第1話 記憶を失った少年少女は手を取り合う
鈍い頭痛を感じながら目を開けると、テュラーは見慣れない雑草の上に転がっていた。
見上げても天井は見えない。広々とした空が紅色に染まっているのが見えるが、焦げたような臭いはしない。遠くで何かが燃えているわけではなさそうだ。
近くにはそれほど高くはないが、おそらく石で出来た大きな建築物があるのが見える。
三階構造なのだろうか、地上付近と建物の上の方、そしてその間にそれぞれ1列ずつ中を覗き込めそうな透明の板が埋め込まれている。足場もあるようだし、出入りができるのだろう。
しかし、何の建物なのかは全く分からない。
そもそも自分がなんでこんなところにいるのかも分からなかった。
どうして俺は得体の知れない建物の近くで寝ていたのだろう。
思い出そうとしても何も出てこない。
軽く頭が痛いが、誰かに襲われたと言うわけではなさそうだ。
服装が乱れているわけでもないし、特に外傷もない。拘束もされていないし、誘拐ってこともないだろう。
ではなぜ自分がここに居るのか。考えても答えは出ない。
どうやってここに来たのか。どこから来たのか。
今まで何をしていたのか。何をしようとしていたのか。
帰る場所も、行く当ても。昨日どころか目覚める前のことさえも、何もかもが思い出せない。
これが記憶喪失と言うものだろうか。
頭をさすってもたんこぶのようなものは無いが、記憶を失うような衝撃があったせいで頭痛がするのかもしれない。
思い出せるのは自分の名前だけ。
テュラー。俺はそう名乗り、そう呼ばれていたはずだ。
そしてその自分の名前と共に、銀色の何かが記憶を過った。
しかしそれが何なのかは思い出せない。たしか、とても大切なもののような気がする。必死に手を伸ばして、何とか手に入れようとして。でも、その手で掴むことが出来ずに離れて行ってしまう。
きらきらと輝く銀色の………!
突然背後から人の気配を感じた。こちらを警戒しているのか距離を取ってじっと見ている視線を感じる。
恐る恐る振り返ると、1人の少女が無表情で立っていた。顔が整っている分よけいに人形みたいだ。
そしてその少女はいくつもの金属光沢を放つ球体を周りを漂わせている。
彼女が着ているワンピースのような服装もまたその球体と同様で、金属光沢が空の紅を反射させている。
髪や瞳もおそらく銀色で、色白な肌と共に紅い光に照らされて、全体的に紅く見える。
身長はテュラーより少し低い程度だろうか。少し小柄だが、年齢は同じくらいかもしれない。風もないのに結われていない長い髪が不自然になびいている。
異様な雰囲気と妖しさを感じるけど、魅かれるほどに綺麗でもある。思わず見とれてしまった。
しばらくお互いに言葉もなく見つめ合った後、彼女おnほうから話しかけてきた。
「………敵対反応は無し。あなたは誰?」
無表情のまま、銀色の少女は小首を傾げた。
警戒を解いたのか、宙を漂っていた銀色の球体は彼女の服に溶けるように一体化して見えなくなってしまった。あれはいったい何なのだろう。
「俺は………テュラー。他の事は覚えていないから答えられない。どうやら記憶喪失みたいなんだ」
話し合いの余地はありそうだと判断し、申し訳なさげに答える。記憶がないのが事実だとはいえ、信じてもらえるかどうかはわからない。
「そう。わたしと同じなのね。わたしも記憶が足りないわ」
「え、君も記憶喪失? じゃあここが何処かも分からない?」
「分からないわ。目が覚めたらここに居た。ただそれだけ。少し頭が痛いわ」
驚いたことに彼女も記憶がないらしい。それにしては落ち着いていると思ったが、自分も似たようなものだった。軽い頭痛がするところも同じようだ。
しかし困った。いろいろ聞いてみたいことがあるのに、相手も記憶喪失では話にならない。
「えーと、自分の名前は分かる?」
「ええ。わたしはアルギュロス。記憶の中では10才よ」
「10才? とてもそうには見えない。10代半ばくらいかと思った。それに記憶の中って?」
「私が覚えている自分の身体と、今の自分の身体が同じじゃないの。私は目が覚める前は10才だった。だけど、何故か今はもっと成長している。でもそのことに違和感がない。きっと、記憶はなくしたけれど、身体が覚えているから。感覚は失っていないからだと思う」
