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超変則将棋型バトルゲーム クロスレイド  作者: 音村真
第二章 悪夢の失墜篇
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第十八話「負のスパイラル」改済

 周りが見えなくなっていた金太郎きんたろうを現実に戻したのは、すでに話を終えた部長の声だった。


「──以上だが、なにか質問があるヤツはいるか?」


 すると部員たちの中のひとりが手を上げた。

 角田かくただ。


「お? 積極的だな、角田くん。まだ初日なんだから、わからないことがあれば遠慮なく聞いてくれよ」

「うっす」


 金太郎以外、角田を警戒している者など誰ひとりとしていない。

 それどころか、角田は部員たちの輪にも溶け込みはじめ、すでにこの場にいる全員との信頼を獲得しつつある。ただひとり、金太郎だけを除いた全員と──。 


 なぜか自分だけが除け者にされているような感覚が、金太郎の心に襲いかかる。

 そんな金太郎の気持ちを見透かしたかのように、角田は謀略ぼうりゃく的な視線を金太郎に向けてから、素知らぬ顔で口を開いた。


「……半年後にあるダブルス大会。うちの部からも、ふたりだけが代表で出場できるんすよねェ……?」

「ああ。確かにそうだが……よく知ってるな」

 部長が答えた。


 なぜ今さら、その話を持ち出すのか。

 角田の不気味な言動の一つひとつが、金太郎の精神的な負担となっていく。 



「いやァ、まァ……飛鳥あすか先輩にね……? 教えてもらったんすよォ。……まァ……いっしょに住んでるんだから、当然そんな話も出るっしょオ?」


 この角田の発言を聞いて、部員たちが一斉にざわめきだした。


「え⁉ なに……おまえ! すめらぎ先輩といっしょに住んでんの⁉ ……いつから⁉」

「羨ましすぎだろ! いったい皇さんとどんな関係なんだよ!」

「私、皇先輩って御堂みどう先輩と付き合ってると思っていたから、意外……」


 さまざまな憶測や感想、質問が部員たちから飛びかう。

 次第に部員たちが、ひとり、またひとりと角田と飛鳥の周りに集まり出して、あっという間にふたりを取り囲んでしまった。

 自分で作為的に作りだした状況をまえに、まんざらでもない表情の角田。


「うへへェ……。そんな一斉に質問されてもォ……。一気には答えられないっすよォ……?」


 気づいた時には、金太郎と部長以外すべての部員たちが、角田と飛鳥のもとに集まっていた。

 完全に疎外感に囚われてしまった金太郎。


(くそ……! いったい何なんだよ……あいつは……⁉)


