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その人の名は狂気――influence panic――  作者: 無道
7章 浮雲市脱出
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覚悟

本当に、大変お待たせしました。

これまでの内容は憶えてない方大半だと思いますので、必要に応じてこれまでを読み返してください。

「――もう、捜しましたよー先輩」

「んあ?」


 安物のワインにボトルごと口を付けた時だった。

 突然掛けられた言葉に振り向くと、そこには見慣れたウルフヘアがあった。早川だ。


「よう、やっと追いついたか」

「追いついたか、じゃないっすよ! 昼間にめちゃくちゃ銃声が聞こえたから、もしかしたら巻き込まれたんじゃないかと思って、自分心配したんすよ!」

「なんでお前がいっちょ前に俺の心配をしてるのかは赦してやるとして、よくここが分かったな」

「この部屋だけ、中からちょっとだけ灯りが漏れてたっすから。ていうかこれ、どういう状況なんすか?」


 早川が怪訝な表情で辺りを見渡す。床に転がっているのは、俺がさっきまでに開けた酒の空き瓶と、その酒の元々の持ち主であった男達。どれも気を失っているが殺してはいない。


「逃げ込んだこの部屋にいた先客でな。和彦を殴って遊んでる間は良かったんだが、途中から千尋を襲おうとしやがったから身の程を弁えさせてやったんだよ」

「え、あの人たちいるんですか」


 俺の説明を聞いた早川は途端に顔を顰めた。

 無言で俺は倒れている男の一人を指さす。そこには、男達に紛れて倒れる和彦の姿があった。


「ちなみに隣の部屋には功と千尋が寝てる」

「うわぁ、自分がいない間に何があったんすかー。しかも、和彦さんはともかく、あの姉弟もいるとか萎えるっすわー」

「なんだ、お前あの二人嫌いだったか?」


 俺の記憶では、千尋達と早川に面識はなかったはずだが。


「いやぁ、話を聞く限り、千尋ちゃんって夢見る少女タイプなんで私の苦手な女子なんすよねー。それに、先輩もあの中学生が絡むと、途端に日和っていつものギラギラした魅力が無くなっちゃいますし~」

「……そうかよ」


 明らかな挑発だが、乗ることはない。今日は色々なことがありすぎて正直疲れ切っていた。


「……あれ、今日は殴ってくれないんすか?」

「お前の問題発言はさておき、これからのことについてだ。一度しか言わねえ。今日あったことを話すから聞き逃すなよ」

「りょ、了解っす!」






 全てを話し終える頃には、飲みかけだったワインボトルは全て飲み干していた。流石に少し酔っぱらった。


「なるほど……そりゃ先輩も災難な目に遭ったっすねぇ。灯っていうと、智也先輩を殺しかけた人っすよね?」

「ああ、業腹だがな」


 灯への復讐は心に誓っていたが、よもやこんな形でそのチャンスが巡って来るとは。しかし、今の状況は灯の望んだ展開である以上、向こうの土俵で勝負しなければならないため、少々分が悪い。


「灯以上に問題なのが、さっき話した変異体の連中だ。一人くらいならなんてことねえが、流石にあれ三人の相手をいっぺんにするのは俺でもきつい」


 鉈男、鎌男、鋸男。

 このうち、最後の一人は分からないが、残りの二人は確実に変異体だ。

どんな打撃もはじき返す鎌男に、ミニガンすらも自力で持ち上げ、あまつさえ撃ちながら歩行も出来る鉈男。変異体かは分からない鋸男も、圧倒的な質量を誇るダンプカーを操る以上、厄介であることには間違いがなかった。


「うーん……でも先輩。それならなおのこと、向こうの提案に乗る必要はないんじゃないですか?」

「ああん?」


 小首をかしげた早川の素朴な質問に俺は眉根を寄せた。


「惚けないでくださいよ。いくら人殺しが大好きな先輩でも、今回の案件がリスキーすぎるのは分かってるはずっすよ? 向こうがそれだけの戦力を集めているのに対して、こっちは戦力にもならない足でまといばっかり。これで明日までに隣駅までってのはなかなか難しいと思うんすけどねぇ」

「つまり……お前は俺に功を見捨てろってことか?」

「見捨てるとか以前の問題ですよ。その子の命はそもそも助ける必要がないものです」


 珍しくとぼけた様子もなくハッキリと自分の意見を述べた早川がまっすぐに俺の瞳を覗き込む。彼女の瞳には、俺を試すような意思が見えるような気がした。


「さっきの、姉弟のせいで先輩が日和るって話。あながち冗談じゃないっすよ。ここでそんな甘えを先輩が見せるなら、自分にも考えがあるっす」

「早川……てめぇ」

「あまり自分を失望させないでくださいよ。八代智也先輩」


 俺が言い返そうと口を開きかけた時、隣の部屋の扉が開いた。

 俺と早川が揃ってそちらに視線を向けると、そこにはおっかなびっくりこちらを見る千尋の姿があった。


「えっと……智也さん? その人は……」

「おっ、泥棒猫の登場っすね」

「え?」


 聞き間違いかと思う言葉を吐いた早川は、そのままずけずけと千尋に近づいていく。

 制止の声を俺が上げる前に、早川は宣戦布告してしまった。


「初めまして。自分、早川知世っていう者っす。智也先輩とは、まあ複雑な関係なんすけど、あなたが及川千尋さん、で間違いないっすよね?」

「は、はい」

「そうっすか。それじゃあ千尋ちゃん――あなたの家族の問題に先輩を巻き込まないでくれませんか? 智也先輩はこれまで何度もあなた達を助けたし、そろそろ他人に甘えるのはやめましょうや」

