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終末の聖書~バイブル~  作者: 森戸玲有
第2章 セレスティンの変人たち
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4

「何してんだよ。シスター!?」

「何って……」

「ここは、通常、立ち入り禁止のはずですが?」

「そうだったんですか……」 


 何も書いてなかったはずだが……。

 カイがユリアーナを値踏みするように双眸を細める。


(私が嘘をついているって、疑っているわけ?)


 しかし、カイがユリアーナと対峙しているうちに、テオが正座するエズワルドに近づいて、その様をしげしげと見下ろしていた。


「陛下。何、這いつくばってるんだ?」


 土下座しているのが、床に這っているように見えたのかもしれない。


「いや、私はこの異国のシスターに懺悔をしていたのだ」

「懺悔する前に、どうしてこんな所にいらっしゃるのかと聞いているんだけどな?」 

「……だって。テオ。私、台本覚えられないし……、役立たずだから」


 エズワルドの今にも泣き出しそうな潤んだ目に、テオが震える手で額を押さえた。

 多分、殴りたいのを我慢しているのだ。さすがに国王に喧嘩を売るわけにもいかない。


「――カイ。だからさ。何で、台本一つ暗記できない、陛下をここに連れ出したんだって、俺は、さっきから聞いてるんだけどよ?」

「それは、この場で話すようなことではないだろう?」


 そして、テオはカイに八つ当たりのように声を荒げた。


(……二人の諍いが再び?)


 しかし、今回の決着は早かった。手が出るより先に、テオの一言が留めとなったのだ。


「……だからー。お前だって分かってるんだろ? いくらお前が隠そうとしたって、そこのシスターにはバレバレなんだ。だって、本人が懺悔したっておっしゃってるんだから」

「…………くっ」


 カイが奥歯を噛みしめて、テオから目をそむけ、大理石の冷たい床を睨みつけている。彼自身、その通りだと認めてしまったのだろう。

 やや時間を置いてから、カイはその場にしゃがみこみ、エズワルドと目線を合わせた。


「エズワルド様。いえ、陛下には、国を運営していくという自覚を持って頂かなければなりません。先王が崩御されて三か月。喪に服したいお気持ちも理解できますが、苦手だと逃げ回っていては何も解決しないのです」

「ああ。私とて分かっているんだ。カイ。分かっているんだが……」


 ……しかし、言葉とは裏腹に、エズワルドは少しずつカイと距離を取っていた。

  見かねたテオが、やれやれと口を挟む。


「……カイ。つまり、お前はさ、責任のない式典ならば、参加できると思って、人見知り克服のために、ここに陛下を連れてきたということなのか?」


 カイは頷きこそしなかったが、沈黙した。肯定と取ったテオが再び深い息を吐く。


「そして、更に逃げられて迷子になってしまい、聖堂で奉仕している聖職者に捜索させていたら、出迎えるはずの大司教が到着してしまったというわけか。くそったれだな。本当」


 テオはエズワルドに当たることもできず、怒りを込めて壁を殴った。――痛そうだ。


「分かっただろ。シスター。そういうことさ。あまり知られたくないから、コレを隠していたけど、まあバレたんだから仕方ないな。だから、俺は、あんた達が邪魔だったのさ」


  そうか……。テオがレイティアに帰国を勧めた理由。

  何だかんだと言っていたが、最大の理由はこれだったのだ。


  ――国王が使いものにならないから。


 もし、セレスティンの国内でも絶大な権力が付与されている大司教がセレスティンの人心も掌握してしまったら、国を乗っ取られるかもしれない。

  テオの憂いは、それだったのだ。

  しかし……、テオが危惧したふうにはならなかった。


  ――だって、大司教もまた使いものにならないから……。


「ふふふっ! 聞いちゃった。聞いちゃった」

「ああっ!!」


 とうとうテオも、その場に崩れ落ちた。大の男、二人が床に跪いて悶えている。


 ――この声。


  状況を読む能力が一切欠如している、レイティアの声が彼らを壊してしまったらしい。

  レイティアは、得意満面に重そうな裾を揺らして、近づいてきた。


「そこの人って、国王陛下なんだって?」

「…………つっ」


 テオもカイもユリアーナも本人もまた、全力で沈黙を貫いた。

 この男に知られると面倒になりそうだと直感したからこそ、誰も何も言わなかったのに……。


「そうです! この御方こそ四十八代目のセレスティン国王であらせられますエズワルド=ハイネルシュミーゼ様でございます」


 従順に答えたのは、後ろから駆け込んできた真っ黒な平素服キャソックの金髪少年だった。


「有難う。いい子だね。ヴォルフ君は」


 レイティアは優しく微笑すると、ヴォルフの頭を撫でる。ユリアーナよりも遥かに年下なのは、幼さの際立つ顔や背の低さから容易に想像がついた。


「ヴォルフ? 司教補か?」


 カイの呟きに、ユリアーナは目を白黒させた。


「嘘? 彼は、司教補……なのですか?」


 司教補とは、司教の見習いのことで、司祭修業後に叙階される地位である。

 司教補から数年修行の末に、正式に司教に叙階されるのがウェラー教の正しい位階であった。


(それにしたって、若すぎるわ)


 最近のウェラー教は若い青年に、地位と権力を持たせるのが趣味なのだろうか?