おそらく本当に目が覚めたら何年も時が流れていたのではなく、記憶を失った影響でそう思えてしまうのだろう。彼女の身体は今までの事を覚えている。だから違和感がないのだ。
そうでなかったら、目覚めたら知らない場所にいた上に、身体が成長していたら戸惑いを通り越して混乱して取り乱しているところだ。
とはいえ、彼女は身体が成長していたことに対して戸惑っていないだけで、この状況には戸惑いを感じているだろう。ほぼ表情の変化がないから良く分からないけれど。
そういえば、俺はどうしてこんなに落ち着いていられるのだろう。
そんなわけないのに、なぜかこんなことを何度も体験していて慣れている感じがする。そんなバカな。
「さっき君の周りに銀色の球体が漂っているように見えたんだけど、あれは何?」
ほとんど話せることもない自己紹介が終わったので、さっき気になった事を聞いてみることにした。
彼女の周りを漂っていた銀色の球体が何だったのかとても気になるのだ。
今は彼女の衣服と一体化してしまっているようだけど、どうなっているのか。
「異能力『銀の支配者』。わたしは、こうやって銀を自在に操ることができるの」
そう言ってアルギュロスは服から金属球を分離させ、手のひらの上に浮かべて回し始めた。
「異能力?」
彼女はさも常識かのように言ったが、聞き覚えのない言葉だった。
当たり前だ。俺は彼女と違ってほとんどの記憶がないのだから。
自分のこともよく分からないのに世界の常識なんて分かるはずもない。
「そう。誰しもが自分だけの能力を持っている。それが異能力よ」
異能力がどんなものなのかは良く分からないけど、記憶がないから忘れているだけで、当たり前に存在しているものなのだろう。
彼女が言うには、先ほど彼女の周りに漂っていて、服に溶け込んだ銀色の球体は純粋な銀の塊らしい。
もしかして彼女の服は純銀で出来ているのだろうか。
「誰しもってことは、俺にもその異能力って使える?」
「ええ。人によってさまざまだけど、異能力は誰にでもある。だいたいの人は10才ごろに目覚めるわ」
彼女の記憶は幼い子供の時までしかないはずなのに淡々と疑問に答えてくれる。やはり異能力というのはこの世界の常識なのだろう。
「じゃあ忘れているだけで、俺にも何かそういった力があるのか」
試しに手を伸ばして、何かが起きないか念じてみたけれど何も起きる様子はない。
使い方も覚えていないので確かめようがない。許すまじ、記憶喪失。
「わたしは能力が目覚めた後の記憶がほとんど無いわ。だけど、感覚的に使う事ができる。考えなくても、自分の身体のように動かせる。だから、きっかけさえあれば、あなたも直ぐにまた使えるようになる」
表情はほとんど変わってないけれど、アルギュロスは慰めてくれているようだ。
表に出ないだけで感情がないわけではないらしい。
「そっか。ありがとう。ねぇ、君はこれからどうする? 良かったら記憶が足りない者同士協力しない?」
「そう。それは良い考えね。私からもお願いするわ」
こうしてテュラーとアルギュロスは記憶を取り戻すための同盟を組むことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらく建築物の周りをあてもなく歩いていると、何人か横に並んで座れるような形の石を見つけた。真っ直ぐすぎる断面から見るに自然にこんな形になったわけではなさそうだ。ここでちょっと休憩しよう。
危険がないか確認したあと、間にはちょうど人が1人座れるほどの隙間を空けて2人で座った。
「そういえば、よく俺の言葉を信用してくれたね。自分が記憶喪失で、目の前の相手も記憶喪失ですなんて言われても普通は信じられなくない?」
それは自分にも言えることなんだけど、この子の場合、嘘とかがつけるようには思えなかったんだよね。初対面で何を根拠にしているのか自分でも良く分からないけれど、直観でそう思ってしまったのだから仕方ない。
彼女の方はなんで俺を信用してくれたのだろう。信用はしてないけど利用できそうだったからとかだったら嫌だなぁ。
「テュラーは嘘をついてない。わたしに悪意を持っていない。本当に困っている。それは、わたしも同じ。だから協力する。テュラーは、信じられる気がするから」
