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終末の聖書~バイブル~  作者: 森戸玲有
第1章 人生最凶の出会い
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4

「な、何!?」


 ユリアーナはレイティア側の窓に頭をぶつけた。

 今までのように、悪路を走っているせいではなかった。


 ――耳を劈く爆音。


 危なっかしいブレーキ音が響き渡り、ユリアーナの危機感をいやがうえにも煽った。


「一体、何が起こって……」

「分かりません!」


 ハンスが懸命に、ハンドルを切っている。それは何事かを避けているように感じられた。

 まるで……。


「砲弾……?」


 確信が持てなかったのは、ユリアーナが前線を経験したことがなかったからだ。都市部まで戦火が広がることはなかったし、仕事はあくまで備品の補給。事務作業だった。

 ユリアーナは中腰になって、運転席に身を乗り出した。

 運転席からでも前方の砂煙で、外がまったく見えなかった。


「まさか……?」 


 とっくに、何もかも、ばれていたのではないだろうか?

 オーネリアには、分かっていたのだ。こんな幼稚な作戦。ばれないはずがない。


(……それとも、陽動?)


 最初から、本隊は他にいてユリアーナは影武者にすぎなかったのか?


(有り得るわ。だって、私の相棒はコレだし)


 レイティアは、ユリアーナに必死の形相で掴まっていた。

 彼が七面鳥を手放さないのは、食べ物に対する執念の為せる業なのだろうか?


(私、死ぬの?)


 ――こんな怪しげな青年と一緒に、こんな所で?

 絞首台に連行される前に、爆死というオチはさすがに想定外だった。


「でも、まだ国境沿い。希望を持ちましょう。こんな簡単に発覚するはずないんですから!」


 ハンスが必死になって、叫んだ。しかし、それは願望だ。現に狙われているではないか?

 攻撃しているのがオーネリアであれば、合点がいく。

 セレスティンに入る前に、余計な間者を始末するためだ。


「よりにもよって、この車じゃ、速さも出ないし、死ぬ運命にあるようなものよね……」

「ユリアーナ嬢。知らないのですか? 最近「エレリオーサ」を使った車でも、速度が出るようになったんですよ。この車も、そこそこ速いじゃないですか。「エレリオーサ」は現在研究中で、これから益々、有効な使い道が発見されそうな夢の鉱石なんですよ」

「そうだったんですか。……って、今はそんなこと、どうでもいいんですけど」

「ちょっと! ああっ! ハンスさん。前見て、前見て!」


 レイティアが錯乱状態で叫んだ。

 砂煙がようやく晴れて、視界が良くなったのは幸いだったが、巨大な岩が迫っていた。


「ブレーキ! ブレーキ!!」


 ユリアーナが悲鳴のような叫声を轟かせた瞬間、車は岩にぶつかる寸前で見事に避けた。

 ……まったく、生きた心地がしないが、……でも、一応は。


「助……かった……の?」


 額の汗を拭って、ユリアーナは天を仰いだ。

 ――現実とは思えない恐怖だった。

 もう嫌だ。帰る場所もなかったけど、ユリアーナは帰りたかった。


「天に坐します。我らが主よ。感謝いたします」


 ハンスが十字を切って、祈りを捧げる。よほどこちらの男の方が神父然していた。


(それにひきかえ……)


 レイティアは、とっくに失神していた。


(コイツ……)


 頼りにならないどころか、邪魔にすら思えてきた。


「ユリアーナ嬢。砲弾……やんだみたいですね?」

「ええ。そう……みたいですね」


 ハンスに指摘されて、ようやく周りが見えてきた。

 青紫の空と薄闇に取り残された大地は、寒さと共に静けさを運んでくる。

 あれだけ凄まじい数の弾を撃ってきたのだ。襲撃相手も、ユリアーナ達が死んだと思いこんだに違いない。


(……だったら、いいんだけど)


 窓を全開して、外をうかがった。

 後列に続いていた車の姿は、とっくに見えなくなっていた。無事ならば良いと思うが、こればかりは想像もつかない。

 ――もう夜だ。

 さすがに、これ以上、攻撃されることはないだろう。……なんて、安心しきってしまったユリアーナだが、その認識は甘かったらしい。


「シスター。そろそろ一日が終わるぞ。祈りの時間なんじゃねえか?」

「えっ?」


 ふと、冷たい感触を額に覚えたと思ったら、それは銃口だった。

 ユリアーナの額には、今、拳銃の先端が押し付けられているのだ。

 首は動かせないので、目だけ動かす。銃を手にした橙色の髪の男がユリアーナの前に立っていた。精悍な面持ちの中に、子供らしさも垣間見える男の相貌は、こんな局面でなければ、親しみやすさも感じられたかもしれない。

 男の背後から、武器を手にした二十人近い集団がやって来て、ユリアーナはようやく今起こっている現実を認識することができた。


「あっ……、貴方たちは?」


 問いかけながら、おずおずと両手を挙げる。

 反撃は無理だ。鞄の底に詰め込んだ拳銃を取りだす前に、男に発砲されてしまう。


「何に見える? シスター」


 ふざけた調子で、主犯格らしきその若い男が笑った。

 長身で体格の良い男は ユリアーナが想像していたオーネリアの軍服姿ではない。

 黒革のジャンパーに揃いの革パンツ姿だ。主犯格の男の背後に群れる男達もみな似たような格好をしている。

 ――まるで、田舎の不良のようだった。


(この辺りって、山賊でも出るのかしら?)


