第九話「悪夢への前兆」改済
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最近、全国でクロスレイド狩りが多発しているというニュースが世間を騒がしていた。
クロスレイド狩り自体は以前から発生していたが、それが年々目立つようになってきているのだ。
これまでは子供が被害に合うことのほうが多かったが、最近では中高年が狙われる事例も増えているようである。
そんななか、クロスレイド狩りを巡って、ついに横須賀市で殺人が発生してしまった。
当初は過失による殺人だと思われていたが、数日後に2人目の被害者が遺体で発見されたことによって、これらの殺人事件が故意的な犯行だと結論付けられたのだ。
つまり──
現在、横須賀市にはクロスレイダーを狙った殺人犯が潜んでいるということになる。
ここ横須賀市では、このニュースが連日のように報道されていた。
「怖いね……。まだ捕まってないんでしょ? 例の殺人犯──」
「ああ。しばらくはクロスレイドのユニットやカードは、あまり持ち歩かないほうがいいかもな。どうせ部活も禁止だし……」
学校の帰り道。
商店街を歩きながら、金太郎と飛鳥が雑談をしていた。
龍神ヶ峰高校では、クロスレイド部の活動は当面禁止となっていたのだ。
金太郎と飛鳥が雑談をしながら商店街を歩いていると、何やら前方にあるクロスレイド専門店のあたりから人の言い争う声が聞こえてきた。
「返してよ……パパぁ!」
「うるさいっ……! ふへへ……。このモンスター、まえから欲しかったんだよなぁ……」
「ズルいよ……⁉ それは僕が当てたヤツ……」
「金を出したのはパパだろうっ⁉ 口答えするな!」
「うわぁああああんっ……!」
どうやら親子喧嘩のようである。
会話の内容からして、幼稚な父親の言動が原因のようだ。
「おいおい……。自分の息子のモノを奪うとか大人げないなぁ」
「ホントね……。あの子、可哀想……」
とはいえ、他人の家のこと。さすがに口出しはできないと感じて、金太郎と飛鳥が前を通りすぎようとした、その時──
「そっちのもよこせと言ってるだろう! パパの命令が聞けないのか⁉」
「ひっ……だ、誰か……⁉ た、助け……て」
とても親子のものとは思えない会話。
思わず振り向いたふたりの視界に飛び込んできたのは、目を疑うような光景だった。
「なっ……⁉」
金太郎と飛鳥に戦慄が走る。
そこには、腰を抜かして泣いている子供と、無表情でナイフを振りかざしている父親の姿があったのだ。
「──お、おい⁉ 何やってるんだよ、あんた!」
とっさにふたりのあいだに割り込んだ金太郎が、子供を背にして護るように父親の前に立ちはだかる。
「……なんだ、君は? 親子の問題に首をつっこまないでくれないかァ……?」
「だったら、まずはナイフを手放せよ!」
またたく間に周辺にいた人々が集まってきた。
「ちょっと……⁉ 金ちゃん、危ないよ……!」
思わず叫んだ飛鳥のひと言が周囲に伝播して、あたりが徐々に緊張に包まれていく。
金太郎の額には、脂汗が滲んでいた。
それは金太郎の頭の中に、ある可能性が浮上したからだ。
「まさか……あんたがクロスレイド狩りの殺人犯じゃ────?」
金太郎たちを取り囲んでいる野次馬たちのざわめきが、いっせいに悲鳴に変わった。なかには恐怖を感じて逃げはじめる人の姿もまばらに確認できる。
一瞬にして緊迫感に支配された空間。
飛鳥は祈るように胸の前で手を合わせ、状況を見守っている。
「あァん……⁉ クロスレイド狩りィ……? 殺人犯だァ……?」
「あんたじゃ……ないのか……⁉」
「ふへ…………知らないなァ……」
そう言葉にした男の表情はどこか狂気的で、得体の知れない危険性を秘めているようにも感じられた。
目は真っ赤に充血しており、皮膚のあちこちに血管が浮き出しているのが確認できる。
どうみても普通ではないと金太郎が感じた、その時だった。
「敦……?」
恐怖に支配された野次馬たちの悲鳴に混じって、あきらかに異質な声が聞こえた。
その声に気づいた金太郎。あたりを見回して声の発生源を探す。
すると野次馬の中にひとりだけ、不安そうな表情でナイフを持った男を見つめている人物がいた。
ナイフの男も、その人物の存在に気づく。
「なに……やってるの、敦……?」