「……あっ。もしかして驚いちゃった? ユリアーナさん。大聖堂の中で道に迷っていたら、彼が案内してくれたんだよ。いやあ、助かった」

「神の御導きに感謝いたします。私も大司教様を見失ってしまって焦りましたが、皆さんと合流できて本当に良かった」

「……ねっ? とっても、いい子でしょ?」


 それは、どうだろうか……。

 カイが明らかに恨みがましく睨みつけているのに、まったく気づいていない時点で、この少年の性格の一端が分かってしまったような気がする。


「それでさ。国王陛下……」


 レイティアは無理に話を戻すと、座り込んでいるエズワルドにさっと手を差し出した。


「陛下は台本、読めないって言うじゃない? もしや、僕の歓迎会のことを悩んでたの?」

「すまない。今から、勉強して大司教殿の役に立てるようにがんばるから、許して欲しい」

「ちょっと、レイティア大司教」


 ……更に追いこんでどうするのだ?

 ユリアーナの非難の目にも、こういう時のレイティアは、素知らぬふりをする天才だった。


「許すも何も。何で、そんなことを気にするの。別にいいじゃない? 読まなければ!」

「えっ?」


 全員の声が合わさった。


「だって、読めないのに無理することないでしょう? ただお披露目会をやらないと格好がつかないっていうのなら、出席するだけでいいんじゃないかな?」

「しかし、儀式は必要です。大司教に祝福を頂いて、国民の前で演説を……」

「カイ君」

「はっ?」

「だったら、僕もやらない。祝福を授ける儀式は今回から廃止にすればいい。それで、僕の代理をヴォルフ君にやってもらおう。説教はできるよね?」

「わ、私が……ですか!?」


 自分を指差し、素直に驚愕しているヴォルフに向かい、レイティアは満足そうに首肯した。


「だって、君。司教補でしょう? 先代の大司教の一番弟子だったって言っていたじゃな

 いか? 君には僕の代わりが出来るはずだ」

「しかし……私にはまだ早いというか……」


 動揺しているヴォルフに、レイティアが神の如き美貌で、悪魔のようなことを告げた。


「陛下を差し置いて僕がでしゃばれば、いらぬ憶測を生むことになる。僕はセレスティンには、あくまで一人の修行者としてやって来たんだ。陛下より下でなければならない。……僕の気持ち、分かってくれないかな?」

「当然、分かりますですっ!」


 ヴォルフは激しく頭を振り、背筋を伸ばした。


「そのような崇高なお考えをお持ちの大司教様とお会いできて、私は感動いたしました。未熟者ですが、大司教様の代わりを務めあげられますように頑張ります」

「うん。……いい子だ」


 あっけないほど単純にヴォルフはレイティアに騙されてしまった。


(……どうして? 何で、毎回毎日、こうなるの?)


 もちろん、ヴォルフは間違っていない。

 ユリアーナがギュンターの理不尽な命令に逆らうことが出来ないように、大司教であるレイティアの言うことはヴォルフにとっては絶対なのだ。内心反感があろうが従わざるを得ない。この従順さとて、演技という可能性はある。 

 ――だけど。


「大司教殿! 私は感服した。貴殿こそ、聖職者の鑑だ!」


 レイティアが差し出した手を、エズワルドががっしり握りしめて、その手に涙を落とした。


「陛下。もったいないお言葉でございます。僕もここに派遣されたばかりで、何も知らないことばかりです。色々とご教示下さい」

「おおっ。神よ!」


 ……駄目だ。

 一国の王がこのようなその場の出まかせ的な言葉に、騙されてはいけないのだ。

 この展開は、ユリアーナにとっては、多分歓迎すべきことなのかもしれないが……。でも、絶対に間違っている。

 ――何で、みんな分からないんだろう。

 テオは拍手をしていて、この謎の提案を歓迎しているようだったし、カイもまた含む物はあるようだが、反対する理由が見つからないようで、口出しすることはなかった。


(出来ることなら、この男のダメさ加減を私が教えてあげたいわよ)


 言いたいのに、言えない……。

 心的苦痛に頭を抱えていると、レイティアがゆっくりとこちらに目を向けて、ユリアーナにしか分からないように瞳を細めた。

 それは、まるで、小さな子供が自分の考えた悪戯を実践して、まんまと成功した時に浮かべるような、得意げな表情だった。


(何、その意思表示?)


 レイティアは、絶対に分かっていてやっている。

 国王が台本を読めないように、レイティアだって聖書が読めないのだから。

 式典でややこしい儀式をやらないで済むのなら、こんな幸運なことはない。


 ――何がでしゃばるわけにはいかない……だ。 


(……あんたが単にツイてるだけでしょうがっ!)


 ユリアーナは声にならない声をあげて、地団駄を踏んだ。


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