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終末の聖書~バイブル~  作者: 丹羽 史京賀(元・森戸玲有)
第2章 セレスティンの変人たち
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2

「その軍人様がどうして、ここにいるの?」

「これは、わざわざのお出まし。申し訳ありません。大司教」


 カイは、レイティアの前で優雅にお辞儀をした。

 ――この男。

 無駄のない所作と、質の高い微笑。

 テオより軍人らしい装いだが、所作が優雅な分、育ちが良いことはユリアーナでも分かる。……が、レイティアは例外だった。


「一応自己紹介しておこうか。僕の名前はレイティア=キャライ。よろしくね。お兄さん」

「おにい……?」


 目の下をぴくぴく痙攣させたカイだったが、レイティアはさっさと話を進めている。


「それで、貴方は、僕らを迎えに来たわけ?」

「そうです。……何しろ、我が国には、テオという頭の悪い男がいまして」

「じゃあ、僕達というより、彼を待っていたんだね?」

「大司教様のもとに行ったと耳にしたものですから。……失礼はなかったでしょうか?」


 ――失礼を通り越して、彼の仕業で車が二台破損しました。

 ……そんな悲劇的な真実を、答えて良いものか。

 しかし、レイティアは迷わない。さらっと答えた。


「失礼なんてないよ。彼は僕の師匠だ。色々と教えてもらった」

「…………色々と?」


 満面の笑みのレイティアは、怪訝なカイを無視して、彼の横を通り過ぎた。


「……ところで、偉い……感じがするね。お兄さん」

「何のことでしょう?」


 謙遜なのか、恥らったのか、顔をそむけたカイだが、ハンスがレイティアに耳打ちした。


「大司教。カイ騎兵隊長は優秀な御方だそうですよ。騎兵隊長と名乗っていらっしゃいますが、実は体の弱い父君に代わり、宰相も兼ねていらっしゃるのだとか?」

「宰相……とは」


 レイティアの声が大きいので、何を話しているのか丸分かりなのが痛かった。


「宰相ねえ」


 レイティアは呟いたまま、後ろに手を組み、引退後の老人のように、老成した表情で熟考している。ここ数日、この男と共にいたユリアーナには分かっていた。

 そんな真面目くさった顔をしたところで、この男は結局何も考えていないのだ。

 ――宰相って何? 食べられるの? ……そういうところだろう。

 しかし、レイティアの何を考えているのかさっぱり分からない姿勢は、カイを追い込んだようだった。


「レイティア大司教。申し訳ありません。通常であれば、陛下もいらっしゃったのですが」


 何も誰も指摘していないのに、ぺらぺらと語り始めた。

 ――なるほど。国王自ら迎えに来るほど、セレスティン国内で大司教は偉いらしい。

 入国してみないと、知らないことは沢山あるものだ。

 アッシュバルムにも、大司教は存在しているが、さすがに国王が出迎えるほどではない。

 手厚いもてなしは、やはりセレスティンには聖地があるせいなのだろうか?


「陛下はその……。今日はお体の具合が宜しくないということで。妃殿下も流行り病を患っておりまして、大司教の叙階式典の方は、少し延びてしまいますが、宜しいでしょうか?」

「……ふーん。そう。それは残念だな」


(……残念だと?)


 ユリアーナは、体を震わせた。こんなに幸運なことはない。

 その間に、徹底的に勉強すれば、レイティアも少しはまともになるかもしれない。

 しかし、レイティアにとって残念だったのは、式典のことではなかったらしい。


「僕、妃殿下に会いたかったんだよね」

「えっ?」


 カイもハンスも、そしてユリアーナも呆然とした。


「フローラ様に、ご面識があるのですね……」


 カイが驚いた様子で呟く。


(……フローラ?)