彼女に残った記憶上、10才の幼女と変わらない思考なのかと思っていたが、悪意も知らず簡単に人を信用するわけではないみたいだ。
「どうしてそんなことが分かるの? それも異能力?」
「いいえ。それくらい、相手を見れば分かるわ。テュラーは、わたしを信用してくれないの?」
「正直、よく分からないんだ。敵意や悪意は感じないから協力を申し出たんだけど、淡々としていて表情や感情が読めなくて」
「そう。でも、あなたのこと信じられると思ったから、わたしの異能力について教えたのよ。普通は信用しない相手に手の内をさらさない」
なるほど。そういえば異能力は人によって様々って言ってたっけ。普通は他人がどんな異能力を持っているか分からないから、他人に自分の異能力を知られるってことは手の内をさらすってことなのか。
アルギュロスはあえてその情報を明かすことで信用を得ようとしていたらしい。
異能力自体はありふれていても、特異性が強いために情報を伏せるのが常識といったところだろうか。
もしかして、この世界の治安ってあまり良くないの?
異能力というのは自分の身を護るための手段なのかもしれない。気を付けなくちゃ。
「察しが悪くてごめん」
「記憶が全くないから、仕方ないわ。………! 生体反応を確認。何かがこっちに来る」
アルギュロスは銀の球体をいくつも宙に浮かび上がらせた。そうやらこれが臨戦態勢らしい。
しかし俺は武器となるようなものは持っていないし、戦う術も分からない。彼女が警戒している方向にただ視線を向けることしかできない。
「………来たわよ」
足音は聞こえないが、俺にも気配は感じれた。
さっきまでの紅色の空はなんだったのか、辺りはすでに薄暗くなっていて視界が悪い。
すぐそこまで何者かがいると言うのに姿が確認できない。
「****、**********?」
姿と一緒に声も聞こえて来た。それは黒い髪をした少々がさつっぽさを感じる少女だった。しかし、何を言っているのかは分からない。
もしかして知っている言語じゃない?
記憶を失っていてもアルギュロスと会話することはできた。
だから言語能力は失われていなかったと思っていたのだが、ここにきて問題が生じたようだ。
もしかしたらここは言葉が通じない地域なのかもしれない。
「理解不能。コミュニケーションは難解。警戒レベルを引き上げます」
テュラーよりも記憶を保っているアルギュロスにも聞き覚えのない言語らしい。
これは困った。
「***? *********」
相手も警戒しているのか不用意に近づいてはこない。一定の距離をとってこちらを観察している。
言葉は通じないみたいだけど、こちらのことを全く知らないような反応をしているので、誘拐犯というわけではないだろう。近くに建っている構造物の持ち主だろうか。
相手もこちらとコミュニケーションがとれないことに気づいたようで、言葉をかけることを止めた。
そしてこちらから視線を外さないまま、懐から何かを取り出した。
手の平より少し大きいくらいの板、だろうか? 何をしているのか、指でその板をなぞったあと耳にあてる。アルギュロス同様警戒を強めるが、相手はこちらを観察するような視線を送りながらその板に向かって話しかけ始めた。
「呪文の詠唱? 魔力反応は無し。危険レベルは未知数。行動の理解は不能」
またしばらく睨み合いが続いた。
均衡を破ったのは目の前の相手。ではなく、その後方。新たな人物が現れたのだ。
その人物はなんて言うか、すごく目立つ。
最初に現れた少女は暗闇に紛れるような黒い髪をしているがさつそうな少女だ。
新たに現れた人物も少女のようだが、煌めく金色の髪がその存在をより一層大きく見せていた。
その神々しいオーラから一目でただ者じゃないのが分かった。
そして、金色の髪を持つ彼女をアルギュロスに見せてはいけない。なぜか瞬間的にそう思った。
しかし、すでにその銀色の瞳は彼女の姿を写してしまっている。
新たに現れた相手にさらに警戒を強めるアルギュロス。その様子に変化はない。
再び新たに現れた人物に目を向ける。正確には彼女の瞳の色を。
なるほど。彼女の瞳の色は青灰色だ。ならば大丈夫だ。
そもそも、アレはここにいない。もし彼女の瞳の色が………?