 すっかり部員たちの信頼と人気を獲得した角田が、自慢げに語りはじめた。


「へっへェ、うっかり口に出ちゃったァ! 言うつもりはなかったんすけどね⁉ まァ……オレと飛鳥先輩の関係は、みなさんのご想像にお任せってことでェ!」

「ええ……⁉ まじか……教えてくれねぇの?」

「プライベートっすから! あまり赤裸々に暴露したら、飛鳥先輩が可哀想っしょ? オレェ、飛鳥先輩を傷つけたくないんすよォ!」

「う……。良いやつだな、おまえ……」

「他人の気持ちになって考えるゥ! まァ……強いて言うなら、それがしあわせをつかむ秘訣っすね!」


 角田は、はっきりと飛鳥との交際を宣言したわけではない。

 だが部員たちの意識下には、着実に『飛鳥イコール角田の女』という情報が書き込まれていく。


「オレ、皇先輩のファンだったから少し悔しいけど……おまえだったら許す!」

「ぼくも、角田くんだったら許せるかも……」

「金太郎くんよりも誠実っぽいしね~!」


 もはや部員たちのほとんどが、角田と飛鳥を公認のカップルだと認識し始めている。

 部長までもが納得して頷いていた。


「うへへ……。そんなふうに大々的に言われたら、恥ずかしいっすォ……。ねェ? 飛鳥先輩ィ!」

「そう? あたしは別にいいけど。隠すようなことでもないし……」


 照れながら口にした飛鳥の発言が、さらに部員たちの野次魂に火をつける。


「おぉお……⁉ これはもう言い逃れできませんなぁ……!」

「飛鳥ちゃんの口から飛びだした既成事実……!」

「もはや認めたも同然よね!」


 まるで角田と飛鳥の交際がおおやけになったことを、さもめでたいかのように騒ぎまくる部員たちに、苛立ちを覚えはじめる金太郎。


「……お」


 金太郎がなにか言おうとした、その時だった。

 部長が騒ぎを止めるべく、教壇から声を上げたのだ。


「おまえら、静かにしろ! まだ話の途中だぞ!」


 部長の怒号が、部員たちを黙らせた。

 多くの者は、さすがに羽目を外しすぎたと反省をしているようだ。


「すまんな、角田くん。みんな悪気はないんだ」

「いえ! オレェ、全然気にしてないっすよォ!」 

「そうか。心が広いな、角田くんは。飛鳥くんに好かれるわけだ」


 部長は角田を褒めてから、少し申し訳なさそうな顔で話の続きに戻った。


「──で。さっきの質問の続きだが……。君が言おうとしていたのは、大会に出場したい……っていう話かな?」

「うっす! オレも部員なんでェ……もちろん権利あるっしょ?」

「それについてだが……実は次のダブルス大会の代表は、もう決定しているんだ」

「ああ、知ってますよォ? 飛鳥先輩とォ……そこのドキュンみたいな頭してる人っしょ?」


 金太郎は『ドキュン』という言葉をよく知らなかったが、少なくとも見下すような角田の視線から、それが自分を馬鹿にした言葉なのだと本能的に気づき、角田に怒りをぶちまけてしまった。


「おいっ……おまえ! さっきから聞いていればっ……!」



 だが次の瞬間、金太郎から角田を護るようにして割り込んできたのが、よりにもよって飛鳥だったのだ。


「ちょっと……御堂くん! そんなに怒鳴ったら正男くんが可哀想でしょ⁉」


 あきらかに今回は怒る正当性があった。

 金太郎は自分でもそう評価していた。


 だが飛鳥は角田を庇った。

 そして金太郎を非難したのだ。


 その理不尽をまえに、これまで表に出さなかった金太郎の気持ちがついに爆発した。

 

「な、なんだよ……何なんだよっ……飛鳥っ……⁉ なんで、そんなやつ庇うんだよ⁉ だいたい……そいつが最初に俺のことをっ……!」

「最初に御堂くんのことを何っ……! 正男くんが悪いって言うの⁉」


 放心状態の金太郎の目に、涙が溢れだしていた。

 だが、それでも金太郎に冷酷な視線を向ける飛鳥。


「待て、待て……! ちょっと待て、おまえら!」


 そこへ仲裁に入ってきたのは部長だった。

 部長は、金太郎と飛鳥、そして角田の顔を順番に目で追ってから、ひとりずつ注意をしていく。


 部長が最初に注意したのは角田だ。

「まず角田くん。君が素直な人間だということは、もうみんなに伝わっている。ただ……さっきの言葉は悪かったよな? 先輩に向かってドキュンは良くないと思うぞ」

「うっす。すいませェん……ついィ」

 ヘラヘラした笑顔で謝るフリをする角田。

 当然、悪いとは心にも思っていない。


 続けて部長は、金太郎と飛鳥の問題点を指摘する。

「次に金太郎! おまえは怒りすぎだ。もっと人に優しくなりたまえ。……それから飛鳥くん。角田くんを擁護したかったのもわかるが、君は金太郎とも仲が良かったはずだろう? 誰にでも平等なのが、君のいいところだったはずだ」


