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(一体、何者なんだろう?)
カイは、レイティアとユリアーナを、城内の地下牢に収監した。
自分も連れて行ってくれと、嘆願するヴォルフ司教補を無視して、冷酷に徹した。
血も涙もない……とヴォルフに捨て台詞を浴びせられたのが、理由なのかは分からないが、今夜、二人を尋問することだけはやめた。
どうせ、あの傷では逃げられるはずもないのだ。一晩くらい、大目に見てやってもいい。
――しかし……。
(オーネリアか、アッシュバルムか……?)
気にはなっていた。捕えてみたものの、正直、二人がどちらの間者であるのか、カイには見当もつかない。特にユリアーナに関しては、シスターの存在自体がセレスティンには珍しいので、つい甘く見てしまう傾向があるようだ。
――遠い昔、セレスティンもオーネリアも、アッシュバルムもローレアンも、同じ大陸で同じ国だった。
言葉の訛りや、髪の色だけで判別がつかないのが、まどろっこしい。
オーネリア以外、外国を訪ねたことがないカイには知識もなく、外の世界に対して、何の情報を持っていないのだ。
――何てことだろう。
カイはまだまだ未熟で、無力そのものなのだ。
(でも、まあ……明日になれば、すべて明らかになるはずだし)
あのレイティアに限って、自死するなんてことはなさそうだが、衛兵には厳重に監視するように言い渡しておいた。
(とりあえず、帰ろう)
近頃、城内に泊まる日が増えていてカイは疲れていた。たまには家に帰って休みたい。
従者と共に城を出て、カイだけが馬にまたがった。父には車に乗ることを懇願されていたが、いまどき形骸化しているとはいえ、騎兵隊長だ。
せめて、自宅までの距離は馬を用い、体の鍛錬もしておきたい。
カイが異変を感じたのは、跳ね橋を渡り、鬱蒼とした森に差し掛かった時だった。
「うわっ!」
前を歩く従者が持っていた明かりを掲げて、尻餅をついた。
暗がりの中で何者かが立っている……らしい。
(誰だ?)
寸前で、カイは馬から降りて仰け反っている従者の前に出る。
――刹那、突然殴られた。
「…………つっ!」
――この問答無用の手口。
――手加減一切なしの拳は……。
「テオかっ!?」
「おうよ」
やっぱり……だった。
すかさず、二発目が飛んできたので、カイは寸前で避けた。
「貴様も、大概にしたらどうなんだっ! こないだの殴り合いの傷が完治するのに、どれほど時間がかかったと思っているんだ!」
「上手に避けられねえ、お前が悪いんだ」
暗がりの中、拳を鳴らし、薄ら笑いを浮かべているだろうテオが心底腹立たしかった。
(こいつはいつも、いつも昔から……)
カイは、宰相の息子で文官の家の出身である。
子供の頃に、あえて軍事に足を踏み入れた変わり種だが、基本的にセレスティンの軍部で隊長以上の地位を独占しているのは、ルクセンハイム家とその分家である。
軍事に関しては、名門のルクセンハイム家だ。
その長男であり、カイと同い年のテオとは、子供の頃から何かにつけて周囲の大人から比べられてきたが、いつもカイの方が優秀と誉められ、テオに関してはあからさまな溜息しか聞いたことがなかった。
(こんな野蛮人。ルクセンハイム家の長子として、もっと厳しく教育するべきだったのだ。そうすれば、ここまで馬鹿に育ちはしなかったのに……)
「テオ! 私はこんなことをしている暇はないんだ!」
「暇人だろっ! この大馬鹿がっ!」
「大馬鹿と言ったな!」
緊張感がぷっつり切れて、叩きつけた拳はテオの頬にめりこんだ。
……ざまあ見ろだ。
「真正の馬鹿に「馬鹿」呼ばわりされるほど、屈辱的なことはない」
倒れ込んたテオが唇の端の血を拭って、きつくカイを見上げる。
「はっ。カイ。まさかとは思うが、お前、本当に自分が犯罪者を捕えてお手柄だったって、浮かれてるんじゃねえだろうな?」
「言いたいことがあるのなら、ちゃんと口を動かしたらどうだ? それとも、口がきけないから、最初に手が出るのか?」
「レイティア=キャライ大司教と、シスターユリアーナさ」
「あの二人がどうしたというのだ? 調べたところ、レイティアはどこぞの間者が濃厚で、シスターに至っては間者だと自白していたが?」
「あいつらが間者だって? それは笑いのネタか。陛下に捕縛の許可は、もらったのかよ」
「陛下には、明朝報告する」
「絶対、早計だったって、叱られるからな!」
(くそっ)
テオは、カイの痛いところを的確についてきた。
エズワルドに許可をもらうより、早々に敵を捕らえるのが早いと、カイは私兵を集めて大聖堂に直行したのだ。傍目には、エズワルド国王がカイに逆らえないことを利用して、独占的に物事を進めているように見えているのかもしれない。
「では、聞くが……」
カイは逃げるように、話題をすりかえた。
「レイティア=キャライの名がローレアンの聖職者名簿にないのは、どう説明するんだ?」
「さあ。知らねえな。そもそも名簿ってなんだよ。それがそんなに信用できるもんなのか?」
「……なん……だと?」
カイが拳を握りしめると、テオはズボンに付着した土を払い立ち上がった。
「名前が載ってなかっただけで、牢獄に放り込まれるこの国の方が狂ってるぜ。大体、お前、あのへらへらしたレイティアと、しっかりしているつもりで抜けてるユリアーナが何処の国の間者だっていうんだよ。たとえ、間者だったとしても、捨て駒の下っ端だろうよ」
「そんなものは、演技でどうとでもなる」
反論すると、テオがふんと鼻を鳴らした。
「疑心暗鬼が。別に間者だっていいじゃねえか。こんな開けっぴろげでロクな情報なんてねえ国の情報くらいくれてやれよ。お前は、泳がせるって策も思いつきはしないのか?」
(…………あっ)
――それは、盲点だった。指摘されてみて、カイは初めてその可能性を考えた。
(……心底、悔しいが、コイツの言う通りだ)
間者という時点で、すぐさま捕縛するのが一番の常識だと思っていた。
泳がせておけば、こちらに有益な情報も、偽情報だって流すことが出来たはずなのに。
こういう時に限って攻撃してこないテオから視線を逸らして、カイは黙って唇を噛みしめた。
…………と、静寂を壊すように、やって来たのは、複数の明かりの群れだった。
城詰めの兵士達が駆け付けてきたらしい。
「カイ騎兵隊長ですか?」
「……何だ?」
カイは、失墜した威儀を懸命に正した。
(こんな夜更けに、一体何事だ? テオとの乱闘を知って、皆が驚いて見に来たのだろうか?)
