第九十九話「進化をもたらす者」
銀子は、周囲を見回して状況を確認している。
(……大丈夫。ヤツはわたしの〈シルバー・ドラゴン〉に気をとられている……。桂くんは、さっきのショックでとても戦える状態じゃないけど十分に距離はとれているし、金太郎たちが良い間合いでヤツを囲っている……。この状況でいきなりわたしたちが不利になることはない、はず──)
戦況を分析し、作戦を考えている銀子。
「なんだ? ずいぶんと余裕がないじゃないか……女」
ガブリエルは、逆に冷静さを取り戻して笑顔をのぞかせている。
「……そう思うなら、攻撃して来れば? わたしのドラゴンの効果が本当か、気になってるんでしょ……?」
銀子はガブリエルを挑発しながら、脳内に思考を巡らせている。
(……とは言え、実際にわたしのシルバー・ドラゴンの能力『無敵装甲』の発動は1回だけで、発動後の効果持続時間も数分……。さっきのでしばらくは使えない。バレたら終わる……! だけど、ヤツの攻撃を何とか凌いで進化さえすれば──)
するとガブリエルは、恐ろし気な笑みを浮かべながら銀子に語りかけた。
「……それは挑発か?」
銀子の鼓動が早くなる。
(くっ……。動揺しちゃ駄目よ……!)
精一杯の平静を装ってガブリエルの問いに答える銀子。
「さあ……どうかしら?」
顔では不敵な笑みを作ってはいるが、うっすらと額に汗が滲んでいる。
しばらく無言で銀子を眺めていたガブリエルだったが、銀子が瞬きをした瞬間その場から姿を消した。
(……えっ⁉)
慌ててあたりを見渡すようにガブリエルを探す銀子の後ろの方から悲鳴が聞こえてきた。
「うわああっ……⁉」
声の主は桂。
あろうことか、ふたたびガブリエルは桂の前に出現したのだ。
「け……桂っ⁉」
ほぼ同時に金太郎たち全員の視線がガブリエルと桂へと集まったが、最も動揺して声を上げたのは将角だった。
桂は一度殺されかけている。
さらに戦意を失っていたため、ガブリエルからは離れた位置へ退避させていたはずだったのだが、まさかガブリエルがこの状況下で金太郎たちを無視して桂のもとへ行くとは誰も思っていなかった。
「ば……バカな⁉ なんで、また桂くんを────」
銀子は驚きに満ち溢れているような表情で言葉を絞り出した。
「くくくっ……貴様に進化する余裕など与えるか。本当に我が『天国の裁き』を受けて問題ないなら、そのドラゴンを盾にしてまた守ってやればいいだろう!」
銀子をあざ笑うかのように吠えるガブリエル。
なにかを悟ったのか、それともただの気まぐれか。ガブリエルの行動は金太郎たちにとって最も最悪な形となり、桂に牙をむく。
「くっ────」
桂の一番近くにいたのは奇しくも銀子の〈シルバー・ドラゴン〉だった。
まるでガブリエルの挑発に従うように、迷うことなく〈シルバー・ドラゴン〉を桂の前へと移動させる銀子。
目を大きく見開き、考えるよりも早く身体が動く。その額からは汗が滲み出ていた。
金太郎たち全員、ふたたび桂のもとへと駆けつけようと試みているが、これら一連の動作は瞬きする間の出来事で、結果的に銀子が〈シルバー・ドラゴン〉で庇いに行くのが精いっぱいだったのだ。
「だめだ……銀子さん! いくら〈シルバー・ドラゴン〉でも、無防備でそいつの技をもう一度受けたら、今度こそ銀子さんの魂が────」
将角は、銀子を制止させようと大声で叫んだ。
銀子が〈シルバー・ドラゴン〉で庇わなければ、恐らく桂は今度こそ────
だが〈シルバー・ドラゴン〉で桂を庇えば、桂は助かるかもしれないが銀子が────……
「桂っ……! 動け……桂っ…………!」
必死に叫ぶ将角。
次の瞬間──
ガブリエルが放った『天国の裁き』が、桂を庇うように立ち塞がった〈シルバー・ドラゴン〉に直撃した。
「ぎ…………銀姉ぇええええええっ!」
必死の形相で声を絞り出し、姉の名を呼ぶ金太郎。
金太郎たち自身も人間離れした超高速移動が可能ではあるのだが、それでも間に合わないほど一瞬の出来事だったのだ。
だが──
「な……なん、だ……と!? また無傷…………! いや……進化している、だと……⁉」
目を丸くして驚くガブリエル。
ガブリエルの『天国の裁き』が直撃したことによる爆風の中から現れたのは、〈シルバー・ドラゴン〉の進化形態である〈シルバー・ドラゴン・アルジェンテ〉だった。
〈シルバー・ドラゴン〉の能力『無敵装甲』に限らず、各モンスターに備わっているパッシブスキルは、発動回数や使用回数に制限が設けられている場合がほとんどではあるが、基本的には進化や退化といったモンスターの形態変化によってその制限は解除されるのだ。
もちろん〈シルバー・ドラゴン〉も、〈シルバー・ドラゴン・アルジェンテ〉へと進化することで『無敵装甲』の使用制限は解除される。
そしてガブリエルの『天国の裁き』が直撃するタイミングでは、すでに〈シルバー・ドラゴン・アルジェンテ〉へと進化していたため、『無敵装甲』を発動できたのである。
「どうやって進化した……⁉ 召喚口上を唱える時間はなかったはずだ」
動揺するガブリエル。
すでに時速二百キロで超高速移動できるようになっていた金太郎たちですら間に合わない一瞬の出来事だったはず。
本来、モンスターの進化召喚には詠唱が必要なのだが、そんな時間はなかったのだ。
金太郎たちも皆、足を止めて「まるで奇跡でも起こったのではないか──?」というような顔をして、困惑気味に桂と〈シルバー・ドラゴン・アルジェンテ〉のいる方向を無言で眺めている。
今この場にいるすべての者が、起こったことを理解できずにいた。
たったひとりを覗いて────
「私が強制的に進化させました」
声が聞こえたのは、ガブリエルの背後──上方からだった。
濃紫色の髪をなびかせて、上空に佇んでいるのは金太郎たちのよく知る人物──────
その人物の手前には、薄紫と白のツートンカラーをしたドラゴンが悠然と浮遊していた。
「……助かったわ────────響香」
不敵な笑みを浮かべ、響香の方へ視線を送る銀子。
そう……この中で、ただひとり。
この一連の出来事をすべて把握していた人物──
それは銀子だったのだ。
「──やっぱり銀子は、私がいないと駄目ですね」
響香は銀子へと優しい視線を向けて微笑んだ。
如月響香。
一時期はクロスレイドを引退していたが、かつて銀子が憧れたほどの圧倒的な強さを誇っていたクロスレイダー。
そして────
クロスレイドにおける銀子の現パートナー。




