休業期間中に終われるかしらん
天界。
神が治め、数多の天使が平和に、優美に、安らかに日々暮らしている天上の楽園。
その地を一望するかのような小高い丘の上に建つ豪奢な建物。まさしく神殿。
その門の前でガブリエルはそわそわと立っていた。
「いつにもまして、遅いなぁ……」
「お嬢さんも大変だねぇ」
独り言が耳に入ったのか門番が話しかけてくる。
「いえ、馴れてますから」
「今度は何やったの?あの子」
「……賭博です」
「おぉ……」
すっかり顔見知りと化した門番といつものやりとりを交わしていると、神殿の扉が開き、一人の少女が出てくるのが見えた。
「あ、帰ってきた」
扉を足で閉めるのが見えたがいつもの事なので気にしない。
門番ももはや注意する気は無い。
「みーちゃん、おかえ……」
「なにが神よ!くそが!」
迎えの言葉を遮り、『みーちゃん』と呼ばれた少女が吐き捨てる様に言った。
ついでに唾も吐き捨てた。 さすがに少し門番が顔をしかめた。
「きっ聞こえるよぅ。みーちゃん」小心な所があるガブリエルが注意する。神様は地獄耳である。
「ねちねちねちねちねちねちねちねちと……たかが遊びに目くじら立ててんじゃないわよ!」
「遊びって言うか、賭博だけどね……」
「リンゴなんて可愛いモンじゃない!これやってた人間達は命とか血とか指とか賭けてたわよ!」
少女がまくし立てる。
全然反省の色は無かった。
「人間さん達の中でもあんまり良い事じゃないっぽいけれど……」
人間の世界に強い興味を持っていたミカエルは、天界の隙を付いては人間界に顔を出し、そこで人間達の営みを観察し、時には体験することをもっぱらの趣味としていた。
その中でも殊更彼女の興味を引いたのは、人間の中でも眉を顰める者が大半を占めそうないわゆる、『反社会的行為』であった。
興味を持って以降、彼女は人間界で得たそれらの知識や営みを天界に持ち込むようになり、周囲の天使を巻き込んでそれらの娯楽に興じては神殿に呼び出され、神に罰を与えられ、帰り際に神殿に唾を吐く。そんなサイクルをほぼ月一ペースでこなしていた。
よく懲りないな。とガブリエルは思う。
「あーもう!むかつく!」
「まだ怒ってんの?って言うか何で怒れるの?」
家に着いてもまだ怒りは収まらない様で、ミカエルは悪態を吐いている。二人は同居していた。
「30年……だっけ?今回はさすがにちょっと重いね」
「『そんなに人の世が好きならば、思う存分堪能してくるがいい』……だってさー あそこは遊びに行くところであって別に住む所じゃないわよ」
「一応、解ってると思うけど、罰で行くんだからね?」
正確に言えば行くと言うよりは追放な訳だが。
今回ミカエルが神から渡されたと言う書状に目をやる。
『被告ミカエルは、3人の天使を言葉巧みにたぶらかし、麻雀等と言う俗な賭け事に興じ、挙句の果てに聖なる果実を賭けの道具として用い、同卓した天使達との技量差を慮る事無く一方的に搾取を行った罪は極めて重く、また過去の行いとこれからを鑑み、30年の天界追放を命ずる。 神。』
目を通しながら、麻雀ってどんな事するんだろ?とか、30年は結構長いなぁ。などとガブリエルがぼんやりと考えていると、
「ジャジャジャジャーン!」
運命みたいなメロディの効果音を口ずさみながらミカエルが何かをテーブルに置いた。
「まぁ嫌な事はとっとと忘れて切り替えましょ!」
「いや、みーちゃんの事だよ?……なにこれ?」
テーブルに置かれた物体に目をやると、それは見たことのない物だった。
なにやら甘い匂いが鼻をくすぐる。美味しそう。
「人間界に行った時に食べてさー、すっごく美味しかったから作り方覚えて作ってみたの!」
「え?みーちゃんが作ったの?」
「そだけど?そこに文句あんの?」
「だってみーちゃん昔、よくわかんない粉を人間界から持ってきて大変な事に……」
「あー大丈夫!今回は、ちゃんと食べられる物しか使ってないから」
さぁ早く!とせっついてくる。
「う……うん」
意を決し、口に入れる。
「……美味しい」
なんだこれは?
サクサクの香ばしい生地に甘く煮詰められながらも爽やかな酸味が心地よい。
「美味しかった?」
ニタニタと笑みを浮かべながらミカエルは囁く。
「うん!すっごく美味しい!これなに乗っかってんの?この乗ってるヤツすっごく美味しい!」
幸せ一杯。と言った風情で租借を続けるガブリエルに。
「リンゴよ」短くハッキリとミカエルは告げた。
「へぇー。リンゴ……」
リンゴ?
ガブリエルは動悸が早まっていくのを感じた。嫌な予感しかしない。
ニタニタと笑みを浮かべながら堕天使は囁く。
「賭けで毟り取ったリンゴで作った『アップルパイ』は、美味しかった?」
追加でガブリエルが人間界追放の刑に処されたのは、それからしばらくしての事だった




