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終末の聖書~バイブル~  作者: 森戸玲有
第3章 非情な命令と葛藤
17/37

5

 ――そうして。

 部屋いっぱいに、レイティアの声が響き渡っていた。


「あーあ。何でこう悲しい展開になるのかなあ……」


 一人ごちるレイティアの背中をユリアーナは一瞥する。一体、その台詞は何度目なのか?


「せっかく、ユリアーナさんと楽しいことをしようと思ったのに……」


 レイティアは、ちょっと涙声だ。……そんなに悔しかったのだろうか?


(何だか、喜んでいいのか、悪いかだけど……)


 レイティアはユリアーナを連れだした直後、丁捜索中だった神父に捕まって、大聖堂に呼び戻されたのだ。


 ――予定外の来客があったのだ。


 通常、来客があっても、予約なしで会いに来た不届き者は待たせておけば良いという、強引な理屈がまかり通る世界なのだが、今回はその理屈は通用しなかった。


 ――来客したのは、エズワルド国王陛下であった。


 さすがのレイティアも、逃げだすわけにはいかない。エズワルドを迎えるため、大聖堂内の貴賓室に行く羽目になって、レイティアは落胆していた。


「じゃあ、私はこれで……」

「酷いな。せめて陛下が来るまで付き合ってよ。ずっと引きこもってたんだ。少し話そうよ」


 それは、嫌味だろうか。

 とっとと離れようとする。だけど、レイティアは繋いだ手を放してくれなかった。


(本当に子供のような人だわ……)


「ああ、ほら……。綺麗な窓じゃない? ユリアーナさん」

「あれは、バラ窓っていうんですよ。ここにあるのは小さいものですね。聖堂の祭壇にある方が大きくて荘厳ですよ」

「へえ。そうなんだ。ちゃんと見たことなかったな……。ここにあるのも知らなかったし」


 部屋の真正面。

 ステンドグラスで作られた円形の窓を発見して、レイティアははしゃいでいた。この能天気な青年にかかれば何でも楽しいことになってしまう気がするが……。

 ……楽しいこと?


(そういえば、何だったのかしら?)


「レイティア大司教? そんなに、私としようとしてたことが楽しみだったんですか?」

「うん」


 ……即答だった。だから、ユリアーナは益々気になってしまう。


「何か目的があったわけでもないでしょうに?」

「僕はね。ユリアーナさんに、うーんと可愛い服を贈りたかったんだ」

「そんなことが目的だっていうんですか?」

「そうだよ」

「どうして、また急に?」


 本当に、この男の考えていることは読めない。


「いや、今まで気づかなかった僕が悪いのは分かってるんだ。考えてみれば、ここに来た時、君が持っていた鞄は小さかった。手持ちの服少ないんでしょ。せっかく女の子に生まれたんだ。お洒落くらい楽しまなきゃね」

「…………別に、いりませんから」


 聞いて、損をした。服もお洒落も、軍の命令で潜入しているユリアーナが求めて良いことではないのだ。修道女に化けることだけで精いっぱいなのだから……。


「いいじゃない? 僕が勝手にあげるんだから」

「いらないって、言ってるじゃないですか」

「却下。近いうちに、絶対に連れ出すからね」

「貴方は……。どうしてそんなふうなんですか?」

「へっ?」

「何で……」


 ……聖職者でもないのに、大司教に化けようだなんてしたんです!? 


 ユリアーナは叫びだしそうになって、だけど、次の瞬間、扉が開いたので、何も言えなくなった。結局、ユリアーナはここから逃げ出す機会を逸してしまったのだ。


「久しいな。大司教殿」


 エズワルド国王が、一人の従者と共に晴れやかな面持ちで入出してくる。

 ――が、すぐにレイティアの後ろに立っているユリアーナに注目した。


「君は? あれ? シスターユリアーナではないか。二人そろって、痴話喧嘩か?」

「何で、そんなことに!? ……って、あっ」


 普通に突っ込みかけて、ユリアーナは自分の口を手で塞いだ。

 動揺しているユリアーナの隙をつくように、レイティアがユリアーナの肩を抱く。


「おおっ。さすが国王陛下。一部始終をご覧になっていらっしゃったのですね。お恥ずかしいところをお見せしました」

「レイティア大司教。きちんと訂正してください。今のは痴話喧嘩ではないですから」


 レイティアとエズワルドの会話は、肯定しかないので、危なくて仕方ない。

 せめて、つっこみ担当のカイが傍にいてくれれば、心強かっただろうに。


「エズワルド国王陛下。お久しぶりです。このようなむさくるしい格好で、大変申し訳ありません。私はここで退散いたしますので、ごゆっくり大司教と歓談なさってください」

「別に、私は貴方にはそのままでいて欲しいのだが? シスター」

「はっ?」

「あっ。やっぱり、陛下もそう思う?」


 ……何だと?

