第5話 金の少女と銀の少女
金の少女と銀の少女によるにらみ合いが続いている。
片方は明確な敵意を、もう片方はその敵意に反応してお互いに距離を取って警戒している。
金の少女は追撃をするでもなくアルギュロスの様子を覗っている。アルギュロスもまた相手の強さを分かっているからか動かない。
しばらくすると金の少女は何か違和感を覚えたのか敵意の視線が疑わし気な視線に変わった。
「お前は、本当にアルギュロスか?」
「わたしは、アルギュロス。他にもいるの?」
「さあな。だが、わたしの知っているアルギュロスと姿も力も名前も同じだ」
「わたしは記憶を失っている。違和感を覚えるのは当然」
「そうか。だが問題はそれだけではない。わたしが貴様に出会ったのは、10年くらい昔のことだ。わたしならともかく、貴様はどうして当時と同じ姿をしている? 貴様も、成長が遅いのか?」
「どうゆう、こと?」
「わたしは能力に目覚めると同時に身体の成長速度が著しく低下した。おそらくわたしの異能力『金の創造主』の副作用でな。黄金は朽ちぬが故に、力を授かったわたしもまた朽ち難いのだろうな。貴様はどうなのだ。たしか、『銀の支配者』だったか? 金とは違い、銀の力を授かった者の成長速度が低下したという話は聞いたことないが」
「分からない。わたしは、能力に目覚めてからの記憶がないから」
「そこの下僕も知らんのか?」
金の少女は今まで特に目も向けなかったテュラーに話しかけて来た。どうやらアルギュロスの下僕に思われているようだ。
「俺も記憶がないから、アルギュロスとはほぼ初対面だ。そんなこと聞かれても分からない。あと、俺は下僕ではない」
いったいどうして下僕に思われたのか。下僕らしいことなどしていただろうか。むしろ初対面でどうやったら下僕を判断できるんだ? その見分け方は記憶喪失でなければわかるのだろうか。だとしたら、許すまじ記憶喪失。
「そうなのか? すまんな、下僕のような顔をしていたからてっきりそうかと思ったのだが、違うのか」
全然謝られた気にならない。むしろ馬鹿にされている。
だけど、彼女はアルギュロスが危険視するほどの実力者だ。うかつなことは言えない。もはや相手に戦闘をする気はないみたいだが、もし変なことを言って機嫌を損ねたら、一瞬で殺されかねない。
「それにしても、記憶喪失が2人か。わたしがここに来たときはそんなことなかったのだが、こうゆう事例は多いのか? ソフィアよ」
金の少女につられて部屋の奥を見ると、気配を消しながらソフィアと名無しさんがこちらの様子を覗っていた。どうやらずっと見ていたようだ。
「なんとも言えないわ。そもそもあなた達はイレギュラーだから。先例なんていないわ。それより、アルギュロスとは面識があるのね?」
「詳しくは知らんぞ。1度会い見えただけだ。そこの下僕は見たことないが、まあ同族だろうな」
同族? やはり、アルギュロスとは記憶を失う前から知り合っていたということだろうか。たしかに、不思議と他の人とは違って直ぐに信用してしまったけど。
「その根拠は?」
「お前達はカテゴリーエラーと言っていたか? わたしもここに来るまでは知らなかったが、この力はどうやら特徴的だ。近くに居れば同族かどうかぐらい分かる」
「そう。やっぱりそうなのね」
1人何かを納得するソフィア。こちらは何にも分からのに何を勝手に納得しているんだ。
そんなソフィアを気にすることもなく、金の少女がギョッとする問いをかけてきた。
「アルギュロスよ。お前はわたしを殺すか?」
「殺す理由がないし、たぶん、返り討ちにあう」
「そうか。ならわたしもお前を襲わん。貴様自身には何の怨みもないからな。貴様が襲ってこないならそれでいい」
まるでアルギュロスに関わる何かに恨みがあるかのような口ぶりだが、彼女が敵ではないというならありがたい。ここに居る以上ソフィアに協力しているのかもしれないが、アルギュロスのことを知っている人物に出会えたのは大きい。何か情報を聞き出せるかもしれない。
「あと、わたしは何も答えんぞ。ソフィアに口止めされているのもあるが、貴様は記憶を無くしたままでいた方がいい。変に刺激して、思い出させたくないのでな」
しかし、期待はあえなく潰された。彼女はアルギュロスに記憶を取り戻して欲しくないらしい。
