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あの時のドレス

 馬車は滑らかに進んでいく。急に道がずいぶん広くなった。建物は無くなり、両側が大きな石壁に囲まれている道に入っていた。通りの先に大きな建物が見えてきた。以前見た王宮とは違うまさしく宮殿といってもいいぐらいに荘厳できらびやかな建物だ。

 馬車は宮殿の奥まで入っていく。正門の前で馬車が止まった。隣に乗っていたニーナが、先ほどまでとは違うきりりとした近衛兵の顔になり先に降りた。スティーブも降りて、キャスリンに手を差し出して降りてくるのを手伝ってくれた。キャスリンが降りると、門の前には近衛兵やら大臣がずらりと並んでいるのが見えた。

 

 スティーブの横に立つと、待っていた者たちからどよめきが起こった。どうやら、ナクビル国で起こったことが知れ渡っているらしい。おそらくあの場にいたアシュイラ皇国の使者が報告したのだろう。

 キャスリンは旅の軽装なドレスだったので、少し気恥ずかしかったが、待っている人たちに目いっぱい胸を張ってお辞儀をした。


 「ようこそ、アシュイラ皇国へ。歓迎いたします」


 スティーブがキャスリンの手を取って、片膝をつき胸に手を合わせ騎士風の挨拶をした。スティーブの挨拶に周りにいた者たちが皆腰を折ってキャスリンに頭を下げた。


 そしてキャスリンは、案内されて王宮の正門をくぐった。今までも銅像の落成式に招待されて王宮に来たことがあるが、この正面の門をくぐったことはなかった。この門は最上級のおもてなしの時だけに使われる特別な門なのだ。


 キャスリンは感慨深げにあたりをそっと見回しながら歩いていく。今回は王宮にある貴賓室に案内された。ここで身なりを整えてから王との謁見になるらしい。

 キャスリンが部屋に入るとすぐにお茶を持ってきてくれた。まずくつろいでからという気づかいなのだろう。ゆっくりとお茶を飲んでいると、ドアをノックする音がした。ドアを開ける音がして、いつもついてくれている侍女が大きな箱を持ってきた。


 「ドレスが入っているそうです。用意してくださっていたんですね」


 「そうね」


 キャスリンがその大きな箱を開けると、目に飛び込んできた色があった。


 「こっ、これって!」


 「どうかされたんですか。まあ~、素敵なドレスですね」


 侍女がキャスリンが驚いているのを見て、すぐに箱を確認した。キャスリンはその黄色いドレスに見覚えがある。どう見ても前の人生でスティーブと王宮の庭で食事をした時に着たものに似ている。ドレスを手に取ってみたが、新品のようにきれいだった。しかしこの繊細なレースを見ると、どう見てもあの時に着たものにしか見えない。


 「あっ、それとこの箱が届いておりました。きっとこのドレスにあうアクセサリーですね」


 侍女が差し出した箱は、アクセサリーが入るぐらいの小さな箱だった。キャスリンは震える手で箱を開けた。


 「まあ! これは!」


 小さな箱に入っていたのは、前の人生でキャスリンがずっとつけていたあの腕輪だった。どうしてここにあるのだろう。


 「ドレスとよく似合いそうですね。この腕輪も素敵ですね」


 キャスリンはぼーっとしたまま侍女に手伝ってもらいながら、ドレスを着て腕輪を付けた。侍女が髪をセットしてくれ小さな黄色い花をつけてくれた。


 「この花は?」


 キャスリンが鏡で小さな黄色い花を見ると、侍女が訳知り顔で言った。


 「このお花は、スティーブ王子から髪飾りとして使ってほしいとのことでした。係の方がそう言って持ってきてくれました」


 侍女は自分の仕事に満足したのか、満面の笑みでキャスリンに手鏡を差し出してきた。


 「このお花もドレスによくお似合いですね」


 キャスリンが髪にアシュイラの花をつけた自分の姿を見ていると、係の人が来たようだった。


 

 案内されて歩いていった先は大きな広間だった。近衛兵がふたりドアの前に控えている。近衛兵がドアを開けると、ドアのすぐそばに立って待っていたスティーブがキャスリンの手を取った。スティーブのその姿にキャスリンは、またまたびっくりしてつい声を出してしまった。


 「まあ、その姿!」


 「キャスリン様、そのドレスとてもお似合いです」


 スティーブはそう言って、まぶしそうにキャスリンを見た。スティーブも前の人生の時に王から借りたと言っていたあの衣装を着ている。キャスリンが着ているドレスと明らかに対になっている。キャスリンとスティーブが前に進むごとに、広間にいたアシュイラ皇国の貴族たちからため息が漏れている。


 「まあなんて素敵なの?」


 「本当にお似合いですこと!」


 キャスリンは、スティーブに手を引かれて王と王妃の前に立った。


 「本日はお招きありがとうございます。キャスリンでございます」


 キャスリンがお辞儀をすると、王が答えた。


 「よく来てくれた」


 「まあ、よく似合っているわ。本当に!」


 キャスリンが顔を上げると、一段高いところに座っている王と王妃は、前の人生で見た王と王妃にどことなく似ていた。


 「そのドレスの事、話したのか? スティーブ!」


 「いえ、驚かそうと思いまして。何も話しておりません」


 「駄目じゃない、ちゃんと話さなくては」


 キャスリンを置いて王と王妃そしてスティーブが勝手に話をしている。キャスリンが何?と首をかしげてスティーブのほうを見ると、スティーブが教えてくれた。


 「僕が記憶を取り戻してすぐ、突然王宮の庭園に箱が現れたんだよ。その箱の中にキャスリン君が着ていたドレスや僕の衣装、それに腕輪が入っていたんだ」


 「そうだったの」


 キャスリンがうなずくと、今までの話を黙って聞いていた貴族たちが皆、キャスリンとスティーブが着ている衣裳を目を凝らして見ている。中には前のめりになって見ている者もいた。


 「今キャスリン嬢やわが息子スティーブが、つけている腕輪は初代王と王妃が付けていたものだ。これはまさに奇跡といえる。今日皆に披露する銅像を置く場所は、先ほど言った箱が現れたところである。この場所こそ奇跡が起こった場所であることからも銅像を置くにふさわしいものと思っている」


 王がそう言うと、広間全体に拍手が起こったのだった。

 

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