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「……それで、花摘みに来たような腐れ大司教と、なんちゃってシスターが来たんだと?」
「言葉が過ぎるぞ! テオ。レイティア大司教は、そもそも司教でもなく、枢機卿なのだ。お前にその身分の尊さが分かるのか?」
「ああ。だから、要するに、教皇の次に偉い奴なんだってことだろ?」
朝焼けと共に、セレスティンの国境沿い聖地ケレンに着いた。
レイティアの姿を見つけて見張り台から、すぐに駆け寄ってきたテオだが、その割に口から出てくるのは毒ばかりだ。
もはや、テオと仲の良い喧嘩仲間にしか見えないカイがその都度、小気味よく彼の頭を叩くことを仕事としていた。
(相変わらずだわ。テオは……)
テオは珍しく、カイと揃いの軍服姿だったが、微妙に着崩しているのは、彼なりの流儀かもしれない。 アッシュバルムだったら、それだけで減給処分だった。
「その態度を改めろと言っているのだ」
「ははっ。その偉い神父様を牢に放り込んだバカが何言ってんだ。大体、セレスティンって聖地あるし、一応ウェラー教を国教にしているけど、意外に熱心な信者って少ないんだよな。俺もそう。神さんに祈っても、腹は膨れねえし、教皇に会ったことなんざないし。偉いとか言われたってな。コイツがエロいのは、よく知ってるけど」
「何てことをほざくんだ。テオっ!」
カイがぶん殴るが、テオはにやにやしている。きっと、内心では単純に、レイティアが来たことを喜んでいるのだ。
「いてえな。本気でやりてえのか。貴様!? オーネリアが来る前にやってやるぞ」
「ああ、いいだろう。かかって来い」
レイティアは、二人の小規模の喧嘩を眺めながら、ほのぼのしていた。
「やっぱり、テオには、ばれていたんだね。僕がエロいことが……」
「……レイティア大司教」
……分からない。ユリアーナには、レイティアの目的が掴めなかった。
(物見遊山で、ここに来たかったわけでもなさそうだし……)
セレスティン軍の最前線まで行って、何がしたいのだろうか?
国土の右半分をぐるっと囲む城壁は、セレスティン軍の半数近くがこの地に集結していることを隠してはくれているが、小国であるセレスティンにとって、この砦に集った人間だけがやっと掻き集めた人数だということも同時に教えてくれる。
「……で、アッシュバルムも出てくるのかよ。お嬢ちゃん?」
ヴォルフが見せた拳銃のせいで、テオはユリアーナの正体に気づいている。
ちょっと来いと、みんなから少し離れたところに連れ込み、ユリアーナにだけ小声で囁くのは、まだカイにはこのことを告げていないということなのだろう。
ユリアーナはふるふると頭を横に振った。
「分かりません。私は嘘の報告をしましたが、アッシュバルムは私以外にも沢山の情報網を持っていますから。正直、予想がつきません。膠着状態が長引けば、加勢に来たのだと大義名分を振りかざして、侵攻してくることは間違いないとは思います」
「まっ。そんなところだよな。実際。……何だ。おたくたちと違って、セレスティンは、かなり平和ボケしているからな。だって、形骸化しているとはいえ、俺が歩兵隊長でカイは騎兵隊長だぜ。実際は時代に合わせて、大砲兼歩兵と拳銃部隊ってな感じになっているけど、名前だけ聞いたら、まるで中世のおとぎ話みたいで笑えるだろ?」
「……あまり、笑えませんよ」
ユリアーナは正直に答えて剥れた。その顔に、テオの方が笑う。
「まあ、落ち着け。今は静かなもんだぜ。いっそ、フローラ妃の狂言だったらいいのにな」
「そっ、そんなことあるわけないじゃないですか。今日、陛下が手配して下さった運転手さんから聞きました。フローラ妃が酷く自己嫌悪に陥っていて、心を痛めていらっしゃるそうで。自分のせいだから、こちらに来てオーネリア軍と直接話しをしたいと申されているそうです。でも、まだ病み上がりだからと、陛下が押しとどめているとか……」
フローラ妃の話を車内で聞いた時、ユリアーナは心臓が締め付けられるような、切ない気持ちになったものだ。
フローラ妃は、レイティアにとって何より大切な人なのだ。
きっと、心優しく慈悲深い女性なのだろう。
「心を痛める? フローラ妃が? はっ。まさか……」
「そんな、言い方ないでしょう。陛下の大切なお妃様なんですよ?」
――レイティアにとっても……と付け加えたいところを、ユリアーナはぐっと堪えた。
「テオ騎兵隊長。狂言はともかく、私だって、全部嘘だと良いと思っていますよ」
「…………もちろん、僕もだよ」
「うわっ!」
二人同時に、青くなって飛びのいた。
ユリアーナとテオの背後で、地面に映った自分の影を鑑賞しているレイティアがいた。
「全部嘘だと思いたいね。二人きりで内緒話なんて、酷いじゃないか。僕だっているのに?」
