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第6話 寂しがりやな迷子とコーヒー

今後の予定は決まったので、日が落ちてからだいぶたっているのもあり今日はもう寝ることにした。


見張りはアルギュロスが銀を使ってなんとかできるみたいなので、夜は2人して眠ることになった。


彼女の異能力は銀を動かす単純なものかと思えば、どうやらいろんなことができるらしい。戦闘時には飛び道具や純粋な武器にとなり、周囲の敵を感知することも出来る。彼女が宙に浮いていたのもおそらくその力のおかげ。


なんでも、支配下にある銀に対して物理法則を無視した命令を効かせることができるという。


どんなに熱を与えられても彼女の意思に反して溶け出すことはなく、彼女が望めば常温でも液状になる。そもそも彼女が許可しないかぎり他の影響は受けず、重力を無視して宙を漂い、敵を貫く銀の弾丸にも、彼女を護る銀壁にもなる。


非人道的な戦闘訓練を受けたアルギュロスの技術と合わさることでその脅威はさらに高まり、暗殺者としてはとても失敗ではないはずだ。


それなのに失敗作扱いとは、その組織はいったい何を望んでいたのだろうか。


「テュラー? 寝ないの?」


部屋の壁の方を向きながら現実逃避していると、アルギュロスがテュラーの顔を覗き込んできた。近い。


一緒の部屋で寝るのはもういい。彼女が望むのならテュラーに選択肢はないのだし、例え理性を失って襲い掛かったとしても返り討ちにされる可能性の方が高い。


だが、


「さすがに、一緒のベッドはないんじゃないか?」


戦力の分散を嫌って同じ部屋で暮らすのは分からなくない。暫定でソフィアに従うことを決めたとはいえ、まだ完全に敵ではなくなったわけじゃないので警戒するに越したことは無いからだ。


とは言え、ソフィアが自身の力の一端を示したので初めほど信用していないわけでもない。


だけど、部屋にはベッドが2人分用意されているにも関わらず、アルギュロスはテュラーが寝ようとしている布団に入り込んで来て、


「わたしは、一時もテュラーと、離れる気はない」


真顔でそんなことを言ってくるのだ。ソフィアに部屋はどうするか聞かれた時にも同じようなことを言っていたが、なんでそんなにも離れることを嫌うのか訳が分からない。


「それに、1人で眠るのは、寂しい。わたしはずっと、誰かと一緒だったの?」


こんなにかわいい女の子に悲しそうな目でこんなこと言われてしまったら、相手が上位の存在だとか関係なく逆らえないじゃないか。


今だ戻らぬ記憶の中、今までずっと誰かと一緒にいたから1人になるのが怖い。記憶はないけど、身体が覚えている。一緒なら怯えずに眠ることができるって。そうゆうことだろうか。わけがわからない。


納得はしてないが逆らえもしないので自分の身体を壁際に寄せてアルギュロスが入れるスペースを作ると、

銀の髪をきらきらとなびかせて隣に入ってきた。全裸で。


「な、なんでまた脱いだ!? そろそろ露出狂なんじゃないかって疑いたくなるぞ!」


慌てて身体ごと視線を壁に向ける。陰になっているとはいえ、真っ白な素肌はいろいろと見えてしまう。


「ん? わたしは、寝るときはいつも、この格好」


眠たいのか、これまで以上にゆっくりとした口調だ。このまま眠られたらテュラーは今夜眠れそうにないのだけど、アルギュロスは全くおかまいなしで、あろうことかテュラーにも脱衣を求めてきた。


「テュラーも、脱いで。布が、邪魔………」


言葉が途切れた。どうやらテュラーの服にしがみついたまま眠ってしまったようだ。


「ちょっ、アルギュロス? 眠ったの? せめて服を着、いや放してくれないと、俺が眠れないんだけど。ちょっと?」


返事がない。本当に熟睡してしまったらしい。敵地かもわからぬこの場所でこの所業。大物だ。


それだけ銀の索敵能力とテュラーを信用しているのかもしれない。


だけどこれはあれだ。情報よりも先に、恥じらいを覚えてもらわないといけないのかもしれない。


抱き付かれるよりはましだと必死に自分に言い聞かせて、後ろの存在を意識しすぎないように壁を向いたままテュラーも瞳を閉じる。少しも寝れる気がしない。


しばらくすると、お腹の下の方がもぞもぞして、驚いて目を開けると白い手が生えてきていた。アルギュロスだ。何事かと戸惑っているうちに上からも腕が伸びてきて、そのまま後ろからギュッと抱き付かれる。


後ろからはすやすやと寝息が聞こえてくるので起きてはいないみたいだ。寝ぼけているからなのか、ちょっと力が強い。きっと独りになるのを恐れているのだろう。ぬくもりが何処かへ行ってしまわないように、抱き絞めて来たのだ。