たしかに、記憶に残っているアルギュロスの過去から判断するに、良い記憶ではないのは予想できる。
彼女がそのまま暗殺者として育ち、それを生業にしていたのなら忘れていたほうがいいのかもしれない。
「あなたは、誰なの? わたしの、何を知っているの?」
「だから、答える気はないと言っているだろう。まあ、名乗るくらいはいいか。わたしの名はクリューソス。今年でだいたい24だ。間違っても子ども扱いするでないぞ?」
どう見てもアルギュロスと同じで十代にしか思えないのだが、その理由はさっきクリューソスが言っていた通りなのだろう。
だとしたら、アルギュロスも実際は十代ではない可能性があるのか? あの無防備さで実は30代とか言われたら軽く恐怖を覚える事態だ。いや、精神年齢は1桁なんだっけ? つまり、見た目は10代、中身は1桁、実際は30代の可能性があると。せめて、クリューソスと同じ20代であって欲しいところだ。
「わかった。もう、あなたには聞かない」
「あら、素直に言うことを聞くのね? わたしの時は全然聞いてくれなかったのに」
ソフィアが意外そうに口をはさむ。学校での交渉ではアルギュロスは全然譲らなかったのは記憶に新しい。口には出さなかったが、これにはテュラーも同意見だった。
「それはお前が胡散臭いからだろ」
「あなたがしゃべると話が進まないから黙ってなさい」
ソフィアに続こうとした名無しさんは会話に入れさせてもらえなかった。なんていうか、ソフィアの名無しさんに対する扱いが雑のような気がする。これが上下関係というものだろうか。
「クリューソスは強い。わたしが刃向っても、勝てない。弱者が強者に従うのは道理」
「つまりわたしはあなたより弱いと?」
「1対1なら、私の方が、強い」
「なめられたものね」
瞬間、テュラーでも感じれるほどの強大な魔力を感知した。発生源は、呆れ顔をしているソフィア。
「え? 膨大な魔力の開放を確認。実力は、クリューソス以上?」
クリューソスは知ってたらしく、驚くこともなくアルギュロスに忠告する。
「その女を怒らせぬ方がいいぞ。いつもは溢れ出る隠しきれない魔力しか感じることができぬが、とんでもない力をその身に秘めておる」
今まで感じていた彼女の魔力は漏れ出した一部に過ぎなかった。いや、今も全力を見せているわけではなさそうだ。本当に力を持っている者は、その力をうまく隠すこともできるというのか。
「そ奴を敵に回すなら、悪魔と戦った方がましかもしれぬぞ?」
どうして強い力を持つクリューソスがソフィアの協力者をしているのか。それはアルギュロスがテュラーを必要とした理由とは違った。
先ほどアルギュロスが言っていた通り、彼女がクリューソスよりも強いからだ。
「さすがに悪魔は言い過ぎなんじゃ………。あれ? 否定しないのか?」
悪魔よりましというのは冗談かと思ったのだが、どうやらそんな雰囲気じゃない。当の本人も、
「そうね。その悪魔が比喩表現ならそうかもしれないわね。本物の悪魔以上に恐ろしいといわれるのは心外なんだけど」
否定はせず、それどころかほとんど肯定している。
まるで、本物の悪魔を知っているかのように。
しかし、悪魔や神というものは想像上の存在ではなかっただろうか。記憶は失ったが、それがどんな存在なのかは知っている。
そもそも、失ったのは自分に関する記憶だったみたいだ。それ以外のことは全てではないが、覚えていることもある。
この世に神なんていないと。
どうしてこの考えに至ったのかは分からないが、はっきりと覚えている。
神がいないなら、悪魔だっていないだろう。
「プライドを傷つけた女を死ぬより恐ろしい目に遭わせた過去を持つからな。そりゃ悪魔と呼ばれてもしかたねぇよ」
「あなたは今日の晩ご飯抜きね」
再び名無しさんが会話に入ろうとするが、やはり入れてはくれ気はないようだ。それどころか罰を言い渡された。
「なんであたしだけなんだよ! クリューソスだって言ってたじゃねーか」
「あなたからは悪意が感じれたからよ。そもそも、悪魔に憧れてたのはあなたの方でしょう? たしか、『紅い悪魔』だったかしら? たいそうご執心だったようじゃない。彼女の真似までしちゃって」
「止めろー! それ以上言うな!」
頭をかかえて悶絶する名無しさん。何回もソフィアに突っかかっては、恥ずかしい情報をさらされているのに懲りないのだろうか。
