4
……まったく、何をしているのか?
カイは早朝から、苛立ちを爆発させながら城内を闊歩していた。
エズワルドには、昨晩から、矢継ぎ早に、今後の対応についてカイの意見を奏上しているのに、まったく返事がない。
(そもそも、妃殿下からあの手紙をもらった時点で、緊急会議を行うべきだった)
――しかし、エズワルドは却下した。
側近を通じて運ばれてきたエズワルドの手紙には、その理由を、年寄りがうるさくなるだけで、結果なんて出ないから……と書いてあった。
(お前が馬鹿なことが一番の足枷なんだっ!?)
万が一、テオが先走って先手を打ってしまったら、一気に国中に火の手があがるだろう。
(いっそ、降参でもしたらどうだ?)
しかし、こんな形で、歴史あるザッファフェルド家がなくなってしまうのを考えると、カイは、何ともいたたまれない気持ちになった。
(よもや、自分の代で潰すことになるなんてな……)
エズワルドが、もう少ししっかりしていれば良かった。
しかし、エズワルドは、昔からあそこまで頑迷ではなかったようにも思う。
(……一体、いつ変わってしまったんだろう?)
カイは風を切って、エズワルドの私室に向かった。
――が、しかし、そこにエズワルドの姿はなかった。
さすがに、呑気に寝ていることは出来なかったようだが、何処に消えたのかは分からなかった。手当たり次第、城の者に声をかけ、初めてカイはエズワルドが客間にいることを知った。
(……客間だって?)
「客? こんな時に一体誰だ?」
カイの怒りは頂点に達しつつあった。
(エズワルドめ。一回殴った方が世のためではないか?)
「太陽の間」の前で警護をしていた衛兵二人を、カイは扉の前から無言で引きはがす。
「おやめください。カイ騎兵隊長。陛下は誰にも入るなと厳命されております」
「うるさいっ」
短気をそのままに扉を開け放った。この緊急事態に、意味のない命令に従う理由もない。
「失礼」
両開きの扉を開け放って、一歩踏み出す。だが、カイはそれ以上動けなくなった。
見上げると、目の前にはカイの身長より高い衝立が並べてあった。
(どういうことだ?)
黒縁に金色の花が咲いている派手な屏風は東洋からの献上品として、エズワルドが気に入っていた品だ。しかし、どうしてここにあるのか? まるで、目隠しにでもするように。
「ああっ。私の負けだっ! レイティア大司教は強すぎる!」
「本当、これ陛下が弱すぎるんだよ。一体、僕はこの遊びで、何回幸せな結婚式を挙げたら気が済むんだろうね。楽しいのは、結婚式の夜からじゃないか?」
「おかしな妄想を膨らませない!」
こんな阿呆なやりとりをする人間を、カイは昨日牢にぶちこんだ二人以外知らなかった。
(アイツら……。どうして?)
怒りで、目が眩むということは、あるのだろうか?
カイの心は、崩壊寸前だった。感情が激流して、倒れそうになっていた。
――まず、エズワルドが勝手に罪人を外に出したこと。
――そして、この緊急事態に罪人に時間を割いて会っていること。
――更に、この緊急事態に、その罪人と遊戯に興じて談笑していたこと。
両方の拳を、わなわなと震わせて握りしめた。しかし、カイが殺意を持って、屏風に手をかけた時……。 エズワルドがおもむろに口を開いた。
「分かった。レイティア大司教。私は負けてばかりで、どうも損ばかりしているような気がするが、賭けは賭けだ。私の秘密を一つ教えることにしよう」
(…………秘密?)
思わず、屏風にかけていたカイの手が固まった。
(何だろう?)
秘密なんて、そんな大層なもの、エズワルドが持っているのだろうか?
……大方、フローラ妃の惚気話だと、カイは鼻で嗤っていたのだが……。
「―――実は、私の父は病で死んだわけではないのだよ」
(……何だって?)
はっとして、カイは息を呑んだ。
「先代国王は、オーネリアに毒殺された」
エズワルドは、一切感情のこもらない声で、さらりと告げる。
ユリアーナが短く悲鳴を上げたのが分かった。