俺は何を考えているんだ?
どうして瞳の色が気になったんだ。そのことに何か意味があるのか?
ダメだ。もう思い出せない。
「魔力反応あり。仕掛けてくるわ」
アルギュロスの声に我に返る。新手の少女は黒髪の少女とは違い、いきなり攻撃を仕掛けてくるみたいだ。魔力反応ってことは異能力だろうか。
「目視不能。回避困難。先制を持って排除します」
アルギュロスの周りを漂っていた銀球が、彼女の意思に従って物凄い速度で突っ込んでいく。
しかし金の髪の少女は動じない。彼女は自分が何もしなくても、銀球を弾く術を持っていたから。
「***************!」
物陰からさらに新手が現れる。彼女は両手に持った短剣でアルギュロスの攻撃をすべて弾き、金の髪の少女を護るようにそれを構えた。
「魔力反応接近。テュラー、こっちに!」
自ら動くより速く、アルギュロスに抱き寄せられた。
彼女を覆っていた銀、つまりは服が変形し2人の前に壁が出来上がる。見えない攻撃から身を護るための防御壁にしたらしい。その代わりに彼女の服は面積が殆どなくなり、下着よりも際どくなっている。上半身に至っては、長い銀色の髪がなければ隠すべきところが見えてしまう。
「あ、アルギュロス!? その格好!」
「問題はない。それより、攻撃を防ぎきることはできなかった。精神系攻撃に類似。何か体に異常はない?」
正直、なんでそんな冷静でいられるのか分からない。
問題大ありだ。
もう少し詳しく今の状況を説明すると、テュラーは今アルギュロスに抱き寄せられている。そしてアルギュロスはほとんど服を着ていない。抱き寄せる時、いきなりだったものだから倒れるように彼女に抱かれた結果、頬が彼女の上半身の柔らかい部分に押しつけれているのだ。服の上からではそれほど主張していなかったのに触れてみるとその存在が確かだと分かる。そう意識した瞬間、顔が真っ赤になるのが自分でも感じた。
「体温の上昇を確認。テュラー、大丈夫?」
アルギュロスは自分の胸にテュラーを押し付けていても何も感じないらしい。10才の少女はまだそういった恥じらいがないのだろうか。はたから見ても、体温の上昇の原因がアルギュロスにあるのは分かるのだが、本人はそれに気づかない。
「お取込み中悪いんだけど、言葉が通じるかしら?」
呆れたような声が銀壁の向こうから聞こえてきた。
そうだ、今は戦闘中だった。赤くなっている場合じゃない。
ってあれ? いつの間にか相手が何を言っているか分かるようになってる。
人物紹介
名前 テュラー
異能力 ***** あらゆる*を自在に**ることができる。
****が生んだ存在。**からアルギュロスを**するための力を授かっている。****においてはアルギュロスを**するためだけに存在していたため、****によって**にはほとんど干渉できないようにされていた。****したアルギュロスを追って生まれた**を出た。
なんだかんだいろんなことを受け入れてしまうような性格をしている。




