サイモンの憂鬱
闇市の商人として生きてきた経験からいうと、だ。嫌な予感というのは、大概当たるものだ。良いことありそう、なんてインスピレーションは当たった試しもねえのにな。
街への使いを頼んでいたテオが駆けてくるのを見て、俺は密かに天を仰いだ。これは、当たる方のヤツだ。
「サー・サイモン・メじょベーでフ」
「いえてねえよ。そういうのは良いから、用件だけいえ」
「アニキご依頼の荷が、押収されました」
「おい、冗談だろ⁉︎ ミニ14がか⁉︎」
「弾薬もです」
「そりゃまあ、銃を押収すんなら弾薬もだろ。偽装はしたんだけどな」
「目を付けられてたみたいですね」
テオは断りもせずソファーに腰掛け、テーブルの上にあった水差しからカップに中身を注ぐ。もう中年になったというのに青二才のチンピラといった風情がまるで抜けてない。グビグビと飲んだ後で悪びれもせず、御愁傷様と笑いやがった。こいつ、立場上は召使というか下男というか要するに俺の下っ端の部下のはずなんだが、ガキの頃から小間使いをさせていただけあって遠慮も礼儀もない。そんなもん求めてもいないが、それはそれとして問題は銃だ。
「いや、それにしたって無茶だろうよ。あんなもんアメリカならウォルマートでも買える猟銃だろうが」
「アメリカは知りませんが、ふつう小口径自動小銃を猟銃と呼ぶ国はないでしょ。まして、この国はもうガンコントロールが進んでるんだし。つうかアニキ、その最大の推進者だったじゃないですか」
「ったく、メンドくせえな。一気に三丁ってのが目を付けられた原因か?」
「それもそうですが、三十発装填のマガジン二十本てのが拙かったようですね。おまけに5.56x45ミリ弾を二千発ってのでダメ押しです」
「警戒されてるのはわかってたから、あちこちに掴ませといたんだけどなあ」
「それが裏目に出たんじゃないですかね。だいたい“猟銃”って、猟なんてしないじゃないですか」
「バカいえ、若い頃の趣味はキツネ狩りだ」
よく喋るキツネだけどな。簀巻きにされて泣きながら命乞いするタイプの。
「だから、それが拙いんでしょ。アニキが商売畳む前まで何人か行方不明になってたの、当局も把握してますから」
「……ったく、俺もヤキが回ったな。ちょっと前までは戦車まで流してたってのによ」
「半世紀近く前のことを“ちょっと前”っていう辺り、本当にヤキが回ったっぽいね」
ああ、ここまでいわれて腹も立たないのが、いかにも年寄りだ。チンピラだった頃の手下と話していると、あの頃の気持ちや口調に自然と戻ってくるのが、どこか嬉しい。実に、どうしようもなく、救いがたいほどに年寄りだ。
それはそれとして、だ。こうなったら、最後の手段しかないか。あまり、良い手ではないが。
◇ ◇
「爺さん、急で悪いんだけどエルフ相手にダメージ与えられそうな銃と弾薬、これで買えるだけもらえねえかな⁉︎」
案の定、シェーナは現れて早々、息急き切って訴えてくる。
いかにも集めたばかりという感じの金貨銀貨を演台の上に並べて、落ち着きなく状況を説明してきた。ヘスコ防壁で組んだ砦に、千近い敵が攻めてくる可能性があるのだとか。“エルフ”ってのはS Fに出てくるモンスターかなんかだろ。見たこともないが、要は素早く動く腕利きの弓兵みたいなもんらしい。
先陣の到着は、早くて数時間後。逃げるには遅過ぎ、逃げる意思も乗り物も、受け入れてもらえる当てもない。
何がどうしてそうなったかは知らないが、他国の領内で何十何百と殺し続けていれば当然そうなる。彼女の置かれた状況を考えれば、大型リボルバー二丁とカービン銃とショットガンだけで戦える状況が長く続くことなどありえないのだ。22口径のラングラーは籠城戦の役には立たない。スリングショットやコンパウンドボウも気休め程度でしかない。いずれ銃器の数――つまりは力を委譲できる仲間――か連射性能かを上げる必要が出てくるのは目に見えていた。そして、いまの俺には後者を与えることはできないわけだ。残念ながら。
「その前に訊きたいんだがね、シェーナ。君が銃を渡しても良いと思える仲間は、全部で何人いる?」
「もう渡してる相棒がふたり。追加で、信用できて適性もあるのが三人。ちょっと微妙なのが、五人から十人」
「それは信用の問題としてかね?」
「いや、主に適性としてだな。みんな体格が小さめで、性格もおとなしい。試してみなきゃわかんなけど、試してる時間はたぶん、ない」
「なるほど。では、こちらの想定がほぼ正解だったようだ」
用意していたものを、カウンター越しに渡す。それは彼女の足元に現れて、ちょっとした山になった。大きな木製の箱がふたつに、段ボール箱が三つ。シェーナは箱のステンシルを見て、怪訝そうに首を傾げた。
「爺さん、これは?」
「前にも伝えた通り、いまこちらで軍用の銃火器を手に入れることは難しい。せめて数だけでも揃えようと、裏から手を回して用意しておいた。使い古しの、ほぼジャンクだがね。まあ、不要ならそちらで捨ててくれ」
シェーナは木箱を開けて、なかに詰まったハンドガンを手に取った。
「……これ、全部リボルバーか」
「ああ。どれも古い公用拳銃だ。スミス&ウェッソンのM27とM28、コルトのロゥマンとトルーパー。ルゥガーのセキュリティシックスとサービスシックス。状態は、見た目ほど悪くない」
元は警官が使っていただけに、表面の傷や摩耗がひどい。表面が擦れてエッジが丸くなり、何丁かは表面処理が剥がれて鉄の下地が見えている。銃身内施条も磨り減っているだろうが、それを気にするような使い方はするまい。発射機能に問題がないことは確認して、整備も済ませてある。
「助かる。使えれば、何でも良いよ」
「それは結構。弾薬は357を千発に、38スペシャルのデッドストックを二千発、確保した。まとめて二千ドルにしておこう。受け取っていた金貨銀貨で賄えたので、追加は不要だ」
「いや、ある分は渡しとくよ。あたしが持ってても使い道がないし。後で何か、大勢が乗れるような車を頼むことになるかもしれないしさ」
なるほど。仲間が増えたのは良いが、それを連れて逃げるとなると、かなりの手間暇と労力が必要になる。
「ありがとうな、爺さん。これからも頼む。必ず儲けさせてやるからな」
「シェーナ」
気が急いているであろう彼女に、これだけは伝えておく。
前のクライアントもどうかとは思ったが、彼女は彼女で、見ていてどうにも危うい。
「君は、まず自分自身が生き延びることを考えるべきだよ。君自身のためだけでなく、周りの仲間のためにもだ」