第十話「発想の転換」改済
ナイフを持った敦が店内に入ってきたことで、慌てふためいているレイドハウスの店員。それに続いて入ってきた金太郎が、店員に事情をかんたんに説明して協力を仰いだ。
「わ、悪いんだけど……ちょっと対戦スペースに置いてあるクロスレイド盤を使わせてもらっていいかな……?」
「も、もちろんでございます……。ですが、君は……その……よろしいのですか……?」
「ああ。少し対戦させてくれればいいから……」
まだ高校2年生の金太郎は、店員からしたら子供に見える。
店員も金太郎の身を心配してはいるが、敦がナイフを手にしているため迂闊な行動ができないのだ。
淳が先を歩き、そのうしろを金太郎がついていく。
その途中、すれ違った店員に金太郎が小声で外の状況を伝える。
「さっき外の人が警察に連絡してくれていた。少し時間稼ぎしていれば、必ず来てくれるはずだから……。とにかく、あいつを刺激しないように……」
その店員も状況を理解して、無言で頷いた。
店員とコンタクトをとったことを淳に悟られないように、遅れた分の距離を縮めるべく自然な歩行速度で淳に追いつく金太郎。
その後、金太郎たちが対戦スペースのほうへと移動して、ある程度の距離が確保されてから、店員たちのあいだで情報がシェアされた。
一方、対戦スペースへ到着した金太郎と敦はというと──
金太郎が棚に置いてあった折り畳み式のクロスレイド盤を持ってきて、対戦スペースとして用意されているテーブルの一角に広げて置いた。
金太郎と敦はそのクロスレイド盤に向かいあって座り、お互いに所持していたクロスレイドのモンスターユニットをクロスレイド盤に配置していく。
金太郎が並べているモンスターを目で追いながら、卑しい笑みを浮かべている敦。その視線の先にあるのは当然、金将〈ゴールド・ドラゴン〉である。
「へっへっへ……。ついに、この私にもドラゴンを手に入れられるチャンスがァ……!」
欲望をまとった敦の不気味な視線に圧力を感じたのか、少し身を引いて構える金太郎。汗を浮かべながら、上目遣いで敦の様子をチラチラと確認している。
ふたりの準備が整うと、我先にと敦がフライング気味にゲームをスタートさせた。
「よォし……! まずは私のターンだァあああッ!」
敦は、いつも以上に気合いが入っている様子。よほど〈ゴールド・ドラゴン〉が欲しいのだろう。
序盤からスキルを利用して、歩兵モンスターのユニットを倍速で展開していく。
金太郎は、序盤こそ様子をみてノースキルでターンを終えていたが、その後もスキルを活用した速い展開をする敦に合わせるように、状況に応じた柔軟なプレイスタイルで応戦している。
中盤に差しかかったあたり、先に動いたのは敦だった。
「私のタァアアアアアアアアアン……!」
敦は1枚のモンスターカードを手にとって、金太郎に提示しながらそのスキル効果を読みあげる。
「私は歩兵モンスター〈チャージ・バード〉のスキルを発動! フィールド上の自軍モンスター1体を選択して、そのモンスターを1マス前進させるゥ!」
敦は、中央あたりまで進攻していた自分の銀将モンスターのユニットを手にとって、効果の続きを口にする。
「私は〈ヘル・リザード〉を選択! 〈チャージ・バード〉の効果により〈ヘル・リザード〉は1マス前進するゥ! さらに通常の行動権を使用して〈ヘル・リザード〉を右前方へと移動だァあああ!」
敦の銀将〈ヘル・リザード〉は歩兵〈チャージ・バード〉の力を得て、通常の将棋では不可能な位置までの移動を可能にしたのだ。
金太郎の歩兵〈サーベル・ウルフ〉を捕縛して、金太郎の領域内へと侵入したのは敦の銀将モンスター〈ヘル・リザード〉。
「ふははァ! おまえの領域に侵入したぞォ!」
敦は〈ヘル・リザード〉のユニットを、移動先のマスへ裏返しに配置した。
いわゆる進化だ。これは将棋でいう成りと同等の行動である。
「私は〈ヘル・リザード〉を進化させる! 現れろッ……〈ヘル・リザード改〉!」
金太郎たちが対戦しているのは、通常の木製クロスレイド盤のため、立体映像などは現れない。
クロスレイド盤は、今回使用しているような木製のものもあれば、ラバー製のものや紙製のものまで存在している。
そのデザインやカラーは、将棋盤のような木の色と木目を強調した渋いものもあれば、赤や青といった配色のものや水玉のようなカラフルなもの、さらにはキャラクターのイラストがプリントされたものまで多種多様である。
このような非立体映像式のクロスレイド盤を使用した対戦においては、クロスレイド盤に置かれたユニットから情報を肉眼で読み取ってプレイするのが一般的である。
将棋よりも情報量を必要とするクロスレイドのユニットが、将棋の駒よりもひとまわり大きい理由のひとつでもある。
モンスターユニットには名前や属性が記されているほか、進化の有無もマークによって確認できる。そういった情報を可能なかぎり把握することが、相手とのかけ引きで重要なポイントなのである。
「……私は、これでターンエンドだァ!」
金太郎の視線は、進化したばかりの敦の銀将モンスター〈ヘル・リザード改〉をとらえている。
(この位置に侵入して進化したにもかかわらず、何もしないでターンエンド……? 罠か……?)
