5
「それで? 陛下は、何でそれをみんなに隠していたの?」
「……それは、大司教。毒を入れた人間と、依頼主が尋問中に自死してしまったせいで、犯人の詳細が掴めなかったからだよ。オーネリアの仕業と分かっていても、あの娘好きのオーネリア王が黒幕なのかどうか、私には判断できなかった。明らかでない情報を公開しても、フローラの立場が悪くなるだけなら、知らないふりをした方がいいだろう? 私はカイの父である宰相と話し合って、二人だけの秘密にすることに決めたんだよ」
「いいの? そんな秘密を部外者の僕たちに話して?」
「別に構わない。本当だったところで、たいして驚くこともない」
(いや、普通は驚くだろう)
カイは思いがけない告白に、愕然としていた。
だが、部外者のレイティアはあくまで冷静である。
じゃらじゃらと音がしているのは、彼がサイコロを弄んでいるせいなのだろう。
「先代の国王陛下は、聡明な御方だったんだってね? 噂で耳にしたことはあるよ」
「……自慢の父だったよ。聖地ケレンを持つ歴史ある王国としての誇りを貫こうとされていた。軍備を整え、アッシュバルムやオーネリアに蹂躙されない国を作ろうとされていた。私の妻はオーネリアから迎えたが、父の心は、オーネリアに靡くことはなかった」
「だから、殺された?」
レイティアがためらいもなく訊ねた。しかし、エズワルドは怒るどころかくすりと笑う。
「……そうだ。だから、私は怖かった。どんなに頑張っても、私は父のようにはなれない。出る杭は打たれる。昔から、母には馬鹿でいろと言われていた。母はいつかこうなることを予見していたのだろうな。でも、少々疲れていた。君たちに出会えたのは、神の御導きだろう。シスターユリアーナ。最初に出会ったあの日、私は大聖堂で詫びていたのだ」
「そう……でしたね……。陛下は激しく謝罪されていました」
「愚かな王で申し訳ないと聖ウェラーに謝っていた。そしたら君とレイティア大司教が現れた。たとえ、二人が聖職者でなかったとしても、私はあの出会いを信じることにする」
「いい話だね。だけど」
レイティアがひょいと立ち上がった。
屏風の天辺から、彼の漆黒の頭が垣間見えて、焦ってカイは体を低くした。
「陛下が国王を続けるなら、その辺りを改めないと、いつか酷い目に遭うだろうね」
「分かっている。でも、人を疑いながら生きていくことほど、悲しいことはないだろう。父は疑うことをしない人だった。だから、死んだ。私は死にたくない。人を疑いたくもない。そんな私に国王が務まるのだろうか?」
「いいんじゃない。あと数日って、期限つきなのが良かったよね。区切りがなかったら、それを永遠の課題にしなければならないところだった」
「確かに……」
「…………ということだから、そんな悩み多き国王陛下の気持ちを汲んではくれないのかな? ―――カイ騎兵隊長?」
「なっ!?」
(ばれていたのか?)
いや、あれだけ乱暴に突撃してきて、気づかれないのもおかしいとは思っていたが……。
しかし、エズワルドは本当に知らなかったようだった。
反応は薄いが、本気で驚いているようだ。
「カイ? どうして、お前がここにいるのだ? てっきり、痺れを切らして、テオの歯止めに旅立ったものと、私は思っていたが?」
「陛下から何も指示がないのに、行けるわけないでしょう!?」
いきなり立ち上がったせいで、屏風が倒れそうになって、慌ててカイは支えた。
「あらあら、陛下。秘密を知る者が五人になっちゃったね。これは不可抗力ってやつかな」
「まいったな。カイには知られたくなかったのに……」
「なぜ、私に教えてくれなかったのです。陛下?」
「お前やテオに知られたら、徹底抗戦と言われてしまいそうだったからな。お前は理性的に見えるが、頭に血がのぼると、結構見境がなくなる」
(……よく知っているじゃないか)
カイは顔を引き攣らせ大股で机の前に近づき、エズワルドの前で膝をついて頭を下げた。
「申し訳ありません。つい。……聞こえてきてしまったもので」
エズワルドは、溜息を吐いた。
「……レイティア大司教は、カイが聞いていたことを知っていたんだな?」
「ユリアーナさんも気づいていたよ。ね?」
「遊戯の最中で、激しい足音がしていましたから……。陛下はきっとサイコロを振るのに集中されていたのでしょう」
「僕は、てっきり陛下の方がカイ君に話しておきたいのかと思って、聞いてたんだけど?」
エズワルドは、深刻な素振りはないものの……
「宰相に申し訳がないなあ……」
――呟く。
こんな所で、部外者相手に秘密を喋る方も悪いのだが、盗み聞きしてしまったことは、カイが全面的に悪い。カイは床につくほど頭を深く下げた。
「誓って! 絶対に口外はいたしません。たとえ父であっても、この件について、一切話すことはいたしません」
「そうしてくれると、有難い」
「素敵な主従関係だね。腹芸だけではこうはいかないよ」
レイティアの乾いた笑声が背後から聞こえてきた。
(こいつ……。嘲笑しているのか?)
