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乙女回路

「あー、ひどい目に遭った」


「……あんた、もうちょっと慎重にならないと、そのうち本気で死ぬわよ」


「おう、肝に銘じとく」


 再びえっちらおっちらと山道を登り始めた私とウィル。

 ちなみにウィルの体にべっとりついたべとべとのトカゲ唾液は、マグマ石を使って沸かしたお湯で、どうにか洗い流した。


 服は替えのものに着替えさせた。

 けど私に何の気兼ねもなく服を脱ぎ始めたのには、不意にドキッとさせられた。


 こいつ絶対、私のこと女だと思ってないよな……。


「けどリッカ、さっき出血大サービスって言ってたけど、予算のほう大丈夫か? 消耗品の値段分払うか?」


 そして気にしてくるのは、こんなことばっかりだ。

 違う、そこじゃないと突っ込みたい気持ちを押さえて、言葉を返す。


「いいわよ別に。あんただってそんなに金持ちってわけじゃないでしょ。それにこのぐらいの出費、アカイロオオトカゲから取れた素材で十分に元が取れるわ。むしろ濡れ手にあわってぐらいよ」


「えー、じゃあ出血大サービスじゃないだろ」


「まぁね、言葉の綾よ」


 モンスターの体はたいてい、様々な部位が錬金術の素材になる。

 皮膚や内臓、肉はもちろんのこと、場合によっては血液や唾液といった体液なども役に立つ。


 つまりは、モンスターを一体倒せば、それは錬金術師にとって宝の山というわけだ。

 多少の大盤振る舞いをしても、滅多に損にはならない。


「でもマグマ石の分はきっちり請求するからね。あんたが先走らなければ、払わずに済んだ出費なんだから」


「うっ……はい」


 マグマ石は、握りこぶしより少し小さいぐらいの石で、水に入れると発熱して、数分ほどで桶いっぱいの水をお湯にしてしまう効果がある。


 材料はありふれていて、作るのも短時間でまとめてたくさん作れる、さらには保存も利くとあって、うちの工房アトリエでも大量生産して廉価で販売しているアイテムだ。


 具体的には、バターをたっぷり使った高級白パン一個と同じぐらいの値段。

 愚行の代償として支払うには安すぎるぐらいだけど、まあいいかっていう。


 ──さて、そんなこんな話しながら山道を歩いていると、やがて太陽が真上にのぼる頃になった。

 お昼である。


 それからさらにしばらく歩いていくと、具合よく平地になって、草木もいい感じにはけた場所を見つけた。


「よし、この辺でお昼にしましょうか」


 私はウィルにお昼休憩を提案する。

 そして、彼に降ろさせた荷物を漁って、必要物を取り出した。


 折り畳み式の敷物に、お茶を淹れた水筒とコップを二つ、それとお弁当箱を二つ。

 私は、自らおの手製のお弁当を一つ、ウィルに手渡す。


「はい、これあんたの分のお弁当」


「お、サンキュー。……にしても、ほとんどピクニックだな」


「いいじゃない。旅は快適に越したことはないわ」


 私はお茶をコップに入れて、うち一つをウィルに渡す。

 そして二人で敷物の上に腰を下ろすと、その場でお弁当を広げた。


「いただきます」


「いただきます。……もぐもぐ。ん、やっぱリッカの弁当はうまいな」


「私が作ってるんだから当たり前でしょ。……うん、確かにいい味ね。さすが私」


 ウィルと並んで、一緒にお弁当を食べるこの時間は、結構悪くない。

 ファムちゃんをダシに使っている気がしてちょっぴり心が痛んだけど、図々しさが武器の私がいまさらそんなこと気にしてもなぁと思って、心の片隅に追いやった。



 ***



 昼食を終えると、再び山登りを開始する。

 ぽかぽかとした麗らかな陽気は、まさにピクニック日和だ。


「んっ……いい天気だな。これで荷物が重くなければ最高なんだが」


「あんたねぇ、そうやって愚痴ばっか言ってると、女の子にモテないわよ」


 我が愚かな幼馴染に、そう忠告してやる。

 うん、私は許容できるけど、普通の子だったら今ので幻滅だよね。


 ……いや、こいつにモテてもらっても、私としては困るんだけど。


 でも悪いところは直してほしいみたいなジレンマ?

