第2話 得体の知れない少女達
言葉の意味が分かった。
さっきまで何を言っているのか理解できなかったはずなのに。
相手がこちらの分かる言語を使用してくれているわけではない。
最初に現れた黒い髪の少女とは違って、金の髪の少女は第一声から言葉の意味が通じたが、2人が使っているのは同じ言語だ。
ただ、テュラー達にも意味が理解できるようになっただけ。
彼女達の言語の意味が通じるまでの間に起こったことは、金の髪の少女が放った不可視の攻撃のみ。
アルギュロスは精神系攻撃に類似している言っていたが、おそらくそれが原因。
もしかして、攻撃されたわけではない?
「敵意の低下を確認。警戒レベルを引き下げます」
疑問に答えるかのように、相手の戦意が薄れたことをアルギュロスが教えてくれる。
そしてその声を間近で聞いてほとんど裸のアルギュロスと密着していることを思い出して、直ぐに弾かれたかのように離れる。
滑らかなきめ細かい肌だとか、印象通りの低めの体温だとか、女の子特有の柔らかさとか感じてる場合じゃない。
いきなり変な動きをしたテュラーに、やはり異常があるのではないかとアルギュロスが心配そうな目を向ける。誰のせいだと思っているんだ。
しかしそれもつかの間。直ぐに彼女は壁状になった銀を服に戻し、銀球も手元に戻して相手を見据える。
言葉の意味が通じるようになり、相手が可能なら会話での交渉を望んでいることを察したのだ。
「話を聞く気になったかしら?」
完全に警戒を解いたわけではないらしく、にらみつけるように相手を見ながらうなずく。
「単刀直入に聞くわ。あなた達の目的は何?」
「………目的?」
「ここは簡単に入れるような場所じゃないの。どうやって入って来たのかしら?」
どこからがその場所にあたるのかは不明だけど、今いるところは見た感じ簡単に出入りができそうなところだ。建造物を中心に柵や網が張られているが四方全面にあるわけではない。入ろうと思えば侵入するのは容易に見える。
いわゆる縄張りというやつだろうか。いかんせん記憶がないもので、縄張りであると示すものがあったとしても分からない。柵や網に囲まれた空間がそうなのだろうか?
アルギュロスが簡単に今の状況を説明する。
「私たちは気づいたらここにいた。直前までの記憶はない」
「………嘘はついてないようね」
金の髪の少女はじっとアルギュロスを見つめて嘘をついていないことを確認した。
アルギュロスもそうだったけど、嘘というものは見るだけで見破れるものだっただろうか。
記憶がないため詳細は不明。
「じゃあ、ここにいる理由はないのね?」
「ここが何処なのかも不明。居座る必要性はない」
「そう。なら場所を移動して話を聞こうかしら。ついて来てくれる?」
「なぜ? わたし達に従う理由はない。ここにいてほしくないなら勝手に出ていく」
こんどは金の髪の少女の提案にアルギュロスはうなずかなかった。
初対面の人間を直ぐに信用してついて行くのは確かに反対だ。騙されている可能性だって十分にある。
自分のことを棚にあげてそう考える。
しかし、今の状況でその判断はミスだろう。アルギュロスの発言で、一度緩みかけた空気が変わってしまった。
「確かに従う理由は無いかもしれないけど、見逃すわけにもいかないの。手荒な真似をしたくないから大人しく着いて来てくれないかしら?」
こちらの戦力はアルギュロスと足手まといが1人。
相手は判明しているだけでも3人。最初に現れた黒い髪の少女と金の髪の少女、そしてアルギュロスの攻撃を弾いた短剣を握っている少女。
黒い髪の少女は攻撃らしいことは何もしていないが、金の髪の少女が現れてからずっとめんどくさそうにしていて緊張感がない。アルギュロスの攻撃を見て少し目の色を変えたようだが、それでも余裕の色を見せている。おそらく腕に自信があるのだろう。
リーダー格の金の髪の少女も武器を持っているわけではないが、攻撃されても堂々としているあたり、戦闘慣れしているのだろう。得体の知れない怪しげな術も使うようだし、戦うことになった場合1番注意しなくてはいけない。
短剣を握っている少女は気配を消すのが上手いらしく、飛び出して来るまで近くにいることに全く気付かなかった。こちらが臨戦態勢を解いた際に剣先をこちらから反らしたが、いつ戦闘が再開されても良いようにか構えたままだ。こちらと金の髪の少女の間にこそ入っていないが、いつでも割り込めるように準備している。金の髪の少女の部下と言ったところだろうか。
戦力はどう見ても相手の方が上だろうに、アルギュロスは勇敢なのか無謀なのか大人しくするつもりはないみたいだ。見かけによらずアグレッシブなのか、再び銀球を自身の周りに漂わせる。交渉は決裂しそうだと判断したらしい。短剣を持った少女もすでに切っ先をこちらに向けている。
すぐにでも戦闘が再開されそうなピリピリした空気の中。このまま戦わせてはまずいと感じ、アルギュロスの代わりに口を開く。
「話って、何の話をするんだ?」
こちらの事情はすでにアルギュロスが答えたとおりだ。
気づいたらここにいた。直前までの記憶がない。
相手がそれを信じてくれているならこれ以上話すことなどないはずだ。どうやら嘘を見破ることができるらしいし、信じてないわけではないんだよな?