 セレスティンの王がオーネリアから妃を迎えたことは知っていたが、その名前までは、ユリアーナは把握していなかった。


「どうして、妃殿下と?」


 至極真面目なユリアーナの問いかけに、しかしレイティアはおちゃらけて答えた。


「うん。彼女が生国のオーネリアにいた頃、ちょっとだけ会ったことがあってね」


 もしも、レイティアが本当に大司教であれば、妃に面識があることは不思議ではない。

 ローレアン直属の司教ともなれば、他国に出向いて布教活動する機会もあるだろう。

 しかし、レイティアはアッシュバルムの小さな町の司祭だ。そんな重要人物と伝手があること自体、おかしい。ハンスも驚愕したらしく、頤に手をやり考え込んでしまった。


「そうですか。妃殿下がお元気になられましたら、私が責任を持ってお伝え致しましょう」

「そうだね。頼むよ。カイ君」

「……カイ……くん?」


 カイは明らかに、レイティアより年上だ。


(年上で偉い人に「君」づけしちゃって、どうすんのよ?)


 ユリアーナが空気を読めと、袖をひいてもレイティアは涼しい顔で、ユリアーナを見つめ返すばかりだった。多分、事の重大さを認識などしていないのだ。


「ともかく、中へ入りましょう。レイティア大司教」


 明らかな怒りを笑顔で隠すと、カイはレイティアを聖堂内に導こうと前を歩き出した。


 ――その時だった。


 聖堂の両開きの扉を凄まじい音で開け放ち、こちらへ飛び出してきた男がいた。


「おいっ!!」


 ――テオだった。


「ふざけんなっ! カイ!!」


 怒声を張り上げたと思ったら、次の瞬間には、カイの胸倉を掴んで殴りつけていた。


「……つっ!」


 テオはカイに起き上がる隙を与えず、拳を振い続ける。


「てっめえ。何しでかしてんだっ! このクソバカがっ! 俺はアレを外で連れ回すのは無理があるって再三言ってただろう。鎖でもつけて、見張っておけってあれほど……!」

「……テオ=ルクセンハイム。いくら、私とお前が腐れ縁だからとはいえ……」


 一方的に殴られていたカイがテオの腕から逃れ、唇の血を拭いながら、暗い顔を上げた。


「客人の前で、何てことをするんだ。大バカ野郎がっ!!」


 立ち上がる勢いを利用して、カイはテオの顎に見事な頭突きをした。その後は、お互い聞き取れない罵詈雑言の嵐で、取っ組み合い殴り合いの喧嘩が始まってしまった。


(なかなか情熱的な……)


 今までユリアーナがカイに感じていた冷たい印象が一気に飛んでしまった。

 大司教に向かって、怒鳴るなとユリアーナに一喝していた男は、一体どこに行ってしまったのだろうか。そして、ここまで大騒ぎになってしまっているのに、セレスティンの野次馬たちは二人を止めるどころか、歓声をあげ、二人を焚き付けるのだった。

 二人の顔はすでにどの国民にも割れていて、その喧嘩もセレスティン名物のようだった。


「…………男の世界だねえ。そう思わないかい? ハンス君?」

「……ですね。久々に見ました。いい大人の取っ組み合いの喧嘩」

「なに、二人でほんわかしちゃってるんですか! 止めないと、聖堂に行く人には邪魔です」


 しかし、喧嘩中の二人は、外部の声を一切遮断しているわけではなかったらしい。

 のっそり、こちらにやって来たカイは、血塗れになりながら、ユリアーナを揺さぶった。


「……邪魔とは何だっ!?」

「ひいいっ。すいません」


 ユリアーナは訳が分からないながらに、人生で一番、必死に謝った。

 そのカイを引きはがし、殴り飛ばしたテオがぼこぼこの顔でユリアーナに顔を寄せた。


「俺だってな。好きこのんで、こんなことやっているわけじゃねえんだよ。シスター。こいつが分からず屋だから、こんなことになるんだ?」

「はい。おっしゃる……とおりです」


 人形のようにがくがくうなずくユリアーナだったが、そんなテオを再びカイが引っ張って、地面に転がして踏みつける作業に入った。


(……もう、二人とも死んじゃうんじゃない?)


 とてもじゃないが、こんな痛々しい立ち回りを長時間見ていられない。

 ユリアーナは口元を押さえて、背中を向けた。


「すいません。私、お手洗いに行ってきます」


 それは、誰も何も文句をつけられない、最強の席の外し方だった。


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