まだ出会ってからそんなに経ってないはずなのに、名無しさんのどうでもいい情報が無駄に増えていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ひと悶着あったが、無事に食事を終えて部屋に戻ってくることができた。
美味しそうな匂いを感じた時は、どんなものだろうと期待していたはずなのに、食べてみたらほとんど味を感じなかった。
きっといい匂いがするだけの食べ物ではなかった。その証拠にクリューソスは美味しそうに食べていた。
アルギュロスもよく見れば興奮しているようで、食べる速度も速かった。ただ、味が濃かったのかだいぶ水を飲んでいたけれど。
ともかく味を感じれなかったのはテュラーだけだろう。
協力者であるアルギュロスはともかく、彼女よりも強い力を持つ者に囲まれての食事だ。とても食事を楽しめる状況ではなかった。まさか全員揃って食べるとは思っていなかったのだ。
ちなみに名無しさんは本当に夕飯抜きになった。ソフィア曰く反省してるようなら許さないこともないとのことだったが、また余計なこと言って怒らせたせいだ。1人ずっと水を飲んでいた。
その名無しさんの実力は不明だが、おそらくソフィアのように力を隠しているのだろう。
ここに住んでいるのは管理人である名無しさんとクリューソスだけだと言う。
ソフィアに従っているとはいえ、クリューソスがおとなしくしているとは限らない。もしもの時に対処できるほどの力を名無しさんが持っていても不思議ではない。
また、ソフィアが上位の存在だと分かった以上、アルギュロスは彼女に逆らわないだろう。テュラーはもともと逆らえるとは思っていなかったが、アルギュロスはソフィアを認めてはいなかった。
下位の集団のリーダーとでも認識していたのだろう。集団での力は強いが個人は大したことない。利用できるだけ利用するが、従うには値しない。
しかし、ソフィアが力の片鱗を表したことで評価が変わった。力で敵わないので相手の意思に反することは極力避けるようになるはずだ。
「テュラーは、これからどうしたい?」
今度はアルギュロスのほうから聞いてきた。テュラーからすればそうでもないのだが、彼女からしたら状況が大きく変わってしまった。
個人の力では自分より弱いと思っていたソフィア達を利用するつもりだったのに、自分よりも強いと分かったのだ。
部屋を出る前に決めていた予定では、取り敢えずソフィア達からいろいろと情報を得るということだった。
自分たちに関することだけでなく、ここら辺の地域のこととか、生きていくうえで必要になる、忘れてしまった常識だとか、気を付けなくてはいけない事とか。
まあ、この辺のことは変更しなくてもいいだろう。問題はその後だ。
予定では情報を得るだけ得たらここを出ていくつもりでいたのだ。でもそれはアルギュロスよりも上位の存在が何人もいるため、かなり難しいということが分かった。
「俺にできる選択はほとんどない。ソフィアの意思次第だな。それでも、記憶を取り戻すのを諦めはしない。アルギュロスはどうなんだ? クリューソスに言われて、記憶を取り戻すのを諦めたのか?」
クリューソスは記憶を取り戻さない方が良いと言っていた。それは、アルギュロスの過去があまり楽しいものではなかったということなのだろう。残っている幼少期の記憶からもそれは予想できたことだ。
アルギュロスはそのことに対してどう思っているのだろう?
「わたしは、真実を知るのが、怖い。だけど、知らないままでいるほうが、もっと怖い。だから、わたしがどんな過去を持っていたとしても、知ろうとすることを、止めない」
真っ直ぐとテュラーの目を、決意の困った目で見つめてくる。
「ソフィアに何をやらされるかは分からないけど、お互い記憶を取り戻すために頑張る。これでいいんじゃないか?」
「分かった。わたし達は、失った記憶を求めて、ソフィアの下に着く」
「記憶が戻ってからのことは、その時考えよう」
変わったのは、ソフィアに対する評価と、彼女の下に着くかどうか。彼女が弱いなら進んで従うことはないが、強者だと分かった今なら、仕方ないと思える。
相変わらず信用はしないが、逆らえば命の保証がないので言うことは聞くということに決まった。