むきになって、カイが振り返ると、息を呑むようなレイティアの美貌が眼前にあった。
謎の迫力に、言葉が出ない。
「これじゃあ、陛下が可哀想すぎるね。いいよ。僕は勝負に負けてないけど、僕の秘密を話そう。とりあえず身の潔白を明かしておかないと、今にもカイ君に噛みつかれそうだし」
「カイ……君と、いつもいつもお前は……」
絶対、自分よりレイティアの方が年下なのだ。
どうして、レイティアはいつもカイのことを「君」づけなのか。エズワルドがいなかったら、一発くらい殴ってやったことだろう。
どうせ、この男は大司教ではないのだ。
(くっだらない)
どこぞの国の底辺の間者の秘密など知ったところで、どうってことはない。……だが。
「カイ君。君は勘違いしているようだけど、僕は、極力、聖書は読みたくないし、祝福とか祭儀とか儀式ばったものも嫌いだけど……。正真正銘、神父なんだよ」
「はっ?」
この男は、唐突に何を口走るのだろう。
「……あのな。レイティア=キャライ。昨日私は言ったはずだが? ローレアンの聖職者名簿に、お前の名はなかった。聖職者名簿は、世界中の聖職者の大司教から司祭補までの名前が記されている。三年ごとに刷新されていて、ウェラー教を国教に掲げている国に一部ずつ配布される。仮に、凄まじくお前の出来が良かったとしても、たった三年の間に大司教にまでなれるはずがないだろう? いい加減にしろ。言い逃れは見苦しいぞ」
ふんと、鼻を鳴らして、カイは胸を反らした。
馬鹿につける特効薬はないとはこのことだ。時間を無駄に割かれたような気がしていた。
「確かに、カイ騎兵隊長のおっしゃる通りです。レイティア大司教? 貴方がもっと上手くやろうと思ったのなら、どこかの司教にお金を渡して、名前を偽ることだって可能だったはずです。どうして、こんなやり方をしたのですか?」
レイティアはカイではなく、主にユリアーナの緑色の瞳だけを見て、にっこりと答えた。
「そうだね。ユリアーナさん。その理由は二つあって……。一つは偽名を使う方がローレアンでは遥かに罪が重いんだ。牢に入る前に悪魔の遣いとみなされ、消されちゃうから。二つ目はまさか聖職者名簿に名前がないだけで、詐欺師扱いされるとは思ってもいなかっただけさ」
「なっ、何だと!?」
「まあ、そう怒るな。カイ」
気色ばんだカイを、とっさにエズワルドが嗜めた。
(くそっ)
エズワルドに向かっても怒鳴りつけたいところを、カイは唇を噛みしめて堪える。
しかし、次の瞬間、エズワルドはもっとも驚愕すべきことを口にした。
「いや、カイ。私には、レイティア大司教の秘密が早速分かったぞ」
「はっ? 陛下まで一体何を……」
呆れつつも、しかし、そこまでもったいぶられると、かえって気になってしまう。
「そういうことだったんだな。レイティア大司教」
「陛下?」
もし、これでどうでもいい秘密だったら、一発ぶん殴ると腹を決めて、カイは耳を澄ました。
エズワルドは、秘密に辿り着いたわりには、穏やかに告げた。
「フローラの故国はオーネリアだ。一国の姫君に面識がある神父などそうそういない。それを踏まえて、レイティア大司教の名が名簿にない理由を考えれば、答えは一つしかない」
「…………あっ」
ユリアーナがハッとした途端、みるみる蒼白になっていった。
「でも、嘘でしょ……? だって……」
てっきりカイは、ユリアーナとレイティアの二人が共犯だと思っていたが、どうやら違っていたらしい。ユリアーナは、十字を切って、レイティアから一歩退いた。
「レイティア大司教。貴方は…………」




