八話 能力
「早速だけど、武道館に行きましょう」
藤堂先輩について行くと、そこはかなりの広さを誇る武道館だった。
「広いですね…」
天井も高く、観客席はざっと見積もっても千人程度なら入るだろうか。
さすがは名門紫炎学園。
「じゃあ舞台も整えてあげた事だから、全見せたげて」
「了解しました」
全先輩は、十数メートル離れた円形の的を見据えるといつの間にか腰に差していた木刀の柄に手をかける。
居合だ。
「抜刀閃光の太刀」
その場から先輩が消える。
藤堂先輩が指を指してきたのでそちらを見てみると、的が吹っ飛ばされている。その前には消えた全先輩。
「どういう…手品ですか?」
「あぁ、僕の能力。『抜刀強化』だよ。鞘から抜き出した刃物にあらゆる性能、属性を付与する。デメリットは鞘に入れないと使えない事だけどね」
それってかなり強い部類に入ると思うのに。
何故全先輩は落ちこぼれの五組なんだ?
「一般人としての才能が高すぎた…と言えば分かるかしら?」
…つまりは、卓越した剣の才能が、ここでのカーストに悪影響を及ぼしてるってことか。
特区内にいる能力者の中にも、一般社会の方が活躍の場が多い人間がいる。
全先輩もその部類に入ってるのだろう。
「僕はこっちの方が面白いからここに残るけどね。みんなといると楽しいし」
「…さてさて、風切ちゃんの能力は既に把握しているかしら?」
「ええ。『空間転移』でしたよね。名前からして何となく把握はできます」
「そうね…じゃあ今日はお開きにしましょう。今日はあまり行かない方がいい気がする」
…一刻も早くアイツを救う事にしたいのだが、何か嫌な予感がしてならない。
「今日は事務所に泊まっていきなさいな。早朝六時から作戦開始するわよ」
…その後、藤堂先輩に作ってもらった炒飯を平らげ、指定された部屋に戻る。
ワンルームと洗面所とトイレのみの簡易的な部屋。
一応、机とかテレビとかは最低限置いてあるようだ。
「…借りたら家賃いくらだよ…これ」
俺達生徒は通常寮に暮らすが、それよりも殺伐とする程に何も無い。
ここに来る前は、死に物狂いで穂乃香と自分の食費やら何やらをやりくりしていたことを思い出した。
……余計なことは考えるな。アイツは死なない。
冷静になれ、平静を保て…
***
穂乃香の身に危険が迫っていたのは何も今回が初めてではない。
数える程度で今回が二、三回目だろうか。
あの部屋での記憶が完結した後、所々の記憶は抜け落ちている。若しかしたらそれ以上にあったのかもしれない。
月明かりが差し込む部屋の中で、ブツブツと何かを呟く。
何を言っているのかは分からない。頭にあるのは穂乃香のみ。
ある意味これを人は依存とでも言うのだろうか。
やはり人は何かに縛られて生きる。
真の自由などは理想論で、現実はかけ離れていること。少年は理解するのが早すぎた。
でもなんだろう。俺が感じるこの感情は…アイツのじゃない、血煙に対するものでもない、だとしたら…?
「入るよ〜佐倉君」
ドアをノックして谷口が入ってきた。
「ってどうしたの!?」
ブツブツと何かを呟く彼を肩を叩いて揺さぶる。
「ねぇ? ねぇ!」
ついさっきまで元気だった彼を間近で見ていた谷口がとりあえず藤堂に連絡を取ろうとすると佐倉が谷口に言った。
「……いです」
「えっ?」
「俺は血煙遼太に命を奪われるのが怖いです」