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終末の聖書~バイブル~  作者: 森戸玲有
第5章 枢機卿の能力
29/37

5

 ――聖地ケレン。

 ウェラー教の神であり、信仰の対象でもある聖ウェラーの生誕の地と呼ばれている。

 本来であれば、もっと巡礼者も多く賑わっても良い場所なのだろうが、それほど有名でないのは、大陸内に他にもウェラー生誕の地が多く存在しているせいだろう。


 ――高く築かれた城壁のすぐそば……。

 城壁内の砦から見下ろせる位置に、丸い金色の屋根が日光を浴びて、燦然と光っていた。


 ――あれが聖エラレナ教会。


 聖ウェラー生誕の地は、現在小さな教会となっている。

 オーネリアの軍勢が、押し寄せると耳にした神父をはじめ村人たちは、全員、隣村に避難してしまった。今は軍関係者以外誰もいない。


「あの……返し……」

「何か言いましたか?」

「いや、何も」


 城壁の砦から、ユリアーナはカイから奪った望遠鏡で教会を覗いていた。

 カイはカイで、オーネリア軍の動きを注視しているらしい。

 結局部下から借りて、ユリアーナと背中合わせで、監視している。

 オーネリアの国王は、今回の軍勢の中にはいないようだ。

 レイティアが睨んだ通り、オーネリア王の特使たちが数人、親書を携えやって来た。

 城壁に続く細い橋を、特使たちは丸腰で歩いてやって来たので、血の気の早いテオも手出しできなかったのだが……。

 しかし、まさかレイティアが一人でもてなすと言い出すなんて、誰も予定をしていなかっただろう。

 ――レイティアはすでにエズワルドから、全権を託されていたのだ。

 エズワルド直筆の書状を見せられた時のカイとテオの反応は凄まじかった。

 苛立ったカイが意味もないのに、テオを殴り、テオはカイと取っ組み合いの喧嘩を始めたと思ったら、止めに入った仲間すら殴って回った。


(……私だって同じだわ) 


 腹を立てているのは、この場に集まった兵士やテオとカイだけではない。

 ユリアーナだって、叫びたくて、うずうずしていた。

 じとっと石壁に肘をついて覗いている。まだレイティアは教会には入っていないようだ。

 望遠鏡をずらして街並みに移すと、オーネリアの真っ白な軍服の男達数人と和やかに談笑しながら、石畳の路地を歩いているレイティアの姿を発見した。

 喋っている内容が気になるが、さすがに望遠鏡から声を拾うことは出来ない。

 苛々していると、背後からカイが気遣うように声をかけてきた。


「……お前、怖くないのか?」

「それはもちろん、怖いですよ。でも、今はオーネリア軍が怖いとかじゃないです」


 ユリアーナは、あっさり言い返す。

 ――レイティアの暴走が怖かった。

 何するか分からない。悪い予感がして仕方なかった。 


「…………親書って何なのでしょう?」

「おそらく、オーネリアは、知っているのだろうな」

「えっ?」

「テオから報告があった。多分、レイティア大司教の入れ知恵だろうが、セレスティンの地下には「エレリオーサ」が眠っているそうだ。実際、テオは自身で先日それを採掘したらしい。「エレリオーサ」はこれからの時代、活用性のある鉱石だ。その採掘権をオーネリアは求めているのだろう」

「…………それって、もしかして?」


 レイティアが真っ黒になって帰ってきた日。確か、温泉を掘りに行ったのだと聞いていた。しかし、実際は泥だらけになって帰ってきただけだった。


(まさか? もしかして、あの日二人で……?)


「聖地でも、妃殿下の見舞いでも何でもない。ただそれを、オーネリアは欲しているのだ。もしも、アッシュバルムが知ったら同じように動くだろうな」

「……そんな」

「オーネリアに退く気はない。陛下が退位されないと決断された時、全てが決まったのだ」

「じゃあ……」


 ユリアーナは、望遠鏡を片手に持ち替え、カイにしがみついた。


「レイティア大司教は、「エレリオーサ」のことも、みんなすべて知っていたんですね。知っていて、一体、あの人は何をするつもりなんですか?」

「悪いが、私にはあの御方が何を考えているのか見当もつかない。だが、陛下が託されたというのなら私はそれに従うしかない。陛下は私を差し置いて、どうしてあんな神父に?」


 唐突に腕を顔に押し当てて、啜り泣きし始めたカイが、ユリアーナはとてつもなく残念に思えてきた。


(……この人って、こういう人だったわけ?)


 周囲にいた部下までがわんわんと泣き始めて、ユリアーナまで泣きたくなってきた。


「カイ騎兵隊長」

「なっ、何だ。シスター?」

「そんな投げやりなこと、指揮者である貴方が叫ばないでください。騎兵って、今は馬がないけど、カイ隊長は銃が得意で、銃撃を行う鉄砲隊を指揮するのだと、テオさんから教えて貰いました。責任者である貴方がそんなでは、みんなの士気が下がるじゃないですか」

「…………なっ?」


 ユリアーナは、充血した目を見開いているカイを遠慮なく睨みつけた。

 特に、どうしてもそれを主張したかったわけではない。 

 ――ただの鬱憤晴らしである。

 だから、どうでも良くなって、カイがユリアーナの言動を顧みる前に、背を向けた。


「おおっ。何だ。嬢ちゃんじゃねえか?」


 丁度、そこにテオが戻ってきた。


「ったく。レイティアの奴。俺まで追い出しやがって、きっと泣きを見るぜ。まあ、その、あれだな。オーネリアもウェラー教国家だから、不良神父でも命は取られないだろうけど」


 それは、ユリアーナへの慰めなのだろうか?

 それとも、ただ文句を並べているだけなのだろうか?

 ぼそぼそ呟いているテオに見切りをつけて、持っていたカイの望遠鏡をテオに渡したユリアーナは、何も言わずに全力疾走で駆けだした。

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