうとする。
「本当に、それだけっすかァ……?」
「……いいから早く並べろよ!」
話を逸らそうとする金太郎に、さらに違和感を覚えて警戒心を強める角田。
だが、金太郎がクロスレイド盤に並べていたユニットのひとつを見て、角田の目の色が変わった。
「ド……ドラゴン⁉ それェ……ドラゴンじゃないっすかァ!」
金太郎のエースモンスター『金将〈ゴールド・ドラゴン〉』。
金太郎が幼少時から愛用している激レアモンスターだ。
そもそもクロスレイドでは、ドラゴン自体が希少種と言われており、スキルの強さや属性、ランクに関わらず、誰もが欲しがる最強のモンスターユニットとされているのだ。
「ま、まさか……あんたまでドラゴンを持っていたなんてェ……!」
角田の反応を受けて、金太郎の口もとにわずかな笑みが浮かんだ。
「……なんだ? 俺の〈ゴールド・ドラゴン〉が、そんなに欲しいのかよ?」
「く、くれるんすかァ⁉」
「やるわけないだろ。特に、おまえみたいなヤツにはな」
「ぐぅう……!」
ぬか喜びしたことを悔しがる角田に、今度は金太郎のほうから妙案を持ちかけた。
「……だけど、おまえのユニットセットのモンスターを全部賭けるなら、俺も〈ゴールド・ドラゴン〉を賭けてやってもいいぜ?」
「全部……っすかァ?」
「当たり前だろ? こっちは激レアなドラゴンだぜ」
「ユニットセットのモンスター全部って……今から対戦で使うセットっすよねェ……?」
「当たり前だろ」
「う~ん……そうっすねェ……」
考える素振りを見せる角田。
しばらくしてから角田は、しぶしぶ金太郎の案を受け入れる形をとった。
「ドラゴンかァ……! 本当は全部とか、いやなんすけどォ……ドラゴンのためだしなァ。よし決めた! ……じゃ、その勝負……受けましョ!」
「賭けは成立だな!」
この瞬間、金太郎の顔に不敵な笑みが浮かんだ。
初めて角田を出し抜いたと思ったからだ。
なかなか隙を見せない角田だったが、ついに仕掛けた釣り針に食いついたのだと──
そう、金太郎は確信したのだ。
だが──
角田がクロスレイド盤に並べ始めたユニットを見て、金太郎の顔がみるみる青ざめていく。
「え……? あ、飛鳥のモンスターじゃない……?」
慌てる金太郎。
「おまえが飛鳥のモンスターを持っているんじゃないのか……⁉」
「誰が飛鳥先輩のモンスターを使うって言いましたァ?」
うろたえている金太郎の姿を、あざ笑うかのような表情で見つめている角田。
「だ……だけど、飛鳥がおまえと交換したって……」
「まあ……。確かに交換はしましたよォ……? しましたけどォ──」
角田は、金太郎が思いどおりに騙されてくれたことに快感を感じながら、恍惚の表情を浮かべて続きを語りはじめた。
「──飛鳥先輩から譲り受けた大事なユニットを、賭けの対象にするわけないっしょオ……! だいたい飛鳥先輩のユニットセットの中にもドラゴンが編成されていたこと、アンタも知ってますよねェ……?」
角田の言葉を聞いて、なにかに気づいたようにハッとする金太郎。
よく考えたら、角田が飛鳥のユニットセットを持っているということは、その編成内容もすでに知っていたということだ。
つまり、今の〈ルミナス・ドラゴン〉の所有者は角田なのだ。
それなのに、金太郎が〈ゴールド・ドラゴン〉1体だけに対して、角田が〈ルミナス・ドラゴン〉を含んだセットごと賭けに応じるわけがなかった。
「う……うかつだった……」
「ひゃっはあァアアア! もう賭けは成立ゥ! ……いまさら取り消せないっすよォ⁉ これでオレは最小限のリスクで、そのドラゴンを手に入れるチャンスを得たってわけだァ!」
角田がクロスレイド盤の上にユニットを並べなら言う。
「さァ、始めましョオオオ! その〈ゴールド・ドラゴン〉をゲットすれば、飛鳥先輩からもらった〈ルミナス・ドラゴン〉と合わせて、2体のドラゴンがこのオレのモノになるんだァアアア!」