「ッ!」

「早川!」


 俺は鋭く名前を呼んだが、早川はどこ吹く風。そのまま千尋に追い討ちを掛ける。


「なんでも、今病気で苦しんでるのは弟さんなんですよね? 大事な家族だったなら、どうしてあなたは護ってあげなかったんですか? 弟君を治すために先輩を危ない目に遭わせる上に、しかも大したリターンも払えないんじゃお話にならないと思うんすけど。あ、もしかして自分が子どもだから助けられるのが当然とか思っちゃってます?」


 悪意しかない言霊が千尋を襲う。俺の前では従順で随分忘れていたが、そういえば早川とはこういう女だったことを今更ながら思い出す。

 しかし、早川の言葉にどこか気が晴れている自分の気持ちを自覚して驚いた。俺は、早川の言葉に賛同している。心の中のどこかで、彼女たちのお守りはもう疲れたと、そう感じている自分もいたということか。


「そこに転がってる和彦さんみたいな楽天家は別ですけどね、今はもうみんながみんな、自分のことで精いっぱいなんすよ。だから、いつまでもお姫様気分で助けを待つのは勝手っすけど、それに自分たちをまきこまないでください」


 早川はそこまで言い切ると、ふんと息を吐いた。

 そのまま、回れ右し、玄関へと向かって行く早川に俺は珍しく狼狽した声を上げる。


「お、おい、早川」

「なにぼさっとしてるんすか。早く行きますよ。先輩から聞いた今の話だと、ここがそいつらに見つかるのも時間の問題かもしれません。それなら、ここにいる千尋ちゃんたちを囮にして、今のうちに拠点に戻るのが最善だと思いますよ」


 それとも、まさか残るなんて言いませんよね?


 こちらを見た早川の瞳が、言外にそう告げていた。

 俺は刹那の間迷う。迷うという判断をした。それだけでも、自分が千尋たちに結構な情を移していたのだと自覚した。


「……わかった」

「……ッ」


 今までの自分が甘かった。早川の言う通り、これ以上千尋たちに付きそう道理はない。

 足元に置いていた荷物を拾い上げ、踵を返そうとしたとき、後ろから声が掛かった。


「待ってください!」


 それは何かを決心したような声音だった。

 俺が振り返ると、千尋は怒るのでもなく、悲しむのでもなく、ただまっすぐと俺の方を見た。


「功を助けてください、智也さん」

「千尋ちゃん、まだそんなこと言ってるんすか? だからそんなお願いは――」

「功を助けてくれた時には私のこと、智也さんの好きなようにしていいです」


 千尋の言葉に俺は瞠目する。

 彼女とて馬鹿ではない。この状況下でその言葉を、しかもこの“俺”に言う事の意味は十分に分かっているはずだ。


「な……そ、そんなこと言ったって信用できないっすよ! 第一、千尋ちゃんに何が出来るって言うんすか!」

「私に出来ることならなんでも。少なくとも、私は早川さんに負けないくらい智也さんのことを知っていますし、覚悟は出来ています。それに、信用出来ないっていうけど、私じゃ智也さんから逃げることなんてどのみち不可能です。でしょう?」


 詰問するはずが、逆に訊き返され、早川は言葉に詰まって黙り込む。千尋がここまで強硬な態度をとることを予想していなかったようだ。


「……ふん」


 だが、俺には分かる。彼女、千尋がただ優しいだけではなく、その実、確かな芯の強さを持っていることを。

 どこまでもまっすぐ、そしてひたむきな彼女は、今言った言葉も全て本気なのだろう。

 それを信じられるくらいには、俺は千尋を信用できるようになっていた。


「……その意味、分かってると思っていいんだよな」


 だからこそ、俺は短く、それだけ確認した。


「はい。私たちにはもう、智也さんしかいません」


 返ってきたのは想像通り、いや、それ以上に直球な感情の吐露。

 もう俺は笑みを浮かべるしかなかった。


「早川、お前の負けだ」

「先輩! 正気ですか!?」

「確かに、最初にこいつらを助けたのは俺の勝手だ。その借りも今までで十分返したと思ったが、特別サービスだ。どのみち灯の奴にも一泡吹かせるつもりだったし、行きがけの駄賃で助けてやるよ」

「……ッ、ありがとうございます、智也さん!」

「礼はいい。それより早くここを出る準備をしろ。そこでいつまでも寝てやがる和彦も起こしてな」

「はい!」


 先ほどまでの悲壮感が嘘のような足取りで隣の部屋に入っていった千尋を見送り、俺は後ろでそっぽを向いている早川を軽く小突く。


「年下に言い負かされて拗ねてんじゃねえよ」

「……だって、先輩が千尋ちゃんばっかり贔屓するから……」

「くそ面倒くせぇ奴だなぁてめえは……仮にお前が病気になっても、同じように助けてやるよ。まだ利用価値があるからな」

「……ツンデレ乙」

「ぶち殺されてえのかてめえ」

「あいたぁ!?」


 早川は後頭部をグーで殴られ情けない声を上げる。

 そのとき隣の部屋から功を背負った千尋が出てきて、ついでに気を失っていた和彦にも声を掛ける。

 早川がさっき言ったように、今ここにいるメンバーのほとんどは戦力外の足手まといで、これからの大移動は危険を極めるだろう。

 勿論、一番は自分の命なので、最悪ここにいる連中全員を捨ててでも逃げる気ではいるが、俺にも灯に復讐するという大きな目的がある。ここからは腕の見せ所だ。

 久しぶりに高まってきた高揚感に、俺は小さく嗤った。


読んでいただきありがとうございます。

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