執事マークの協力
キャスリンは、時間を止めていた魔法を解いた。
「シムさん、時間また動き出しましたよ」
シムはキャスリンの言葉に一瞬何のことかと怪訝な表情をしたが、すぐにドアを開けて隣の部屋に行った。
隣では何やら話し声がした。そしてすごい勢いでシムが部屋に戻ってきた。ドアが開けっぱなしだったので、マークがドアをすぐ閉めた。
「すごいですね。私たちがこんなに話をしていたのに、隣の部屋に行ったら妻にびっくりされました。本当に時間が止まっていたのですね。サイモクでさえこんな術は扱えなかったのに!」
シムがずいぶん興奮した口調で言った。
「サイモクさんて魔術が扱えたの?」
シムがあまりに興奮していたので、マークが代わりに答えた。
「はいお嬢様。でもお嬢様ほどは扱えませんでした。やはり魔道具を扱えるぐらいで。シムたちを転移させるのも魔道具を使ったと思われます。ただそれはすごい魔力を消費するので、何度も使えないのです」
「その魔道具はどうなったのかしら?」
「たぶんサイモクが倒れた時に粉々になったのかと。今この世界に残っている数少ない魔道具は、たぶんアシュイラ皇国が滅んだ時に敵に持ち去られたものかと思います。なぜかわかりませんが、我々魔力が少ない者が使用すると、ほぼ魔道具は粉々になってしまうんです。だから使用されていないのだと思います」
「なるほど。そうなのね」
シムが双子を見せたいというので、キャスリンとマークはもう一つの部屋に行くことにした。
すやすや眠っている双子の男の子たちはかわいらしかった。シムがどうしても祝福してほしいとキャスリンに言うので、キャスリンは困ってマークを見ると、マークもニコニコして促すのでキャスリンは、以前キャスリンが頭の中にいた女性がしていたことを思い出して、見よう見まねでやってみた。
すると双子が白い靄に包まれて光ったので、周りで見ていたみんなはもちろんの事、キャスリン自身もびっくりした。
そしてキャスリンとマークは、またシムの仕事部屋に行き屋敷に戻った。シムは家族にキャスリン達の事を話してくれるらしい。まあ先ほど魔法を実際に目のあたりにしたので、話しやすいとシムが笑っていた。
屋敷のキャスリンの魔法部屋に戻るとまだ家族が部屋に残っていた。突然現れたキャスリン達にびっくりしている。
「もう行ってきたのかい?」
「はい旦那様」
マークが代わりに答えた。キャスリンが時計を見ると、たいして時間はかかっていなかった。
翌日キャスリンは家庭教師の勉強を終えて、午後から魔法部屋に行った。もちろんマークも一緒である。昨日マークから協力の了解を得ているので、さっそくマークにお願いしたいことがあったのだ。
「ねえマーク、王都にあるストラ男爵邸を見てみたいの。馬車を出してくれない?」
「そうおっしゃると思っておりました。今日さっそくご覧になりますか?今から馬車を出しますよ」
「ありがとう。でも直接行くのは変じゃない?」
「ちょうどストラ男爵邸を行った先に今はやりの店ができたそうなので、そこへ行くという名目で馬車を出すことにします」
「ありがとう。それでそのお店ってどんなお店なの?」
「今はやりの小物を売るお店だそうです。奥様の誕生日が近いので、そこで何かお買いになるのはいかがでしょうか」
「いいわね」
マークはそう言って馬車をすぐ手配をしに行った。キャスリンはすぐバーバラに支度をしてもらってバーバラをおともに出かけることにした。
マークは馬車の御者の横に乗って、馬に乗った護衛も三人ほどついて出発した。
しばらくキャスリンとバーバラは馬車の窓から見える王都の景色を楽しんでいたが、不意に速度が遅くなり馬車の前からコンコンと音がした。バーバラが御者の方の窓を開けるとマークがそっと指をさした。
見るとマークの指をさした方向に、以前見たストラ男爵邸のミニチュア版のような屋敷が見えた。この近辺にはそぐわない派手なつくりの屋敷だった。
キャスリンはその建物を食い入るように眺めた。
またしばらくすると、馬車が止まった。どうやら目的地である小物を売っている店に着いたらしい。馬車のドアが開いて、キャスリンとバーバラは降りた。店は繁盛しているようで、外からも大勢店の中に人がいるのが見えた。
中に入ると、やはり大勢の人でごった返していた。貴族ばかりでなく裕福な庶民のような人たちの姿もあった。
店にはいろいろなレースの小物が並んでいた。今までに見たことがない繊細なレースが、お手ごろ価格で売られていた。これなら貴族ばかりでなくちょっと裕福な庶民にも手が届くことだろう。
「バーバラ、きれいね」
「そうですね」
キャスリンとバーバラはゆっくりと店内を見て歩いた。奥の方にはドレスに使うレースも販売しているようで、そこにも大勢の人だかりができていた。
キャスリンは母親にはレースの手袋をそしてレースのハンカチをいくつか購入した。
屋敷に帰り、マークと護衛にお礼を言って部屋に戻った。
着替えを手伝ってもらった後、キャスリンは、バーバラに先ほど買ったレースのハンカチの一つを渡した。
「バーバラ、よかったらどうぞ」
「えっ、いいんですか。ありがとうございます」
「いいのよ。いつもありがとう、そのお礼」
前の人生の時あっけなくバーバラが死んでしまい、キャスリンがまず思ったことは、いつもキャスリンの事を思い楽しく生活できるようにいろいろ尽くしてくれたバーバラにお礼を言えなかったことだった。だからこの人生では、いつもお礼をきちんと言おうと決めていた。今日はまずその手始めだ。
「ねえバーバラ。このレースのハンカチ、マークの知り合いのシムさんの奥さんに渡したら喜んでもらえるかしら」
「喜んでもらえると思いますよ。女性はきれいなものが好きですもの」
そうバーバラが言ったので、レースのハンカチをきちんと包装してお土産に持っていくことにしたのであった。