「あなた達のこれからの話よ。どうせ行く当てもないのでしょう?」
金の髪の少女の言う通りだ。だけど、
「それは俺達の問題であって、そちらには関係ないのでは?」
ここが彼女達の縄張りで、テュラー達に出て行って欲しいだけならば、こちらが出ていくと言っている以上これからのことは彼女たちに関係ないはずだ。
身寄りのなさそうな俺達を捕まえて奴隷にでもするつもりか?
「関係あるかもしれない。って、言ったらどうするかしら?」
「どういう意味だ?」
「話を聞きたいなら、着いてきなさい。大丈夫、身の安全は保証するわ」
そう言われて、はいそうですかと着いて行くには得体が知れな過ぎる。アルギュロスはすんなりと信用することができたが、金の髪の少女はどこか胡散臭い。
こちらのことを知らないようだけど、何かを知っているようでもある。
なにより、言葉が通じないことに気付いてから、対策までの時間の速さ。手際がいいにもほどがある。よく分からないけど怪しい。
「テュラー、ちょっと」
さてどうするかと悩んでいると、アルギュロスが耳打ちしてきた。身長が少し足りないためつま先立ちしてるのかと思ったら、宙を浮いていた。そんなこともできるのか。
「私たち、囲まれてる。周りから多くの生体反応を確認した。何人かは武装もしている。このままテュラーをかばって戦うのは難しい」
それは、目の前の3人相手ならなんとか出来ると思っての発言なのだろうか。たしかにアルギュロスの能力はいろいろできそうで有能だけど、そこまで強いのだろうか。
いや、今はそれより囲まれていることのほうが重要だ。
出来ればしたくないだけで手荒な準備も万端ってところか。
何か知っているなら話を聞いておきたいし、ここは大人しく従ったほうが良さそうだ。身の危険を感じるまでは従ったふりをしよう。
その事をアルギュロスに耳打ちすると、すんなりとうなずいてくれた。
「分かった。とりあえず話は聞く。ただ、この包囲網は解いてくれ。落ち着いて話もできない」
「………そう。この距離でも気付くのね。ルナ、武装の解除と包囲網を解くように連絡しといて。そこの魔術バカもいるし護衛はいいわ」
ルナと呼ばれた短剣を持つ少女は金の髪の少女に頭を下げてから去っていった。やはり護衛だったようだ。
とはいえ目の前の人物は護衛が必要には思えない。リーダー格というより、えらい立場の人間なのだろうか?
