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「その軍人様がどうして、ここにいるの?」
「これは、わざわざのお出まし。申し訳ありません。大司教」
カイは、レイティアの前で優雅にお辞儀をした。
――この男。
無駄のない所作と、質の高い微笑。
テオより軍人らしい装いだが、所作が優雅な分、育ちが良いことはユリアーナでも分かる。……が、レイティアは例外だった。
「一応自己紹介しておこうか。僕の名前はレイティア=キャライ。よろしくね。お兄さん」
「おにい……?」
目の下をぴくぴく痙攣させたカイだったが、レイティアはさっさと話を進めている。
「それで、貴方は、僕らを迎えに来たわけ?」
「そうです。……何しろ、我が国には、テオという頭の悪い男がいまして」
「じゃあ、僕達というより、彼を待っていたんだね?」
「大司教様のもとに行ったと耳にしたものですから。……失礼はなかったでしょうか?」
――失礼を通り越して、彼の仕業で車が二台破損しました。
……そんな悲劇的な真実を、答えて良いものか。
しかし、レイティアは迷わない。さらっと答えた。
「失礼なんてないよ。彼は僕の師匠だ。色々と教えてもらった」
「…………色々と?」
満面の笑みのレイティアは、怪訝なカイを無視して、彼の横を通り過ぎた。
「……ところで、偉い……感じがするね。お兄さん」
「何のことでしょう?」
謙遜なのか、恥らったのか、顔をそむけたカイだが、ハンスがレイティアに耳打ちした。
「大司教。カイ騎兵隊長は優秀な御方だそうですよ。騎兵隊長と名乗っていらっしゃいますが、実は体の弱い父君に代わり、宰相も兼ねていらっしゃるのだとか?」
「宰相……とは」
レイティアの声が大きいので、何を話しているのか丸分かりなのが痛かった。
「宰相ねえ」
レイティアは呟いたまま、後ろに手を組み、引退後の老人のように、老成した表情で熟考している。ここ数日、この男と共にいたユリアーナには分かっていた。
そんな真面目くさった顔をしたところで、この男は結局何も考えていないのだ。
――宰相って何? 食べられるの? ……そういうところだろう。
しかし、レイティアの何を考えているのかさっぱり分からない姿勢は、カイを追い込んだようだった。
「レイティア大司教。申し訳ありません。通常であれば、陛下もいらっしゃったのですが」
何も誰も指摘していないのに、ぺらぺらと語り始めた。
――なるほど。国王自ら迎えに来るほど、セレスティン国内で大司教は偉いらしい。
入国してみないと、知らないことは沢山あるものだ。
アッシュバルムにも、大司教は存在しているが、さすがに国王が出迎えるほどではない。
手厚いもてなしは、やはりセレスティンには聖地があるせいなのだろうか?
「陛下はその……。今日はお体の具合が宜しくないということで。妃殿下も流行り病を患っておりまして、大司教の叙階式典の方は、少し延びてしまいますが、宜しいでしょうか?」
「……ふーん。そう。それは残念だな」
(……残念だと?)
ユリアーナは、体を震わせた。こんなに幸運なことはない。
その間に、徹底的に勉強すれば、レイティアも少しはまともになるかもしれない。
しかし、レイティアにとって残念だったのは、式典のことではなかったらしい。
「僕、妃殿下に会いたかったんだよね」
「えっ?」
カイもハンスも、そしてユリアーナも呆然とした。
「フローラ様に、ご面識があるのですね……」
カイが驚いた様子で呟く。
(……フローラ?)
