快晴の夜
この声、この後ろ姿。私は見たことがある。次の瞬間、マスターがくるっと振り向いて目が合った。
「あ…。」
同時に同じ言葉が出た。マスターと…いや、大学生の時に付き合っていた晴空だ。なんで、こんな偶然が。私と彼の沈黙に3人は何が何だかわかっていない様子だった。
「えっと。楓?そらさん?とは、知り合いなの?」
美涼の声ではっとなり、我に返った。
「うん。晴空とは、大学の時のトモダチだよ。しばらく、連絡とってなくってこんな所であったからびっくりしちゃったよ。」
ここで大学の時の元カレですなんて言えない。今私の顔は、ちゃんとしているだろうか。いつものように、にこやかな顔をしているだろうか。精一杯、思い出が表に出ないように平常心を保とうとしていた。
「そうよね。楓とは、大学同じでトモダチだったのよぉ。あの頃は私もちゃんと男の子だったから、こんな喋り方じゃなかったのよぉ。今は、口調が変わっちゃってるけどね。」
「マスターと楓がまさか友だちだったとはね。俺ら今までここに通ってたけど、一切気がつかなかったよ。これって感動の再会ってやつ?」
違うよ。竹内。こんなの感動の再会なんかじゃない。そんな、素敵な感じじゃない。もう帰りたい。ここから出ていきたい。喉が締まり始め目が熱くなり始めた。これは、やばい。みんなの空気を壊してしまう。でも、楽しくなんてできない。葛藤していると。
「あ、忘れてた。僕、今日宅急便が家に届くんだった。帰らないといけないや。ごめん、ここまで来たのに今日の食事パス。あと、ついでに楓ちゃんも帰らないといけないとか昼に言ってたから一緒に帰ろうか。じゃ、そういうことで。マスター、また来るね。早いけど、みんなおやすみ。また、月曜日仕事で。」
瀬戸さんに腕を掴まれ店を出た。その時の、美涼や竹内の顔は覚えていない。次の瞬間、今まで堪えていた涙がこぼれ止まらない。無理だ、この涙は過去の思い出と瀬戸さんの優しさが混じってる。しばらく進み、人通りが少なくなったところで立ち止まり瀬戸さんは私の腕を離し振り向いた。
「ごめん。強く掴みすぎたかな。辛そうだと思って、僕が見ていれなくなって勝手に行動してしまった。大丈夫?ごめんね。」
今の私には瀬戸さんのこの優しい声と言葉は心にくる。
「大丈夫。驚かせてごめんなさい。宅急便家に届くのに、帰らなくて大丈夫なの?」
私は、止まらない涙を必死に拭き答えた。
「大丈夫だよ。あんなの、ただお店から出るための口実に思いついただけだよ。今は人のことを気にしなくていいんだよ。泣きたい時には、泣けばいいんだよ。」
慰めるように私の頭をなぜてくれている。瀬戸さんの馬鹿。こんな事されたら、泣くのをやめたくってもやめれない。10分くらいたっただろうか。やっと、泣き止むことができた。泣いている間中ずっとそばにいてなぜてくれていた。その手は本当に暖かく、弱った心を包んでくれた。
「ありがとう。もう、本当に大丈夫。」
「理由はよくわからないけど、涙が止まってよかったよ。明日暇?良かったら、出かけたりしない?無理だったらいいんだよ。急に言われても困るのは、当たり前だし。」
いつも冷静なのに、おどおどしている。それが面白く、笑ってしまった。
「大丈夫だよ。明日、土曜日だし暇だよ。家にいても、何もしないだろうし。」
「笑ってくれてよかった。なんで笑われたか分からないんだけどね。なら、11時に大学の最寄り駅に。これ、連絡先。一応、電話番号書いてある。LINEのIDと。とりあえず、今日は遅いし送っていくよ。」
そのまま結局、家の近くまで送ってもらい別れた。家に入ってからの記憶は全くない。でも、ちゃんと瀬戸さんの連絡先を追加して目覚ましをセットしたことは覚えている。
そのまま私は深い眠りについた。
きっと、あの店に行ったのも夢なんだ。夢じゃなきゃ、あんな綺麗な三日月を見れるわけがない。