 ……そんなはずはない。山賊が大砲なんて持っていたら、情報くらい聞いているだろう。


「シスター。何も殺そうっていうんじゃないんだ。そう怯えないでくれよ」


 男はそう告げると、ユリアーナからゆっくりと銃を遠ざけて腰に仕舞った。ハンスには依然男の仲間が銃を向けていたが、当面、殺されることはなさそうだった。


(それにしたって……)


 殺す気がないのなら、なぜあんな危険な攻撃をしたのか?

 下手したら、ユリアーナもレイティアもハンスも、みんな死んでいたはずだ。

 怪訝な表情のユリアーナに気づいたのだろう、男の仲間たちは申し訳なさそうに、ユリアーナの前で十字を切ると、ぺこりと頭を下げた。


「悪かったな。シスター。隊長は夢中になると加減を忘れるからな。普通は、死んでるよ」

「隊長?」


 聞き返すと、彼らはあっけないほど単純に白状した。


「おう。俺達の隊長。テオ様よ。年は若いが、まあ……なかなかやるんだぜ」


 そして、男達はわっと哄笑すると、居酒屋の酔っ払いのような調子でハンスにも絡んだ。


「お前もいい腕してんな。隊長は、一発目で運転止めると思ってたぜ。勇気ある神父だ」

「あ、有難うございます」


 陽気に頬ずりされて、肩まで組まれて、ハンスの修道帽は脱げ、笑顔は凍り付いていた。

 ……ということは?


(偽者って、バレてたわけじゃなかったの?)


 そうでなければ、今までのことは一体何だったのか?


「確かに。俺の嫌いな神父にしては肝が据わってたな。まあ、それは認めるけどな」


 まるで、長年の戦友を労うようなテオという男の口調に、ユリアーナは違和感を覚えた。


「テ……オ隊長? 貴方たちは一体何者で……?」

「勿論、噂は知っていると思うが、俺はセレスティンの歩兵隊長テオ=ルクセンハイムだ」

「……いや、あの。そういうことではなくてですね」


 そんなこと。ユリアーナは聞いたことも、知ったことでもなかったのだが?


 ――しかし。


(……セレスティンって?)


 つまり、テオ達はセレスティンの命令で、ユリアーナ達を狙ったということなのか?


「あのさ。俺、昔から思ってたんだ。セレスティンに聖地なんざあるから、厄介なんだろ。全部の教会なくして、聖地も壊せばセレスティンは安泰だ。そう思わないか。シスター?」

「ええっと……。それは、あの……」


 突然、意図不明な同意を求められ、返事に困っていると、テオの部下が渋い顔で言った。


「隊長、そんなこと聞いたって答えられるはずないっすよ。この人シスターなんだから」

「ああっ、そうか」


 すんなりと引き下がったテオだったが、しかし一方的な演説はやめようとしなかった。


「だからだ! つまり、俺は綺麗ごとばかりの神父が嫌いなんだよ。前の大司教のジジイも気に入らなかった。セレスティンには神父なんて必要ねえんだ。近いうち他の神父もローレアンに全員返すから、大人しく大司教連れて引き返してくれねえかな。シスター?」

「…………テオ隊長」


 ユリアーナは、震える唇を懸命に動かした。


「つまり、今までのことは、隊長の一存で実行したことだったんですか?」

「当たり前だろ」


 テオは痛々しいくらいに、きっぱり肯定すると、てかてかの革のジャンパーを指差した。


「だから、隊服も脱いできたんだ。ほら。あくまで国は関係ない。俺の義挙だ」


 ……義挙という単語に力を込めて言ったのは、そんな自分に酔っているからだろう。


「別に、あんた方の信仰や仕事を咎める気はないんだ。とにかく、俺が気に入らない。だから、帰れ。分かったか?」


 ……分かるはずがなかった。そもそも、そんな理屈が、まかり通るはずがない。


(隊服脱いだら国は関係ないって? さっきぶっ放してた大砲は、国のものでしょうが?)


 セレスティンと名乗った時点で、テオは国を背負ってしまったのだ。

 ローレアンひいては、ウェラー教を敵に回すつもりもないくせに、極めて危険な橋をテオと仲間は渡っているのだ。…………馬鹿だ。

 しかし、その最たる愚者がいつの間にかユリアーナの肩口から顔を覗かせていた。


「素っ晴らしいっ!」


 しんと冷えた空間に、レイティアの間抜けな声がこだました。

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