「わたしを……ひとりにしないで……」


まるで迷子の子供だと思ったが、実際そう違くはないのか。


アルギュロスは親どころか記憶も失っている。精神もまだ子供みたいだし、不安がるのも無理はない。その埋め合わせに選ばれたのがテュラーだったのだろう。


その点テュラーは、自分に関する記憶のほとんどを失っている割には落ち着いていた。アルギュロスと違って精神が初期化することもない。許すまじ記憶喪失と思うことはあれど、この状況をあっさり飲み込んだ。


だから、最初はアルギュロスに抱き付かれたまま寝れるわけがないと心の中で騒いでいたけど、やがて落着きを取り戻した。自分より強いし、身体も大きいけど精神はまだ小さな子供なのだ。


後ろから押しつけられる柔肌の感触よりも自分より低い体温を意識するようにすると、邪な気持ちはやがて小さくなっていった。


子供に抱き付かれて眠るくらいどうってことない。裸なのは気にしてはいけない。


強い弱いは重要だけど、弱くても、戦えなくてもこの子を護りたい。護ってあげたい。そう思ったのだ。


こうやって一緒に眠ることで、彼女を不安から護れるのならそれでいい。


落着きを取り戻した後、テュラーも自然と眠ることができた。


翌日の朝起きた時、後ろで寝ていたはずのアルギュロスがテュラーの胸の中で丸まるように眠っていたのに驚くことになるが、それはまだ先のこと。


目を開けたら裸の美少女の寝顔とか心臓に悪い。昨夜のことがなければ襲っていたかもしれない。おそろしい。


彼は後にそう語った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「昨夜はお楽しみだったのか?」


朝食だと呼ばれ、アルギュロスを起こし部屋からでると、名無しさんが奥の部屋の方から出て来て、出合頭ににやにやしながらたずねてきた。


「楽しめたものじゃない。アルギュロスに好き勝手されたからなかなか寝れなかった」


さすがに裸の少女と一緒のベッドで抱き着かれながら寝たと言えば誤解されかねない。実際その通りなのだがやましい気持ちは追い払っていた。


正しく表現するならば、裸で眠る習慣がある少女の寂しさを拭うために抱き枕になってあげた、となる。


あれ? あまり変わらない。


「そ、そうか。ぼんやりしているように見えて結構積極的なのな」


若干引き気味にまだ眠そうなアルギュロスを見ている名無しさん。何か勘違いしているようだけど、詳しく説明したところで引かれるのは変わらなそうなので訂正はしない。


「あ、そうだ。何か必要なもんあったら言えよ。生活に不自由しない程度にはそろえてやるから。買い出しに連れていけるかどうかはソフィアの判断しだいだけどな」


必要なもの。寝る場所と食べ物は問題なさそうだが、他に何が必要だろうか。


「……着替えと常識を知れるもの」


直ぐに思いつくのはこれくらいだろうか。さすがに今着ている服だけで替えがないのは不便だ。そういえばアルギュロスは銀以外に何も着ていないようだけど、必要ないのだろうか?


「わたしに、服は必要ない。ただ、銀の量が心もとないから、可能なら増やしたい」


「男用の服と常識と銀な。どれも近場にねぇな。ソフィアに頼んで車だしてもらうか。っつか銀ってどこにあんだ?」


「……山?」


こくりと首を傾げる。アルギュロスもどこにあるかはよく分からないらしい。たしか銀ってそれなりに貴重なものだったはずだが、簡単に手に入るものなのだろうか?


「そりゃ集めるの大変そうだな。でも、ここらに銀の鉱山なんて聞かねぇし、そもそも勝手に掘ったら怒られるからな。ま、ソフィアに頼めば何とかなるだろ。それより生活用品はいらねーのか?」


名無しさんは細かいことを気にしないようだ。希望を聞くだけ聞いといて用意するのはソフィアに丸投げするつもりなのだろう。


「むしろ何がないと不便なんだ?」


自分が今までそんな暮らしをしてきたのか覚えていないため、何が必要なのか分からない。アルギュロスのほうも人として扱われてきた記憶がないため、普通何が必要なのか分からないだろう。


「それくらい自分で分かるだろ。記憶喪失じゃあるまいし。……いや、記憶喪失だったか。全然記憶喪失らしさがないから忘れがちだわ。じゃあ、こっちで適当に用意しとくよ。何か欲しくなったらその都度言ってくれればいいし。それでいいか?」


「ああ、助かる」


生活する場所と日常品、食べ物も用意してもらえる。記憶喪失ゆえに多めに見てもらっているのか。それともそんなにテュラー達をここに置いておきたいのか。何か裏があるのは分かっているけれどやはり不安だ。