敦の銀将〈ヘル・リザード〉が侵入してきたマスは、金太郎の桂馬〈ホースヘッド・ナイト〉の行動範囲内なのだ。
ほかに、もっと安全な場所への侵入も可能だったはずなのに、わざわざこの位置に侵入してきた理由──
捕縛された金太郎の歩兵〈サーベル・ウルフ〉が狙いだったという可能性がないわけでもないが、わざわざ銀将モンスターを捨ててまで狙う必要のないモンスターだ。
そこで金太郎が考えているのは、この〈ヘル・リザード改〉が自身に対して何らかのアクションが発生した際に、それに反応してカウンタースキルを発動できる可能性があるおそれだ。
そういった発動条件が限られているスキルは、そのぶん内容が非常に強力である場合が多い。
「どうしたァ……⁉ さっさとやれよォ……!」
警戒している金太郎を敦が煽る。
いくら考えたところで正解などわからないのだ。
(考えても埒はあかない……。だったら──試すまでだ!)
金太郎は自分のターンを宣言すると、真っ先に罠の可能性に飛びこむ覚悟で〈ヘル・リザード改〉を狙いにいった。
「俺は桂馬〈ホースヘッド・ナイト〉で、あんたの〈ヘル・リザード改〉を捕縛するぜ!」
「ふははァ! かかったァ! 私は〈ヘル・リザード改〉のスキルをカウンターで発動するゥ!」
(やっぱり罠だったか……⁉)
金太郎の表情に緊張が走る。
「私の〈ヘル・リザード改〉のスキルは、相手の歩兵・香車・桂馬・銀将のいずれかの属性モンスターに捕縛宣言されたときに、カウンターで発動できる効果だァ!」
金太郎が予測していたとおりの展開となった。
敦は金太郎が罠に嵌ったことに歓喜して、自分のことでいっぱいになっている。
だが、このとき金太郎はタイミングを見計らっていたのだ。
淳が声高らかに宣言する。
「相手の捕縛宣言を無効にして、捕縛宣言をしたモンスターを捕縛するゥ!」
だが、その瞬間──
金太郎が動いた。
「俺は歩兵モンスター〈ドレッド・ジャガー〉のスキルをカウンターで発動するぜ!」
「……なッ⁉」
「自軍モンスターから1体を選択して、そのモンスターを1マス前進させる!」
まさかのカウンタースキルの裏をついた、変則式のカウンターに驚きを隠せない敦。
「なァアアア……⁉ そんな凡庸なスキルにカウンターを搭載している歩兵モンスターなんているのかァ……⁉」
対象範囲こそ自軍の全モンスターではあるが、効果は『1マス前進させるだけ』というまさに凡庸と呼ぶにふさわしいスキル。しかも歩兵モンスター。
だが、金太郎の持つこの歩兵〈ドレッド・ジャガー〉は、他の凡庸な歩兵モンスターにはあまり見られない稀有な能力『カウンター』が搭載されていた。
まんまと嵌められたのは敦のほうだったのだ。
「──あんた。浮かれるのは一向に構わないが、あまり自分のことばかり考えていると、そのうち足もとをすくわれるぜ?」
金太郎の眼光に、一閃の金色光が走ったように見えた。




