狂った者達の宴
レビューいただきました! モチベーションにしてこれからも頑張ります!
廊下は人気のない静けさが支配していたが、先ほどのように待ち伏せしていたり、隠れている可能性もある。だが、しらみつぶしにそれを全て探して回る時間もない。そこで俺は兼ねてより思案していたことをここで試すことにした。
廊下の途中まで来ると、俺はその場で二回足踏みをする。
足音が反響し、やがて振動として鼓膜まで返ってくる。
「――そこか」
俺が迷いなく向かったのは家庭科室。ドアに手を掛けるが、内側から鍵をかけているらしくびくともしない。ビンゴだ。
事前に早川から教室全ての鍵を受け取っていたので、慌てることなく鍵を使って開錠する。
勢いよく扉を開くと、中は一見無人だが、確かに人の気配を感じる。どこかに隠れ潜んでいるのだろう。
俺はその場でもう一度足踏みをする。反射した音が情報となり、教室の家具の位置や形、中に入っている物まで、まるで立体映像のように頭の中に情報として展開される。
強化された聴力は、何も小さな音が聞こえるようになるだけ、というわけでは無いらしい。俺は、自分の能力の新たな使い道を見つけたことに満足しながら、教室にあった掃除用具箱を迷わず開いた。
「えっ、何で!?」
「チッ、外れか」
中に隠れていた女は、俺のタイプでは無かったため、すぐにナイフで喉を貫き殺した。
刃に付いた血を一振りして軽く落とすと、死体をそのままに教室を後にする。
その後も、一階から順に上へと上がっていき、隠れ潜む女を見つけては意識を奪い、或いはそのまま殺した。絶望を見せるわけでもなくすぐに殺すのは勿体ない気もしたが、今学校に残っているだけでも三十九人いるのだ。全員をじっくり殺していれば時間が無くなってしまう。
「い、いやああ――ぎぃ!」
「これで十八人――お」
三階の見回りも折り返し地点になったときだろうか。複数の足音がこちらに向かっているのを捉えると、次の瞬間、俺を挟むようにして廊下の両端から数人の女が姿を現す。
女たちが手に持っているのは避難訓練でお馴染みの消火器。それを一斉に俺に構えて噴射させる。
「いっけぇ!」
途端に視界を白塵が覆い、何も見えなくなる。消火器の噴射音が止んだ途端、こちらに駆けてくる足音。作戦としては悪くない。
だが、視覚が塞がれても、俺にはもう一つの聴覚がある――。
俺はサバイバルナイフを抜くと、耳が拾う音を頼りに頭に白黒の映像を展開させる。
目の前から包丁を持ってこちらに突進する女が一人。後ろからは、使い切った消火器を持ち上げ、こちらににじり寄ってくるのが一人。前の女がダメージを与えたところを、後ろの女でトドメを刺す腹か。
遂に間合いに入り、手に持った包丁をこちらに突きだそうとした女は、その一歩手前で額から大型ナイフを生やし絶命する。
「なっ!」
思わぬ反撃に掲げた消火器を正に振り下ろさんとしていた女の身体が一瞬固まる。
俺は振り向きざま、女のがら空きになったボディーに、全盛期なら石のブロックすら砕いた縦肘を喰いこませる。
「ぶっ……!?」
突き上げた肘が肋骨を砕く感触。女は消火器を落とすと、その場に蹲る。
「嘘ッ! 何で、こっちが見えてるの!?」
奇襲が失敗した女達は慌て、蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げ出していく。
「いいぜ、命がけの鬼ごっこだ……!」
俺は舌なめずりすると、目を閉じたまま彼女たちを追いかけた――。
屋上に上がると早川が驚いたようにこちらを見た。
「あれ、もう終わったんすか?」
「三十五人。残り四人が見つからねえ。こっちに来たりしてないか?」
「あー、それならアレだと思うっすよ」
早川が眼下のグラウンドを指さすので見ると、校庭には新たに四つの死体が出来ていた。
「外に逃げ出そうとしてたので、命令通り殺っちゃいました。これで良かったんですよね?」
飼い主を見つけたチワワのようにこちらに駆けよってくる早川の頭を俺はポンポンと叩く。
「……ああ、合格だ。お前も立派な狂人だよ」
「えへへ、照れるっす~」
どうやらこれでとりあえず居残り組は全滅させられたようだ。後は和彦たちの帰りを待つことになる。和彦たちに比べたら、今の奴らなど前菜も良いところ。本当の愉しみはここからだ。俺は血が高ぶり、高揚していくのを感じる。
「これから主賓が帰ってくるんだ。盛大にお迎えしねえとな。早川、今までお前も暇だったろ。これからお前にもっとハッピーな仕事をやるよ」
すると早川がパッと灯りが点いたように輝く。
「マジすか! ちなみに具体的にはどんなのなんすか?」
「手始めにな、学校を燃やす。それから、生かしておいた奴何人かをブツ切りにする」
「サイコーにイカレた仕事じゃないっすか!! いやぁ、智也先輩の強さも知れたし良かったには良かったんすけど、正直、さっきの仕事は暇過ぎっていうか、退屈だったんすよねぇ。それに比べてこの仕事、自分、久しぶりにワクワクしてきましたよ!」
「だろ? 俺もお前の左目潰した時くらい滾ってきたぜ」
「あはは、あの時は正直先輩への恐怖と怒りしかなかったすねえ。まあ、今ならあの痛みにすらも快感に感じる自信がありますけど。あ、ちなみにそのブツ切りの選出方法はどうしましょう?」
「今は気分が良い。特別サービスだ。十分以内でなら、お前のやり方で決めていいぞ」
「さっすが先輩! 今まで結束していた人達を、恐怖で疑心暗鬼にさせて、関係をグチャグチャに壊す時って最高に昂ぶるっすよね! いやぁ、分かってますわぁ」
「はっ、まさか俺も、自分の狂気にここまで同調出来る奴がいるとは思わなかったよ」
こちらを笑顔で見つめる早川と目が合うと、彼女の瞳の暗い闇に魂ごと引き込まれそうな気がしてくる。快活で、眩しくて、爽快な笑顔。それなのに、瞳だけは狂気を宿し、一切の光を感じないような暗黒。
――間違いねえ。猿拳使いみたいな偽者とは違う、こいつは間違いなく狂人だ。
「? どうしました先輩? 自分の美貌に見惚れちゃいましたか?」
「はっ、ふざけんな。あんまり舐めたこと言うと残った右目もくり抜いて、代わりにビー玉でも突っ込むぞ」
「ひゃあ、それも気持ちよさそうっすけど、それじゃ先輩のお役に立てれなくなっちゃうっす。それは最後の愉しみにして、今はこっちを愉しんでくるっす!」
早川はサバイバルナイフを受け取ると、屋上を駆け下りていく。
俺はそれを呆れ気味に苦笑すると、屋上を後にする。今さっきかなりの体力を浪費したはずだが、その足取りは軽い。
「待ってるぜ」
誰ともなく呟いた言葉は、半開きになったままの扉から外へ飛び出し、風に乗って消えた。
御意見御感想お待ちしております。