「なっ、何だよ。柄にもなく妬いてるのかよ?」
「そうだよ。毎日、妬き続けて、心がこんがりさ。悪いかい?」
「結構、根暗なんだな。お前」
……多分、レイティアは、からかっているのだろう。
ユリアーナだって、そのくらいは学習しているので、平然としていられる。
「テオ隊長!」
ユリアーナとも顔見知りのテオの仲間がこちらに手を挙げて、走り寄って来た。
「大変ですっ! 来ましたぜ!!」
テオの足元まで来て、力尽きた男は、すっかりうずくまってしまった。
「今、カイ騎兵隊長がオーネリア国王の特使を出迎える準備をされています」
「準備? そんなもんしてないで撃っちまえよ。どうせ俺達に勝ち目なんざないんだから」
「……そんな言い方」
「お嬢ちゃんは引っ込んでろ。これからは修羅場だぞ。――それで、数は?」
「…………二千弱かと。五千はいないようですけど」
「よしっ!」
「何が?」
――悲劇的な数じゃないか。
しかし、テオは感情を見せるより先に走りだしていた。
「あんな陛下でも国王は国王だ。俺が最期まで盛り立ててやっ……!?」
「……待った」
レイティアがテオの軍服の裾を引っ張って……、しかし、引っ張り切れずに手を放した。
当然のように、テオが前に倒れる。
ものすごい音がしたのに、何処も怪我をしていないのがさすがだった。
「いてえなっ! レイティア! 何しやがる?」
「僕が行く」
「はっ?」
「……まさか?」
ユリアーナも、黙っていられなかった。レイティアの袖をおもいっきり引っ張った。
「オーネリアに身分を明かすつもりですか。レイティア大司教?」
「うーん。それねえ」
しかし、レイティアは明るくなってきた空を仰いで、ぽつりと零した。
「いやあ。名乗ろうとは思うけれど、ほら、もう来ちゃったからね。僕が正体明かしたところで、無理なんじゃないかな?」
「じゃあ、どうやって?」
ユリアーナは、心底レイティアを心配しているのに、その気持ちが伝わっていないようで、悲しくなった。
「まあまあ。ユリアーナさん。ほら、オーネリアも、いきなり鉄砲ぶっ放しながらやって来たわけでもないんだし、平和的にいきましょうよね?」
「平和的だって? はっ。よく言うぜ。娘の見舞いに託けて、二千も兵隊連れて来るバカに聖職者の戯言が通用するかって。奴らの狙いは最初から別の物にあるんだ」
「……さて、行こうかね」
「おい。軽く無視すんなよ。ちょっと待て!」
「待って下さい!」
歩き出したレイティアを追おうとしたら、今度はレイティアがいきなり立ち止まって、テオとユリアーナはレイティアの背中に激突してしまった。
「いたあっ」
「いてえなっ!」
「あっ、テオ、テオ」
「呼ぶなら、一回にしろ」
テオの頭突きの弾みで前によろけながら、レイティアが訊いた。
「ところで聖地ってどこなの。知ってる?」
「そりゃ知ってる。……けど、何で今なんだよ。暇な時に言えよな!?」
「暇な時に、聖地なんかに来ないよ。…………だって、聖地って、何もないんでしょう?」
「お前さ。ローレアンには黙っておいてやるから。今の発言撤回しておけ。一応、聖ウェラーの生誕の地なんだからな?」
「レイティア大司教!?」
レイティアの前に先回りして、ようやくユリアーナは彼と目を合わせることができた。
一緒に来いと言った割に、随分な扱いではないか……?
「聖地で何をするつもりなんですか?」
「……さあ。どうしたものかね。ユリアーナさん」
何気ないのか、意図的なのか……。
すっとぼけた発言をしながら、レイティアは、ユリアーナのベールの下の前髪にそっと触れて、優しく指の腹で撫でた。
(一体、この人が何を考えているのか……。私には心底、分からないわ)
文句は言わない。
……だけど一言が欲しかった。
――来て欲しい……と。
いつものように、そう言われるのを待って、ユリアーナは真っ直ぐ頷く心積もりをしていた。
――が。
レイティアは、うっとりするほど妖艶な笑みを浮かべて、ふわりと言い放った。
「……お願いだから、来ないでね」
「はっ?」
「ユリアーナさんは、特に、厳重に僕の後にはついて来ないでよ。よろしく」
「はっ? ちょっ……」
そして、ユリアーナの前髪から、さっと手を引いたレイティアは、ユリアーナの脇を、あっさりと通り過ぎた。
「テオ。ほら、何処にあるのか大体でいいから、教えてよ。早く」
「お、おいっ!」
無頓着なテオでも、さすがにユリアーナのことを気にしていたが、しかしレイティアは構わずに、テオを引きずって行く。
――ついて来ないでって……。
――しかも、ユリアーナは「特に」って……。
青い空に、大きな鳥が一羽飛んでいた。
本当に、オーネリア軍が来ているのか分からないほど、静かな空間。
「一体、何なのよ!?」
ユリアーナは、その場で呆然と佇むしかなかった。