 レイティアがユリアーナをとんと前に出したので、ユリアーナは慌てて手で頭を整えた。


(朝、顔は洗ったけど、髪なんて適当に結っただけよ。しかも服は寝間着……)


 涙目でうつむくユリアーナに対して、二人は楽しそうに笑い合っている。


「シスターが清貧に務めるのは、殊勝なこと。誰が責められるものか。ちなみに私も、今日は質素な装いをしている。大聖堂に出向くのだから、派手なのは良くないだろう?」

「……えっ?」


 一体、その格好の何処が質素なのか……。

 エズワルドは金糸で刺繍を施された濃紺の上着に、光沢のあるシルクのブラウス。首元には繊細な刺繍入りのクラバットを着用している。ちゃんと最近の流行を意識しているではないか。


「しかし、さすがに、こんな、ぼろぼろな服は……」

「案ずるな。口うるさい家臣たちは、外で待たせている。連れている従者は口が固いものだから、心配ない。だから、シスターも慌てて出て行く必要はないのだ」

「やっぱりさあ。ユリアーナさんに、新しい服って必要じゃないかなあ?」

「…………うっ」


 エズワルドはともかく、レイティアの方は皮肉だ。

 どうしても、ユリアーナに服が欲しいと言わせたいらしい。


(もう、いいわ……)


 格好は残念なことになっているが、これが任務だと捉えれば良い。

 エズワルドとレイティアが何か意味のある会話をしてくれれば、ユリアーナは、ハンスに大きな手土産ができるのだ。たとえ、セレスティンの国家機密をアッシュバルムに漏らすことになったとしても、命を差し出すよりマシなのではないか?

 軍人としては失格だが、一人の人間として、今はそれしかないような気がした。


(浅知恵だとは思うけど、でも、ハンスさんにちゃんと話してみよう。エズワルドから重要な話を聞き出して、ギュンター本部長に情報の交換条件として命乞いの嘆願をするのよ。レイティアを締め上げて、ちゃんと訊問するから……。命だけは取らないで欲しいって)


「……で、陛下。今日は一体何をお話に?」


 早速、レイティアがエズワルドに問いかけてくれて、ユリアーナの鼓動は高鳴った。


「……話?」


 エズワルドは貴賓室のソファーに腰を埋めて、傍らに佇む従者に目配せした。従者は何処からともなく、折り畳まれた紙と巾着を取り出すと、無言でエズワルドの掌に乗せる。


「何、それ?」 


 レイティアが興味津々に、エズワルドに近づいていく。


「遊びに行くと申したではないか?」

「申してたけど?」


 自分の前で犬のように屈んだレイティアの鼻先に、エズワルドは大判紙を広げて当てた。


「これは、私に東洋の国から献上された「双六」という遊戯でな。似たような遊戯はこの大陸でも多く広まっているので、レイティア大司教も知っているかもしれないが、これはまた特殊のようでな。私は一度、貴殿と対戦してみたかったのだ」


 そして、広げた紙を従者に渡して、巾着の中からサイコロと赤と緑の小旗を取り出した。


「このサイコロを転がして、升目を進めていく。自分の位置にはこの旗を置くのだという」

「結構、地道な遊びですねえ?」


 レイティアが紙に書かれている升目の文字を目で追いながら、ぼそっと呟いた。


「人生の縮図を表した遊戯らしい」

「本気で、やるんですか?」

「私は貴殿と、やりたいのだ」


 エズワルドはレイティアの問いに答えるより早く、大理石の円卓の上に紙を広げていた。

 …………あれ?


(機密情報は?)


 どうやら、二人のことをまるで分かっていなかったのは、ユリアーナの方だったようだ。

 茫然自失で立ち尽くすユリアーナを、レイティアが軽く腕で小突いた。


「ねっ? もちろん、ユリアーナさんもやるよね?」

「やりません」

「ケチ」


 当てが外れたユリアーナは、今不幸のどん底にいるのだ。放っておいて欲しかった。


「ユリアーナさんは、男二人で、あれをやり続ける異常性に気づいていないのかい?」

「陛下と双六なんて、良かったじゃないですか?」

「レイティア大司教。早くしてくれ! 私は時間がないのだ。早くしないと、カイの魔の手がこの地にまで伸びてしまう」


 エズワルドが待ちきれないとばかりに、手足をばたつかせている。


「それは、大変だ」


 慌てて、向かいのソファーに着席したレイティアに、エズワルドがサイコロを弄びながら、口の端を上げた。


「しかし、ただの勝負では貴殿もつまらないだろう。何か賭けをしないか?」

「賭け……ですか?」

「そうだ。私が負けたら、私が妃との将来のために用意していた大切な宝をあげよう」

「それはいいな。少しは楽しくなりそうだ。……それで? 陛下が勝ったらどうします?」


 台本棒読みの口調で頷くレイティアにうながされるままに、ユリアーナは彼の隣に腰掛けた。


「そうだな」


 エズワルドは天井を仰いで、考えながら一言告げた。


「…………私が勝ったら、貴殿のことをすべて正直に話すというのはどうだ」

「僕の?」

「えっ?」 


 一瞬、ユリアーナはひやりとした。……しかし。


「そう。カイから聞いた。貴殿は我が妃と面識があるそうだな。何処で知り合ったのだ?」

「……何だ。嫉妬ってやつか?」

「ちょっと……。レイティア大司教」


 ユリアーナは袖を引っ張ったが、レイティアは好戦的に身を乗り出した。


「いいでしょう。……ここはひとつ、受けて立ちましょうか」


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