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式神の魔術師  作者: 池上葉
第一章 託された使命
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3、探り

 会場内に入る。昼休憩で会議は中断しているようだが、千尋が通されたのは控え室。こういった場では、昼食の時間であっても他の学長たちと共に顔を合わせるのが一種の慣例となるようだが、ナディア・リドル学長が控えていたのは彼女用にあてがわれた個室。


 扉の前にいる護衛に視線を向けることもなく、一人、室内に足を運んだ。


 控え室といっても、部屋の中は至るところに絵画や彫刻品、骨董品などで彩られている。テーブル一つとっても一般家庭には場違い感を植えつけるような豪壮な仕上がりとなっている。


「待っていたよ」


 部屋の奥の椅子に腰かけた老齢の女性――国立ロンドン魔術専修学院学長、ナディア・リドル。見た目の年齢は七十台ほど。パーマのかかった白髪頭に、控えめに主張するアクセサリー。体格も小柄で物腰のやわらかそうな雰囲気だが、弱々しい印象はまるでない。


 ナディアはソファに腰かけるように勧めてくるが、千尋は扉の前に立ったまま動こうとはしない。上着のポケットに手を入れたまま、目の動きだけで部屋の中を一撫でする。


 部屋の四隅の上下部、八箇所に長方形の紙が貼り付けられている。裏返しになっているのか、それとも視えないように細工されているのか、紙の表面には何も書かれていないが、それが何かを尋ねるまでもなく察する千尋。


 結界だった。今、この空間は外界から隔絶されている。といっても、扉を開ければ出入りすることは可能だが、話し声程度であれば外に漏れる心配はしなくてもよいだろう。恐らく携帯の電波すら届かないようになっているはずだ。その証拠に、カーテンは開いているが窓から明かりは入ってこない。室内を照らすのは照明のみだ。もう少し大掛りな術式さいくともなれば人の動きすら制限できるのだが、この程度であれば何も問題はない。誘い込まれたわけではないということを理解する千尋。


 その警戒がわずかに緩んだのを待ったように、ナディアは話しかけた。


「三上千尋。どうしてあんたをここに呼んだかわかるかい?」


 しばらく口を閉ざしていた千尋だが、


「父さんの件でだろ」


 この時、千尋はその詳細まではつかめていなかった。相手の女性も見ず知らずの他人。そんな人間が、正式な『魔術師』とすら認められていない駆け出しの自分に用があるとすれば、三上清之介の息子だからという理由以外にない。そしてその内情についてだが、あらゆる方面で活躍していた父のこと。絞り込めるはずもない。ただ黙ったまま無知であることを悟らせるのもどうかと思ったのか、牽制する意味でそう答えたのだった。


 その答えに、ナディアは素直に感心する。


「うん、父親に似て察しがよい」


 もちろんその語句の中に「子供の割には」と含まれているのがわかったのだが、それ以上のリアクションをする意味も理由もそんな気もなかったため、黙って次の言葉を待つ。

 すると、ナディアは唐突にこんなことをいてきた。


「どんな最期だった?」


 ステラがどんなに頑張ってもその感情一つ乱すことのできなかった千尋の、そのまゆがピクリと動く。


「最期とは?」


「最近あの子からの連絡がないからね。ちまたでは魔術業界から足を洗ったって話だけど、それでも私には一報くらいあってもいいと思ってね。それがないということは、もう死んでしまったのかと心配しての質問だよ」


 千尋はしばし無言を保った後、


「さあ、旅行にでも行ってるんじゃない」


「息子であるあんたが知らないのかい?」


「六年前に別れたきりだから」


「そう……。事情は聞いたら教えてくれるのかい?」


「……………………」


「今頃何してんのかねぇ……」


 しみじみと語るナディア。


「知り合いだったの?」


 尋ねてみると、


「あたしの教え子さ。あの子が魔術師になってからは仕事仲間でもあったね。優秀で誰からも頼りにされるような子だったんだが……」


「……………………」


 少しの沈黙。


「ところであんたはこんなところで何してるんだい? 子供が身を置くには少々物騒なところだと思うがね」


「魔術師に年齢は関係ないはずでしょ」


「正式に魔術師として認可を受けた者はね。あんたはただの雇われだろう?」


「雇われでも問題はないはずだけど?」


 一般的に魔術師という名称は、魔術協会に属する者、または協会から認可を受けた者に与えられる称号であるため、正確には個人で活動する者が名乗ってよいものでもない。


 例えば千尋の父、清之介などは『式神遣い』としてその名を馳せており、元々は陰陽道の系譜に連なる『呪術師』として活動していたのだが、協会の公認試験に合格し、認可を受けてからは『魔術師』に肩書きを変更している。

 例え認可を受けていなくても、魔術がらみの職につく者はそうしておいた方が都合が良い場合が多いし、協会から詐称に問われることもないため、その辺りの境目は有耶無耶になっているのが現状なのである。


 もちろんナディアもそういった事情を知っているため、そのことについて特にこれ以上言及することもなかった。代わりにはぐらかされたもう一つの項目について直球で探り出す。


「『石の魔術師(ホルンフェルス)』狙いかい? もしそうならやめときな。あんた一人でどうこうできる相手じゃない」


「忠告に意味はないよ」


 その返答が質問に対する肯定だったのだが、ナディア相手では誤魔化す必要がないと思ったようだ。


「忠告じゃない。ただのおせっかいさ。その歳で死に急ぐもんでもない」


「『石の魔術師(ホルンフェルス)』について色々知っていそうだね」


「まぁ、一般人が知り得るよりはね」


 そこで言葉を止めるナディア。相手からの質問を待っているような節があったが、千尋はそれ以上追及することはなかった。


 『素顔』をみせないこの女からの情報など、信じるに値しないと判断したからだ。


「もういいかな?」


 顔を逸らしながら尋ねる。


「ああ。警備のほう引き続き頼んだよ」


 ナディアもそれ以上引き止めることはなかった。それに千尋は――


「……………………」


 口を開くことなくその場を後にした。


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