 部長の介入により殺伐とした空気は消えたが、金太郎と飛鳥は謝ろうとはしない。

 ため息をついてから、再び話の続きに戻る部長。


「……まあいい。角田くんも知っていたようだが、次のダブルス大会にうちの部から出場するのは、もう金太郎と飛鳥くんに決定しているんだ」

「ズルくないすかァ……それェ?」


 部長の言葉を聞いても、まだ不満を口にする角田。

 だが一度決定した事項を、ひとりの都合でかんたんに変えるわけにはいかないのだ。

 部長は、なんとか角田に理解してもらうための説得を試みる。


「いや、そうは言ってもな……。すでに決定したことをくつがえすのは、そうかんたんなことじゃないんだ。まだ君は1年生だろ? また来年がんばるといい」

「そういう問題じゃないんすよねェ……」


 なかなか納得しない角田。

 引き下がらない角田を相手に、部長も途方に暮れていた。


 その時、まるで今思いついたと言わんばかりの新たな提案を、部長に提言する角田。


「そうだァ! さっきの決着っていう意味でもォ……オレと御堂先輩で対決するってのはどうっすかねェ⁉」

「金太郎と対決……? それで、どうするんだ?」

「もちろんダブルス大会の出場権を賭けるんすよォ! それと同時に、勝ったほうが飛鳥先輩の真のパートナーってことでェエエエ!」


 角田は、そう言ってから飛鳥の肩を抱きよせ、わざとらしく金太郎に見せつけるようにして、とどめのひと言を口にした。



「オレェ……ストーカーみたいなヤツが、飛鳥先輩に付きまとってるのが許せないんすよねェ……!」



 この発言に、金太郎の我慢が限界を超えた。

 頂点にまで達した怒りを吐き出すかのように、強くテーブルを叩きながら大声を張りあげる金太郎。


「ふっ…………ふざけんなよっ⁉ おまえ!」


 金太郎は、勢いよく立ち上がったかと思うと、そのままこぶしを振りあげて角田めがけて飛びかかっていた。

 その表情に余裕はなく、怒りと不安、そして焦りが同居をしているかのような、なんとも言えない複雑な心理を表しているようだった。


「……おい⁉ やめろっ……金太郎!」


 角田のもとへ一直線に突進しようとする金太郎を、部長がうしろから羽交い絞めにして食い止める。

 さらに角田と飛鳥を囲っていた部員たちの何人かが加勢して、金太郎をテーブルの上に押さえつけた。


「放せっ……! 放せよ……おまえらっ!」

「金太郎……! 八つ当たりもいい加減にしろ!」

「八つ当たりってなんだよ⁉ そいつがっ……そいつがぁあっ……!」


 なぜ自分が押さえつけられているのかもわからないまま、金太郎は怒りに任せて必死に暴れている。

 そして思わず口に出してしまった言葉。



「飛鳥をっ……! 飛鳥を返せぇええええええ!」



 その瞬間──

 金太郎は、大勢の部員が自分にドン引きしているのを感じた。


「金太郎、おまえ……。一歩間違えたら本当にストーカーだぞ……?」

「────誰がっ……! 誰がストーカーだよっ……⁉」


 離れた位置にいる部員たちのほうへ目を向ける金太郎。

 すると、まるで犯罪者でも見るような目を金太郎に向けてヒソヒソ話を始めた。


 もはや味方など、ひとりもいない状態。


「ちょっと……金太郎くん。嫉妬とかみっともないわよ? 飛鳥ちゃんが好きなら、ふたりの恋を応援してあげないと……」

「そうだぞ……金太郎。俺だって皇さんのこと好きだったけど、諦めてたんだ。まあ、オレは今まで皇さんが好きなのって、おまえだと思ってたんだけど……違ってたんだな。ははっ!」


 まるで憐れむような目で金太郎を見ている部員たち。

 だが──

 その裏側に見え隠れしている軽蔑という名の感情。



「な……なんだよ、おまえら……? 何なんだよっ……その目はぁああっ……⁉」



 闇がさらなる闇を誘発し、そこから永遠に繰り返される終わりのない『負のスパイラル』。


 藻掻もがけば藻掻くほど──

 足掻あがけば足掻くほど──


 状況は悪化し、金太郎を苦しめていく。

 逃れることのできない連鎖の悪夢。



 数名の部員たちに押さえつけられた金太郎が見上げた視線の先──

 飛鳥の肩を抱きながら、金太郎を見下みくだすように視線を向ける角田。

 その口もとが不気味に歪んだ。

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