サイモンの薄明
新作「マグナム・ブラッドバス ―― Girls & Revolvers ――」内でのサイモン回を転記。
こちらもよろしくお願いします。
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「サー・サイモン・メドヴェージェフ、“パーク”に査察が入りました」
「あ?」
執事のミハエルが持ち込んだ急報に、俺は首を捻る。
“ワイルド・ウェスト・ミュージアム・パーク”、通称“パーク”は“ミル=ヨシュア記念公園”の北側にある大規模なテーマパークだ。アメリカ西部開拓時代の文化風習を――もちろん、かなり面白おかしく改変して、ではあるが――体験できる。
帽子からブーツまで真っ赤な衣装に身を包んだ勝気そうな女の子がマスコットで、なかなかの人気を集めている。
西部の町並みを再現したパーク内では当時の衣装が貸し出され、射的や乗馬などのアトラクションやガンマンやカウボーイのショー、買い物や食事も楽しめる。かなり安めの価格設定もあり、風景も良いので歩いているだけでも楽しいと遠くからも客が訪れる人気スポットとなっていた。
「収支や労働環境にケチは付けられないはずだな」
「はい、もちろん。むしろ、国内トップレベルの優良企業でしょう」
そうなるように指示した。何度かチェックした限り、現場でもそれは守られているようだ。
「ただ、査察官の半数は法務部ではなくプロップラボに」
そっちか……。
ラボはショーに使う空砲専用の銃やアトラクション用の装置、乗り物なんかを改造・整備・修理する大規模工房だ。
俺が異世界に流す武器確保の隠蔽用にしてたのに勘付いたか。案外この国の官憲も優秀になったな。しかも、こちらに通達なく踏み込むとこまで漕ぎ着けたってことは、鼻薬を嗅がせておいた上役にも靡かなかった訳だ。
いいね、そういうの。
「アニキ、案山子みてぇな黒服のオンナが令状持って来やがったぜ?」
中年下男テオがノックもなしにドアを開ける。執事に怒られてお仕着せを身につけるようにはなったが、いまはその上からボロボロの革ジャケットを羽織っている。なんだそれ。
阿呆もここまで極めれば芸だな。
「会おうか」
俺はすぐ応接室に向かう。こいつは、少しばかり面倒な相手のようだ。
というよりも、既に相手の予想が付いていた。
「サー・サイモン・メドベージェフ」
「やあ、レディ・ボンド」
やっぱり、こいつか。ブリギット・マクネア。国家安全情報局のエージェントだ。
「貴重なお時間をいただき恐縮です」
「そういうのは結構。要件を聞こう」
彼女が先頭に立って動いたわけだ。それを知って厄介だなと思うと反面、正直なところ面白そうだとも感じていた。この期に及んで彼女の動機が、“ガンコントロールの第一人者が行ったイリーガルな武器の横流しを阻止する”、なんて陳腐なものであるはずがない。
「今回は何を求めてここへ?」
「確証と確信です。ですが、それはもう得られました」
「ん?」
「“パーク”に関わるスタッフは、直接雇用だけで二千。間接雇用がその数倍。来場者数が年に五百万人近くまで伸びてますね」
「ああ。それが?」
パークは近隣の巨大雇用を生み出し生産業・流通業を富ませる大規模商圏ともなっているわけだ。ビジターが年間数百万、スタッフや業者を合わせれば人の出入りは年間数千万人、彼らは動くだけでカネを落とし留まるだけで大量に消費してゆく。そんなゲストや潜在的ゲストたちを呼ぶだけ呼んで満足させないのは阿呆というものだ。喜びとともに帰せば、彼らはまた戻ってくる。新たな客を連れて、より多くのカネを持って。
「この事業の求める利益は何です?」
おう、けっこう鋭いところを突いてきた。
パークは貸借対照表だけを見れば安定経営で大儲けの優良企業に見える。実際、収支は悪くないが、それは地域全体が上がっているせいだ。資本は分散され循環させ続けているために、会社単体では、さほど大きなプラスになっていない。
金銭以外の目的があると踏んだ着眼点は悪くない。さすがに部外者が把握できるほど稚拙な隠蔽ではなかったはずなのだが。趣味で始めた暇潰しの道楽なのが半分、武器流出のカモフラージュが大掛かりになり過ぎた結果なのがもう半分だ。
「地域貢献だよ、もちろん。聖者と呼ばれる身には、偽善を為すのも半ば義務だと思っている」
「ご冗談を」
俺は可能な限り善良そうな笑みを浮かべて答えたのだが、一蹴された。
この女、やはり病的無神経ではないかと思う。他人のことはいえんが。
「商売の本質とは、何か右から左に流し、別の何かを生むこと。先日わたしがそう答え、あなたは肯定された」
「……ああ。覚えているとも」
「あの巨大なパークが仮にビジネスでないなら、地域貢献という言葉も受け入れていたかもしれません」
「考えすぎだ、ミス・ボンド。あれは男のロマンだよ。西部開拓時代のアメリカに生まれたかったという、安っぽい夢を叶えたのさ」
「安っぽいのは、その言い訳ですよ、サー。それと、現代人は、多様性を否定する呼称を使わないものです」
こいつ……。未婚既婚の別を示すミスやミセスではなくミズを使えってことだろうが、知るか。
「この会見の要点だけを教えてもらえないかな。君の知的好奇心のためだけに浪費するには、この老人の時間はそう長くないのでね」
「そう、それです」
なんだ、それって。こちらが無表情で見ていると、ミズ・マクネアは小さく首を傾げた。
「ご存知ありませんでしたか。あなたが、複数の勢力から狙われている件です」