「…………由、香?」
どうやら彼の妻のようだ。
妻らしき人物はナイフの男を『敦』と呼び、ナイフの男は妻らしき人物を『由香』と呼んでいる。
敦の意識が由香に向いた隙を見計らって、金太郎は子供を抱えてその場から離れた。
「──っ⁉ 由香ァあああっ! おまえが話しかけるからァああああッ!」
金太郎に息子を連れて逃げられたことに腹を立てた敦が、今度は由香に襲いかかる。ナイフを向けて突進してくる敦に、気が動転して後方へと倒れこむ由香。
「きゃああああっ⁉」
由香の悲鳴が、あたり一帯に響きわたる。
もう手遅れだと思われた、その時──
ナイフを持つ敦の腕をつかみ、由香を庇うように敦の懐に身体を潜り込ませたのは金太郎だった。
「き、金ちゃん……⁉」
金太郎の行動を見た飛鳥が、口もとに手を当ててうろたえている。
その目には涙が浮かび、身体を震わせていた。
子供を救出した金太郎が、すぐに近くにいたおばさんに子供を預けて、そのまま由香のもとへと一直線に走っていたのだ。
敦を食い止めている金太郎の表情も恐怖に歪んでいる。
「くっ……⁉」
一瞬にして商店街の一角が、まるで地獄絵図のように変わったのだ。無理もないだろう。
ただ野次馬たちの中でも神経が図太い者は逃げずに、少し離れた位置から様子を見守っていた。
行動力がある者は警察に通報したり、画像や動画を撮影してSNS拡散したりなど、何かに協力しようという意思がみられる者も多数存在している。
しばらくして、あたりの様子に気づいた敦が、狂ったように息子を罵りはじめた。
「おまえがさっさとパパに、そのモンスターをよこさないからだろォ……! よこせェええええっ!」
まるで知能がなくなった生物のように、本能のままに叫ぶ敦。その真っ赤に充血した目が得も言われぬ恐怖を演出している。
「うぁああ……あ、あ……。パ……パパぁ……⁉」
父親を見て泣きじゃくる息子の姿から、金太郎が到達した結論はひとつだった。
──少なくとも今、この男は正気ではない。
金太郎はダメもとで敦に呼びかけてみた。
「おい、聞こえているか⁉ ……頼むから正気に戻ってくれよ!」
だが金太郎の呼びかけは敦に届かない。
あくまで目の前にいる由香を攻撃しようと、ナイフを向けて暴れている。
「何やってんだよ! あんたの奥さんだろ⁉」
「うるせェえええっ! こいつが私の邪魔をしたからだァあああッ!」
もはや手に負えない。かといって警察が到着するまで待っている猶予もない。
このままでは自分はおろか、下手をしたら飛鳥もどうなるかわかったものではない。
金太郎が下した決断。
それは──
「お、おい! これ……欲しくないか⁉」
金太郎が敦に見せつけたのは、金太郎のエースモンスター〈ゴールド・ドラゴン〉のユニットだった。部活禁止や事件の深刻化から、しばらく持ち歩くのは控えようと考えてはいたものの、まだ今日はクロスレイドのユニットやカードを持ち歩いていたのだ。
「そ、それはァ……⁉ ド、ドラゴンじゃないかァあああッ! よこせェええええッ!」
「ほ、欲しかったら……俺とクロスレイドで勝負しろよ!」
「ク、クロスレイドで勝負ゥ……?」
「ああ……! そんなにクロスレイドのモンスターを欲しがってるんだから、当然あんたもクロスレイドをやってるんだよな?」
金太郎が、とっさに思いついた手段。それはエサをぶら下げてクロスレイドで時間稼ぎをすることだった。
警察の到着まで待てない以上、できるかぎり時間を長引かせなければならない。
「もし──俺に勝てたら、この〈ゴールド・ドラゴン〉をくれてやる! その代わり俺が勝ったら、二度と自分の子供に手をだすなよ……!」
敦が口もとを歪めて笑う。
「へへ……。面白そうじゃないかァ!」
「……だったら、そのナイフをしまえよ。そこのレイドハウスでやろうぜ」
「私が勝ったら絶対にそのドラゴンをよこせよ!」
だが敦はすぐにナイフを納めずに、まばらに残った野次馬たちを威嚇するように構えて、背中からレイドハウスへと入っていく。
そして金太郎も、そのあとを追うように店内に入っていった。
「金ちゃん……!」
不安そうな表情で金太郎の名を口にする飛鳥。
他の野次馬たちも固唾を飲んで見守っている。
「大丈夫だ。必ず俺が……護りきってみせるぜ!」
そう言って金太郎はレイドハウスの中へと消えていった。