しかし、テオの考えはまったく外れていた。
「実は、これをフローラ妃殿下からカイ騎兵隊長に届けるように言伝を賜りまして……」
重そうな鉄兜をつけた恰幅の良い兵士が、花びらを象った便箋を手にしている。
その異様な光景に、含み笑いを堪えながら、カイはおそるおそる手を出した。
「なぜ、私に?」
「陛下には別の手紙を出されたとのことで……。カイ騎兵隊長にはこちらだとのことです」
「何だよ。俺にはないのかよ?」
「これはテオ歩兵隊長。残念ながら、今回はないようです」
「ちぇっ。まあいいけどよ」
何事もなかったのかように、テオがカイの手元を覗き込む。
手紙を盗み見る気満々のようだ。暑苦しいので追い払ったが、テオはなかなかカイの傍から離れようとはしない。
「フローラ妃殿下はお元気になられたようだな」
カイが四つ折りの手紙を開きながら呟くと、兵士はおもいっきり相好を崩した。
「ええ。まだ人前に出ることは出来ないようですが、食欲は出て来たようで」
「へえ……。それはそれは」
しかし、ランプを従者に掲げさせながら、たどたどしい文字に目を走らせていくうちに、カイの顔は凶悪に、テオの顔は朱色に染まっていき……、手紙の内容を知らず、ただ二人を見ていた兵士と、従者は血の気がみるみるひいていった。
「おい」
おもむろに、テオが言った。
「何て書いてあるか、音読してみろよ。カイ。俺には最後の「貴方に託すしかない」って、心温まる一行しか読めないんだが?」
「しかし。…………こんな。まさか」
カイのふざけた言葉にも、反応できないほど、カイの手は震えていた。
「なあ、カイ。オーネリアには、陛下やお前から手紙の一つでも書いてたんじゃないのか?」
「書いたに決まってるだろ。しかし、妃殿下は体調が宜しくないので、回復したら必ずオーネリア王に返事をすると……。オーネリア国王に代筆は通用しないのだ。必ずフローラ妃の筆跡でないことを見破り叱責してくる。だから、正直にありのままをお伝えしたのだ」
「そうかな。適当に本人だって替え玉に書かせてりゃ良かったんじゃねえか。見破られたら続々人を変えてよ。回復したら書いてもらえば良いんだから、その場凌ぎも大切だろ?」
「テオ。お前は、オーネリア国王のことを分かっていない。あの御方は、究極の親バカだ」
「大真面目な顔して言われてもな……」
テオは、周辺の落ち葉を足で蹴り上げた。
「大体、オーネリアからの手紙は、検閲してたんじゃないのかよ?」
「おおやけの手紙は、内密に読ませてもらっていた。しかし、今回、妃殿下宛てに届いたというオーネリア国王の手紙は、極秘の伝手を頼ったもののようだ。フローラ妃殿下つきの侍女の行動を我々は厳密に把握していなかったってことだ」
カイは、何度読み返しても変わらない文面に見切りをつけて便箋を折り畳む。
(一体、俺はどうしたら、いいんだ?)
「…………あの?」
カイの従者がランプの灯を掲げて、心配そうに尋ねた。
「出過ぎたことかもしれませんが、妃殿下の手紙には何と書かれていたのですか?」
「忘れろ。お前は、知らなくても良いことだ」
溜息混じりに、従者を遠ざけようとしたカイだったが、しかし、テオは迷いなく答えた。
「それがよ。オーネリア国王が音信普通になった愛娘に会いに来るって言ってるんだ」
「はあ」
テオが早口だったためか、ぽかんと大口を開けていた従者だったが……。
「……お見舞いというなら、別に不審なことはないのでは?」
「それがさ……。また笑えるのよ」
「バカ野郎。笑えるか!」
大笑いするテオの頭をカイが拳骨で叩いた。
「―――いてえっな。だって、これを笑わないで、何を笑えっていうんだ?」
この男、毎回、不謹慎にもほどがある。
だが、それがただの八つ当たりであることをカイ自身気がついていなかった。
テオは石頭を撫でながら笑い、飲み屋に行くような気安さで言い放った。
「だってよ。国王がお供を五千人も従えてやって来る盛大なお見舞いなんだぜ」




