プロローグ
アッシュバルムの首都。エジステンのカフェで、ユリアーナは友人の手紙を読んでいた。
『――ユリアーナ。最初は戸惑うかもしれないけれど、それなりに悪くない生活よ。彼は七つも年上で、趣味も性格もまったく違うけれど、でも兵役は免除されているし、すぐに未亡人になる心配はないわ。これで良かったのよ。だから、貴方も早々にお見合いでもしたら、どう?』
彼女に親しみを抱いているがゆえに、破って捨てるわけにもいかず、仕方なく小さく丸めて、大きな樽型の鞄の底に詰め込んでから、冷めたコーヒーを喉に流し込んだ。
暇つぶしに、支給品の外套の薄いポケットから、手鏡を出して自分の顔を眺めてみる。
顔色は悪く、唯一自慢の碧眼はおもいっきり充血していた。おまけに、心機一転のつもりで、肩口で切った赤髪は、まとまりが悪く、爆発していて……。最悪、極まりなかった。
(嫌になるなあ。まったく)
とりあえず辛うじて一つにまとめていた髪を結い直してみるが、束ねきれない左右の髪がだらりと落ちて、益々みすぼらしいことになってしまった。何だか、もうどうでも良くなってきた。身だしなみを整えたところで、このあと、自分にふりかかる運命は変わらない。
結局、仕事は辞められなかった。
誕生日を迎える前にと、焦って退職願を書いたが、そういえば、一身上の都合は受理されない世界だった。家族とも縁が薄く、健康そのもののユリアーナが退職しなければならない理由は何一つなかった。もう。無理なのだ。
そろそろ行かなければ……と、立ち上がれば、すでに恐怖の時間が近づいている。
アッシュバルムの地方都市で働いていたユリアーナが本部に呼びだされた理由なんて、一つしかない。
――つまり、十九歳になったからだ。
足取り重く、一歩一歩後退する気持ちで、排気ガスをまき散らす大型車両の多い大通りを前に進んでいくと、この辺りで一際高い灰色の建物が姿を現す。華やかなレリーフもなく、窓の数すら少ない無機質な造りは、まるで監獄のように、歪で奇怪だった。
――アッシュバルム軍司令本部。
建物の真ん中には、唯一、派手な金色の装飾。丸い円の中に星を象ったアッシュバルムの国章と、丸の中から飛び出すように十字が刻まれたウェラー教の象徴が掲げられていた。
(神様が本当にいたら、きっと戦争なんて起こらなかったのにね)
ユリアーナは陰鬱な気持ちを懸命に隠して、仕事用の無表情を作りこんだ。
「私は北東方面第六隊後方支援部所属。ユリアーナ=ベル。ギュンター本部長の命により、司令本部に伺いました!」
そして、正門に直立している衛兵に姿勢良く敬礼したのだった。