第百十話「銀魂陥落」
◇ ◆ ◇
「──亞比さんに会ってから、この次元へやってくるまでの工程は、多分あなたたちとそう変わらないはずよ」
銀子は次元へ来るまでに起きた出来事を話し終えたあとで、最後にそう付け加えた。
すると、横で聞いていた響香が言葉を付け足すように言った。
「……あ。でも亞比さん、金太郎さんたちにはいくつか伝え忘れたことがあったって言ってませんでした? ……魂の感知方法とか」
「そういえば、そんなこと言っていたわね……」
響香の指摘にうっかり顔で答える銀子。
「あの野郎っ……!」
将角が鬼のような形相で、静かに怒りを口にした。
拳を握って震える将角を桂がなだめている。
その傍ら、金太郎がホッとした表情で飛鳥に話しかけた。
「何にしても、おまえが無事でよかったよ。飛鳥」
「うん……。ありがと! 金ちゃん」
飛鳥も少し照れ気味に笑顔で返した。
これでようやく七人のドラゴン使いが揃い、これからの竜崎戦について作戦会議が行われることとなった。
もちろん竜崎のいる方向へと移動しながらだ。
すでに目の前には巨大な太陽。
一般的に人間の感覚では遥か彼方という距離感だが、今の金太郎たちにとってはもう目と鼻の先にあの竜崎がいるのだ。
そして恐らく竜崎も、金太郎たちが向かってくることを把握している。
だからこそ、あれだけのモンスターの大群を金太郎たちにぶつけてきたのだ。
竜崎の思惑はわからないが、あのあとモンスターをけしかけてこないところをみると、すでに金太郎たちと対峙するつもりでいることは想像できる。
恐らく、あのモンスター群に潰されるようなら、自分が手を下すまでもないとでも思っていたのだろう。
そして同時に、モンスター群を一掃したことで、金太郎たちは竜崎に会う資格を得たのだと──
金太郎たちはそう解釈していた。
視線は前方。意識を集中しながら、金太郎が口を開く。
「竜崎王牙……! これまでの話を聞いても、明らかに異質の存在であることは間違いない! 何をしてくるかわからないから、絶対に気を抜いちゃ駄目だぜ!」
「言われるまでもねぇよ。おまえこそ油断するんじゃねぇぞ!」
返したのは将角。
もちろん将角も、目は前方を向けたまま話をしている。
まず最初に作戦というよりも、ひとつの提案を出したのは歩夢だ。
「……ところで、さっきの話に出てきた飛鳥さんの能力……。この場にいる全員を覚醒させることって出来ないの?」
「それは……正直難しいかも。さっきの話でも出てきたけど、この能力は万能ではないの」
飛鳥が答えた。
飛鳥の話によれば、それぞれが覚醒を果たした世界軸はほぼ間違いなくどこかに存在しており、同一人物である以上は飛鳥の能力によって肉体を転写することは可能らしい。
だが、今この世界軸にいる魂が覚醒に至るまでの悟りに到達していない以上、仮に覚醒したことのある肉体に変わったところで能力を使いこなすことは不可能だという。
飛鳥はすでに過去の出来事などによって魂が覚醒する寸前のところまで来ており、あとはキッカケひとつだったため女神が強引に覚醒させたが、将角をはじめ今この場にいるほとんどの者が素質こそあれど現段階では覚醒までにもう少しの試練を乗り越えなければならないという状況らしいのだ。
「女神様の話だと金ちゃんはもうすでに覚醒していて、あたしの『事象の改ざん』みたいな能力が使えるはずだって言ってたわ」
「まじで……? 俺の能力ってどんなのなんだろ……」
金太郎は自分の能力がどのようなものなのか想像を膨らませている。
「それから歩夢くん。君も覚醒の一歩手前にいるみたい」
「え? 僕の覚醒は不完全ってこと……?」
飛鳥の話に、少し不満そうな顔をする歩夢。
「だったら、歩夢くんだけでも覚醒させてあげることは出来ないの?」
桂が横から割り込んできた。
「それは無理なの」
「……どうして?」
飛鳥の返答に、歩夢が疑問をぶつけた。
「あたしの『事象の改ざん』はあくまで量子もつれを発生させることで、別世界軸の同一人物から魂意外の一部を転写する能力だから……」
目を逸らしながら言葉を続ける飛鳥。
「……さっきも少し触れたけど、覚醒っていうのはその人の魂における意識レベルの問題なの。たとえば覚醒を果たした世界軸の身体を転写したところで、その中に入っている魂が覚醒の感覚を知らなければ、それは覚醒していないも同じ……」
それでも納得のいかない桂は質問を追加する。
「でも歩夢くんの状態って飛鳥ちゃんと同じような状態なんじゃないの?」
「近いという意味では同じだけど……。むしろすでにクロスレイドで超進化に至った歩夢くんの方が、あたしより限りなく覚醒状態に近いと思うわ。……だけど無理なの」
さらに飛鳥の言葉は続く。
「あたしの場合は女神さまが少し力を貸してくれたからっていうのもあるわ。あたしには女神さまのような力はないから……。力になれなくて、ごめんね」
申し訳なさそうに下を向いて謝る飛鳥を見て、歩夢が言った。
「……別に誰も頼んでないから安心しなよ。僕は──」
飛鳥より先に前に出て、前方を見据えながら続きを口にする歩夢。
「──自力で覚醒するさ」
覚醒の話がひと段落したところで、将角が別の話題に切り替えた。
「ひとまず、この中で覚醒しているのが金太郎と姉貴だな。金太郎は自分の能力すらわからねぇ状態だとして、姉貴はその能力を使って何ができる?」
「たぶん……わかりやすいところでいえば、怪我をしてもそれをなかったことに出来ると思う」
将角の質問に答える飛鳥。
「なるほど。それは竜崎と戦うのに心強い能力だな」
「ちょっと将角! あまりプレッシャーかけないでよ……」
久しぶりの姉弟の会話。
金太郎の懐かしそうにふたりのやりとりを聞いている。
「ちなみに……覚醒するとほかに何ができるように────」
桂が何か言おうとしたタイミング。
桂の言葉を覆うように、将角が大声を張り上げた。
「……おい! 前から何か来てるぞ⁉」
将角がそう言葉を口にした瞬間──
金太郎たち一行の中に見たことのない容姿の人物がひとり────
完全に艶を失い、乱雑に散らかった漆黒の髪。
前髪は目が隠れるほどの長さまで伸びている。
やせこけた青白い肌に、ボロボロに破れた漆黒の布で全身を覆っている人物──。
金太郎たち一行は、誰ひとりとして声を出す間がないまま、その男の接近を許してしまっていた。
次の瞬間、金太郎の視界に飛び込んできた光景────
「ぎ…………銀姉ぇえええええええええッ⁉」
それは、突然現れた漆黒の男の手刀が、銀子の心臓を貫いている光景だった。