「それで、俺たちは何をやらされるんだ? 与えられるだけではないのだろう?」


ソフィアがアルギュロスよりも下位ならば奪うだけ奪うこともできたけれど、彼女はだいぶ上位の存在だ。そうもいかない。いろいろと世話を受ける以上何かしら要求してくるはずだ。


「それについては私から話すわ。だからいい加減入ってきなさい。いつまで廊下で立ち話してるつもりなのかしら?」


昨日夕食を食べた部屋からソフィアの声が聞こえてきた。聞き耳をたてていたわけではなく、単に中まで声が聞こえていたのだろう。いつまでも部屋の外で立ち話を続けるテュラー達にはやく中に入って来るように仕向けてきた。


たしかに廊下で立ち話をし続ける意味も特にないのでその言葉に従う。果たして誰が用意しているのか、すでに机にはおいしそうな食べ物が机に並んでいた。


「やっと来たわね。とりあえずご飯にしましょ」


わざわざ待っていたのだろうか、クリューソスは席に座りつつも食事に手をつけていない。ソフィアは隣の部屋で何に使うのかお湯を沸かしているようだ。


いつ何が起こるか分からないため、食事は取れるときに短時間でとってしまうものなのに、こんなに悠長にしているということはそれだけ力に自信があり、防御もしっかりしているという証拠だろうか。


「遅いぞ。せっかくの料理が冷めてしまう」


「仕方ないだろ。こいつらはまだ生活リズムが整ってねぇんだ。お前も、初めは大変だっただろ? 夜に目が覚めて、日中は眠くて仕方がなかったじゃねーか」


思うことがあるのか、クリューソスはそれ以上何も言わない。


確かに昨夜は寝る時間が遅かった為かあまり質の良い眠りではなかった。アルギュロスもずっと眠そうだし、しっかり眠れたわけではないのかもしれない。


「2人とも眠そうね。コーヒー飲む? それとも、このあともう一度眠る?」


ソフィアは自分で飲むつもりなのか、1杯の香ばしい薫りのする黒い飲み物を持ってこっちの部屋に来た。眠気覚ましだろうか?


匂いはともかく、真っ黒な泥水のような見た目のそれを飲む勇気はないので遠慮しておく。


「寝ててもいいならそうさせてもらう。アルギュロスはどうする?」


「良い匂い。少し、飲んでみる」


まだ半分眠っているアルギュロスは匂いに釣られたのか、挑戦してみるようだ。


「大丈夫か? それ苦いぞ。加糖ならともかくストレートなんて苦くて酸っぱくてあたしには無理だ」


名無しさんは思い出すのもダメなようで苦い顔をしている。『カトウ』なる人物やソフィアは普通に飲めるみたいなので変なものではないのだろう。


いや、ソフィアの本名が『カトウ』で、『コーヒー』は彼女にしか飲めないようなゲテモノという可能性も。


……それはないか。


おそらく苦味の強い、いわゆる大人の飲み物のような感じなのだろう。香りも良いし、ちゃんとした飲み物ではありそうだ。


「お望みなら甘くもできるわよ?」


苦いと聞いて若干停止したアルギュロスだったが、甘くもできると聞くと直ぐに食いついた。


「甘いほうが、良い」


「わかったわ。じゃあ甘いのを作るわね。他に欲しい人はいないかしら?」


誰も名乗りでないのを確認し、ソフィアは再び隣の部屋へ向かった。そしてしばらくすると戻って来た。


手にはカップを持っており、そこに容れられた飲み物の色は真っ黒ではなく薄茶色をしていた。


「飲みなれていないでしょうからカフェオレにしてみたわ。ミルクは大丈夫よね?」


「問題ない。ありがとう」


「どういたしまして。じゃあ、食べましょうか」


ソフィアも席に着き、ようやく朝食を食べることができる。食事という隙だらけの時間は早く終わらせたいのだが、同席する少女達は誰一人急いで食べるようなことはしていない。


警戒心の強いアルギュロスでさえ、両手でカップを持ってカフェオレを楽しんでいる。目をわずかに見開いているところを見るにお気に召したみたいだ。


この建物は内部の人間はともかく、外からの襲撃に怯えなくても大丈夫なほど安全だからこそこんなにゆったり食事をできるのだろう。


テュラーは自分が警戒し過ぎなのか、周りの少女達が警戒しなさすぎなのかわからなくなった。


しかし、仮にもソフィアの庇護のもとに入ったのなら、彼女以外への警戒は彼女に任せておけばいい。それが上位の者の義務だ。


ならば、もう少し警戒を解いても良いのなかも知れない。


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