第十二話「小さな英雄」改済
◇ ◆ ◇
「君、大丈夫だったかね? 怪我は?」
「ああ……」
燃え尽きてぐったりしている金太郎に、警察官のひとりが声をかけていた。
現場で発生していたある程度の状況は、飛鳥を始めとするその場にいた証人たちによって、すでに警察に伝わっている。
パトカーの出現などにより、あたり一帯はこれまで以上に騒然とした空気に包まれており、それが今回の事件の大きさを物語っていた
レイドハウス店内では、警察に取り押さえられた敦が騒いでいる。
「放せェえええッ……!」
「おとなしくしなさい!」
警察官がふたりがかりで敦からナイフを取りあげ、別のひとりが敦に手錠をかけた。
妻と息子が見守るなか、身柄を確保された淳が警官に連れられてパトカーへ乗り込んでいく。ようやく現場に平穏が訪れた瞬間でもあった。
「はあ~……。よかった……」
安堵のため息を漏らす飛鳥。
すると、飛鳥のもとに金太郎と並んでひとりの警官が現れた。
「君……この子の連れでしょ? 一応、現場にいた目撃者ということで話を伺いたいんだけど、同行をお願いできる?」
「え? は、話って……?」
あまり警察に関わることがない飛鳥は、突然のことに不安そうな表情を浮かべた。
動揺する飛鳥の緊張をほぐすために、やさしく話しかける警察官。
「大丈夫。君を逮捕するとかそういうのじゃないから。思いだせる範囲で教えて欲しいだけだよ」
続いて金太郎も横から飛鳥に声をかける。
「巻き込んじゃってごめんな。警察の人たちが状況を把握するのに、証人の話を聞きたいみたいなんだよ。特に俺は店内でアイツの近くにいたし……」
金太郎の存在に安心を感じたのか、強張っていた飛鳥の表情は幾分か穏やかに変わった。
「あたし、ずっと外にいたので店内での様子はわかりませんけど……それでよければ……」
「ああ、構わないよ。なんで彼があのような行動に出たのか。一部始終を知るのに君の証言は参考になる。協力、感謝するよ」
金太郎と飛鳥は、その警察官と共に1台のパトカーに乗り込んだ。
ほかにも敦の妻と息子が警察署へ同行するため、別のパトカーに乗り込んでいた。
この日。数人が捜査協力のもと警察へと同行することになったのだ。
◇ ◆ ◇
山岡敦。42歳。会社員。妻子持ち。
妻の名は由香。息子は茂。
過去の犯罪歴────なし。
ただし、ここ最近の横須賀市で発生した2件の殺人は、この山岡敦による犯行だったことが判明。
のちに有罪が確定となる。
警察の調査によれば、過去にトラブルといったトラブルはなく、周囲の人間からも好かれる存在だったようだ。温厚で面倒見のいい性格をしており、部下からも慕われていたという。
これは妻子の証言だけではなく、山岡の勤める会社の同僚や近所の人々など、彼の関係者を対象に聞き込みをした結果だそうだ。
だから警察にとっては、金太郎と飛鳥の証言から見えてくる山岡という人物が、まるで別人としか思えなかったという。
だが金太郎たち以外に現場にいた目撃者の多くも、当事者として同じように証言していることから、金太郎たちが嘘を言っているわけではないこともわかっていた。
同時に、彼の周りの人間が口裏を合わせて山岡を庇っているわけでもないことも、警察は確信していたのだ。
この結果は、警察にとっても受け入れがたい事実だった。
完全に食い違う証言から考えられるのは、山岡敦という人物がふたつの人格を持っているとしか思えないという結論しかなかったからだ。
妻子は泣きながら「なぜ彼があのような行動に出たのか、まったくわからない」と口にしていたそうだ。
◇ ◆ ◇
事件から数日後──
捜査協力への感謝とともに、警察から金太郎へ感謝状の贈呈が行われた。
殺人が起きてもおかしくなかった状況下、犯人がクロスレイドへ異常な執着を示していたことに着目して、自らの大切なモノを賭けて警察が到着するまで時間を稼いだこと。
実際そのような行為をすることは危険を伴うため、一般的には控えるように訴える立場の警察ではあるが、結果論として多くの者を危険から護ったという事実、そしてその勇気ある行動に敬意を表したい──というものだった。
特に最初に駆けつけた警察官の目に映った金太郎の姿は、彼に絶大な感銘を与えたのだという。
まわりの人々を救うため自ら危険に身をゆだねて、警察が到着するまでのおよそ30分ものあいだ殺人犯と壮絶なバトルを繰り広げていた金太郎の雄姿。
その姿が彼の脳裏に焼きついて離れないのだと────。
彼はなぜ自分が警察官になろうとしたのか、その理由を金太郎のおかげで思いだしたと言っていたそうだ。
この彼は、のちに横須賀市民が自慢する正義の警察官となる。
それからしばらくニュースはこの話題でもちきりだった。
『殺人犯から大勢を護ったクロスレイド使いの小さな英雄』と──
そう新聞にも大きな見出しで取りあげられたのだ。
◇ ◆ ◇
数日後──
学校へ登校する金太郎と飛鳥の姿があった。
「それにしても……あの時は凄かったよね、金ちゃん。あたし……人のために動ける金ちゃんが……好きだな」
そう恥ずかしそうに話す飛鳥の顔は、心なしか赤く紅潮していた。
「でも……もうあんな危ない真似しないでよ……?」
「わ、わかってるよ……! それに────。俺は……別に他人のために動いたわけじゃ……」
「ふふ。謙遜しないの!」
金太郎が英雄あつかいされたことが嬉しいのか、いつになくはしゃいで駆け足になる飛鳥。
金太郎は、それをうしろから困ったような笑顔で見つめていた。
(そうじゃないんだ。あの時、俺が護ろうとしていたのは他でもない────おまえだけだったんだよ)
小走りで先に行く飛鳥を、金太郎が追いかけていく。
こうして、ひとつの事件が幕を閉じたのだった。
◇ ◆ ◇
一方、刑務所──
すっかりおとなしくなった山岡に、妻の由香が面接に来ていた。
「あなた……。なんでこんなことに……」
山岡は言う。
「わ、わからない……。わからないんだ……」
「え……?」
「私も、どうして自分があんな行動に出たのか……。茂に、あんなこと────」
穴の開いたアクリル板を挟んで、無言で項垂れるふたり。
ひとつの事件を境に人生が狂ってしまった家族の事例──
しあわせが一瞬にして壊れる恐怖。
そう──
事件は解決などしていなかった。
なぜ山岡は殺人を犯したのか?
なぜ山岡が別人のように豹変したのか?
その真相は、まだ明らかになっていない。
あとから知った話だが──
実はこの山岡敦、現役の将棋アマチュア棋士だったという。
次回新章突入!
欲望にまみれた悪鬼のささやきが、英雄のすべてを強奪し、その心を絶望へといざなう──