「着いて来なさいって言ったけれど、どこへ行こうかしら。学校は警備を外すわけにもいかないから、きっと落ち着かないわね」
「決めてねーのかよ」
一瞬、思わず心の声が漏れてしまったのと思ったが、発言したのは先ほどからずっと沈黙していた黒い髪の少女だった。
「この子達の索敵能力を甘く見ていたわ。そのおかげで大人しく従ってくれるみたいだけど」
「面倒くせぇ。じゃあどこ行くんだよ。ってか学校以外にねぇだろ」
「そうね。あなたの家に行きましょうか」
「は?」
「いいでしょう? 無駄に広いだけで人もいないのだし」
「いや、誰もいねぇわけじゃねぇよ? お前も知ってんだろ」
「あなたも見たでしょう? あの銀髪の子の力。おそらくカテゴリーエラーよ。彼女にも会わせたいからちょうどいいのよ」
「ちっ。しゃーねーな。暴れて壊さないでくれよ?」
「あなたの家であっても私の物なんだからどうなってもいいじゃない」
「おいっ!」
「ふふっ。冗談よ、冗談。私も壊されたら困ってしまうわ」
なんだかよく分からないが、落ち着いて話の出来る行先が決まったようだ。
どうやら黒い髪の少女の住処らしいが、まだ敵対するかもしれないテュラー達を連れて行ってもいいのだろうか。
「ここからちょっと歩くけど、それは勘弁してね」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
黒い髪の少女の住処に向かう道すがら、軽い自己紹介をした。まだ完全に警戒を解いたわけではないうえ、記憶がないのでテュラー達は必要最小限しか話さなかったが、相手も普通の自己紹介ではなかった。
金の髪の少女はソフィアと名乗った。しかしそれは偽名であり真名ではないらしい。偽名を使っている説明をするのはいろいろな意味で大変なため、広く呼ばれている『ソフィア』と呼んでくれればいいと言う。
先ほどの近くに在った『学校』とかいう建築物を使用している集団の中で、権力を持っている『生徒会長』という立場にいるらしい。その学校が所有する土地は、招かざる者がよく侵入してくるため常に警戒態勢をとっていて、テュラー達はその土地に入ってしまっていたという。
黒い髪の少女はソフィアと付き合いは長いが部下というわけではないらしい。彼女が名前を名乗る際にソフィアが「どうせあなたの名前は在って無いようなものなんだから無駄」という言葉に遮られて聞くことができなかったが、魔術について研究しているらしく、魔術以外にはほとんど興味がないらしい。毎回黒い髪の少女と言うのは面倒なので名無しさんと心の中で呼ぶことにした。
魔術と異能力は同じものなのか、こっそりアルギュロスに聞いたところ、「同じではないが同じ人もいる」とのこと。意味がよく分からず、とりあえず相づちをうつと、「魔術自体は才能しだいで誰でも使えるけれど、異能力によって使う人もいる」とのこと。結局よく分からなかった。
そうこうしているうちに名無しさんの住処についた。学校よりは小規模だけど、周りにある建造物よりは大きめであった。中に入る際、靴を履いたまま入ろうとしたら注意された。どうやら履いたまま入ってはいけなかったらしい。相手の反応から見るに、記憶と共に消えた常識なのだろう。許すまじ記憶喪失。
ちなみにアルギュロスは素足であった。どうやらずっと浮遊していたらしく、足の裏が汚れているわけでないないらしい。普通に歩く動きをしていたから気づかなかった。
沢山ある部屋の中の1つに連れて行かれると、椅子に座るように勧められた。アルギュロスが銀で危険がないか確かめたあと2人で着座した。名無しさんは何か言いたそうにその様子を見ていたけど、結局何も言わなかった。
ソフィアはお茶を準備すると言って別の部屋へ向かったがその際、「本来は家主がするべきなのに、お茶も入れられないのよねぇ」と残念な子を見るような視線を名無しさんに向けてから出て行った。
おそらく名無しさんを聞こえないふりをしていたのだろう。そっぽを向いて口笛を吹いていたが、全然音は鳴っていなかった。
ソフィアが戻って来て、机に甘い匂いのするものを置いて、赤っぽくていい香りのする熱のある液体を人数分カップに入れるとようやく話をする準備ができたらしい。
ソフィアはもったいぶりながら、カップに口を付けてから一言。
「それでは始めましょうか」
人物紹介
名 前 : アルギュロス
異能力 : 銀の支配者 銀を自在に操ることができる。
******を殺すために作られた**人間の生き残り。組織にとっては***の能力であったが、使い方によっては**を**す力を持っていため****に疎まれる。****の目論見通りテュラーによって*****を**された。
能力に目覚めてから精神的に成長していないため、見た目よりも精神年齢は幼い。また、施設の教育により表面上は淡々としている。