セレスティンの王がオーネリアから妃を迎えたことは知っていたが、その名前までは、ユリアーナは把握していなかった。
「どうして、妃殿下と?」
至極真面目なユリアーナの問いかけに、しかしレイティアはおちゃらけて答えた。
「うん。彼女が生国のオーネリアにいた頃、ちょっとだけ会ったことがあってね」
もしも、レイティアが本当に大司教であれば、妃に面識があることは不思議ではない。
ローレアン直属の司教ともなれば、他国に出向いて布教活動する機会もあるだろう。
しかし、レイティアはアッシュバルムの小さな町の司祭だ。そんな重要人物と伝手があること自体、おかしい。ハンスも驚愕したらしく、頤に手をやり考え込んでしまった。
「そうですか。妃殿下がお元気になられましたら、私が責任を持ってお伝え致しましょう」
「そうだね。頼むよ。カイ君」
「……カイ……くん?」
カイは明らかに、レイティアより年上だ。
(年上で偉い人に「君」づけしちゃって、どうすんのよ?)
ユリアーナが空気を読めと、袖をひいてもレイティアは涼しい顔で、ユリアーナを見つめ返すばかりだった。多分、事の重大さを認識などしていないのだ。
「ともかく、中へ入りましょう。レイティア大司教」
明らかな怒りを笑顔で隠すと、カイはレイティアを聖堂内に導こうと前を歩き出した。
――その時だった。
聖堂の両開きの扉を凄まじい音で開け放ち、こちらへ飛び出してきた男がいた。
「おいっ!!」
――テオだった。
「ふざけんなっ! カイ!!」
怒声を張り上げたと思ったら、次の瞬間には、カイの胸倉を掴んで殴りつけていた。
「……つっ!」
テオはカイに起き上がる隙を与えず、拳を振い続ける。
「てっめえ。何しでかしてんだっ! このクソバカがっ! 俺はアレを外で連れ回すのは無理があるって再三言ってただろう。鎖でもつけて、見張っておけってあれほど……!」
「……テオ=ルクセンハイム。いくら、私とお前が腐れ縁だからとはいえ……」
一方的に殴られていたカイがテオの腕から逃れ、唇の血を拭いながら、暗い顔を上げた。
「客人の前で、何てことをするんだ。大バカ野郎がっ!!」
立ち上がる勢いを利用して、カイはテオの顎に見事な頭突きをした。その後は、お互い聞き取れない罵詈雑言の嵐で、取っ組み合い殴り合いの喧嘩が始まってしまった。
(なかなか情熱的な……)
今までユリアーナがカイに感じていた冷たい印象が一気に飛んでしまった。
大司教に向かって、怒鳴るなとユリアーナに一喝していた男は、一体どこに行ってしまったのだろうか。そして、ここまで大騒ぎになってしまっているのに、セレスティンの野次馬たちは二人を止めるどころか、歓声をあげ、二人を焚き付けるのだった。
二人の顔はすでにどの国民にも割れていて、その喧嘩もセレスティン名物のようだった。
「…………男の世界だねえ。そう思わないかい? ハンス君?」
「……ですね。久々に見ました。いい大人の取っ組み合いの喧嘩」
「なに、二人でほんわかしちゃってるんですか! 止めないと、聖堂に行く人には邪魔です」
しかし、喧嘩中の二人は、外部の声を一切遮断しているわけではなかったらしい。
のっそり、こちらにやって来たカイは、血塗れになりながら、ユリアーナを揺さぶった。
「……邪魔とは何だっ!?」
「ひいいっ。すいません」
ユリアーナは訳が分からないながらに、人生で一番、必死に謝った。
そのカイを引きはがし、殴り飛ばしたテオがぼこぼこの顔でユリアーナに顔を寄せた。
「俺だってな。好きこのんで、こんなことやっているわけじゃねえんだよ。シスター。こいつが分からず屋だから、こんなことになるんだ?」
「はい。おっしゃる……とおりです」
人形のようにがくがくうなずくユリアーナだったが、そんなテオを再びカイが引っ張って、地面に転がして踏みつける作業に入った。
(……もう、二人とも死んじゃうんじゃない?)
とてもじゃないが、こんな痛々しい立ち回りを長時間見ていられない。
ユリアーナは口元を押さえて、背中を向けた。
「すいません。私、お手洗いに行ってきます」
それは、誰も何も文句をつけられない、最強の席の外し方だった。