 やだ、私ってば可愛い、乙女チック♪


 なんて思っていたら、私の後ろを歩くウィルから、度肝を抜かれるような発言が飛んできた。


「でも俺この間、村のサリィから告白されたぞ」


「……へ? 嘘、マジで?」


 私は思わず、山道を登る足を止めてしまった。

 そして振り向いて、つかつかとウィルに詰め寄る。


「サリィって、あのサリィ? 銀髪で、ふわふわで、私やファムちゃんと村一番の美少女の座を争っているって噂の、あのサリィ?」


「お、おう。いろいろ言いたいことはあるが、多分そのサリィだな」


「で、どうしたのよあんた、それ」


「どうしたって?」


「いや、返事よ返事。告白されたんでしょ、なんて答えたのよ」


「ああ、それな。断ったよ。気持ちは嬉しいけど、ごめんって」


 露骨にホッとした。

 でもそれはそれで、釈然としない。


「どうして断ったのよ。いい子だし、美人だし、言うことなしじゃない」


 これを聞いたとき、私は一つの答えを期待していたのかもしれない。

 でも我が幼馴染の返答は、私の予想を斜め上からぶった切るものだった。


「いやだって、まだ剣士として一人前にもなってないのに、女にうつつを抜かしていられないだろ?」


 そう、ドヤ顔で言うウィルであった。

 私はその姿を見て、がっくりと肩を落とした。


 これはあれだ、そう言うストイックな自分に酔っちゃってる感じだ。

 サリィもこんなのに断られたとあっちゃ、浮かばれまい。


「……ちなみに、それでサリィは何か言ってた?」


「あー、それが分からないんだよな。『やっぱり』とか『お似合いですわ』とか、わけ分からんこと言ってたぞ」


「ふ、ふーん……」


 ……ふぅ。

 ドキドキしたけど、どうやら私の知らないうちに一難去っていたようだ。


 けどそうか、迂闊だった。

 ウィルって中身はわりとぽんこつでへっぽこだけど、見た目はいいからモテなくはないのか。

 これはちょっと焦るな。


 ドヤ顔で女にうつつを、とか寝言言っているうちは大丈夫だろうし、サリィが弾かれたんなら、村にそれ以上の勢力はまずいないだろうけど。

 でも、こいつが一人前の剣士になるまでには、どうにかしないとまずい。


 どうにか──


 どうにかする?

 どうにかって、どうするの?


 私は目の前の幼馴染の顔を、まじまじと見上げる。

 なんか一緒にいると安心できる、へっぽこイケメンの姿がそこにあった。


 ──そしてふと、魔が差した。


 ……こいつ、私がいきなりキスとかしたら、どんな顔するんだろう。

 私が見たことのない顔、見せてくれるのかな。


 ごくりと唾をのむ。

 妄想が私の頭を支配して、ぼーっとしてくる。


 私は半ば無意識に、幼馴染の背中へと腕を回そうとし──


「……? それよりリッカ、早く行こうぜ。あんまりのんびりしてると、日が暮れちまう」


「お、おう、そうね。まったくその通りだわ」


 びくっと、伸ばそうとしていた腕を引っ込めた。


 いかんいかん、どこかにトリップしそうになってた。

 いま私、何しようとしてた……?


 頭をぶんぶんと振る。

 とりあえず今は、ファムちゃんを助けることを最優先に考えないとだ。



 ***



 麗らかな陽気の下、またえっちらおっちらと山道を歩いていると、第二の目的地が見えてきた。

 山の中腹ほどに、ぽっかりと開いた洞窟である。


「この奥に赤銅鉱石があるはずだけど……」


 私は洞窟の入り口脇に立って、ひょっこり奥を覗いてみる。


 赤土の壁が掘り進められた天然の洞窟は、私が背伸びをして手を伸ばしたら届くぐらいの天井の高さと、それと同じぐらいの道幅を持っていた。


 結構奥が深いようで、先に進むにつれて外の光が届かず真っ暗になってゆくため、入り口付近の様子しか見えない。


「お、この洞窟の中に入るのか?」


「わひゃっ!」


 ──と、背後からウィルが、私の両肩に手を置いて、一緒に奥を覗き込んできた。

 私はびくっと、体を跳ね上がらせてしまう。


「あっ、ちょっ、あんた……! いきなり背後取らないでよ! びっくりするでしょ!」


「……ん? お、おお、悪い。でも何をいまさら。子どもの頃からよくやってただろこんなポーズ」


「いや、それは、そうだけど……。とりあえず荷物降ろしてよ。光輝石こうきせき出すから」


「オーライ」


 私はウィルが降ろした荷物の中を漁り、そこから握りこぶし大の石を一個と、小さなハンマーを取り出す。

 そしてハンマーで、その黒青色の石を叩いた。


 石はパキィンという音を立てて真っ二つに割れ、その断面から徐々に光を発し始めた。

 私はそのうち一個を自分の手に持ち、もう一個をウィルに渡す。


「ウィル、前出てもらえる?」


「おう、俺が前衛な。でも懐かしいな、洞窟探索。子どもの頃は、よくやってたよな」


 そう言ってウィルが私の前に立って、剣を抜き、洞窟の奥へと無造作に進んでゆく。

 私は慌てて、その後をついてゆく。


「ちょっ、ちょっと……! 気をつけてよ。危険な生き物とかいるかもしれないんだから」


「任せろって。──でもリッカって、普段強気のくせにこういうとき弱気になるの、やっぱ女子なんだなぁって思うわ」


「ちょっとそれどういう意味よ! 普段の私が女子っぽくないって言ってるように聞こえるんだけど!? あと弱気じゃなくて慎重。それにあんた、さっきそうやって調子に乗って痛い目見たばっかりでしょうが。ホント気をつけなさいよ」


「分かった分かった、気を付けるよ」


「その言い方、絶対分かってないし……」


 私たちは、それぞれが手に持った光輝石が発する光で、進むにつれて暗くなってゆく洞窟を照らしながら進んでゆく。


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