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その人の名は狂気――influence panic――  作者: 無道
第3章 終末のプラーミャ
32/73

出陣

「……それじゃあ出てきてください」


 顔に明らかな不満の色を浮かべつつ、女子が俺を放送室から出るよう指示する。


「そういえば一昨日くらいから早川を見てないな。あいつは世話係を首にでもなったのか?」

「知りません。いいから早く出てください」


 女子は早く仕事を終わらせたいようだった。部屋から出てきた俺に、無造作にリュックを投げ渡す。ここに来るときに持って来たリュックだ。


「あなたの私物は全て返却します。二十分後に正面玄関に来て下さい」


 用件だけを伝えた女子は、足早にその場を去っていく。

 リュックの中を確認すると、あの日と同じもの(ただし食料は抜かれている)に加えて自分の服が入っていた。

 俺は一度放送室を振り返り、常闇の監獄と、中で未だ眠っている奴隷の男に別れを告げる。


「じゃあな。……賭けには俺が勝つ」






 元の服に着替えを済ませ、玄関へ行くと、そこにはあの雨の日にいたと思われる武器を持った女子が沢山集まっていた。数えてみると十七人いた。少しだけ増えたか。

 すると奥の方で、こちらへ向かって手を振る女子が一人。身体の動きに合わせて紅蓮の髪が踊り、太陽に照り輝く。


「おーいカズくーん! こっちこっち~」


 初夏の陽光を浴び、姫路は満面の笑顔で俺を出迎えた。

 隣には当たり前のように千羽が控えている。


「悪い、待たせたか?」

「ううん、今来たところ! いやぁ、この台詞、男の子に一度言ってみたかったんだよね!」

「……(ぎろっ)」

「俺を睨むなって……」

 

 千羽の虫でも殺しそうな睨みから視線を逸らしつつ、俺は周りにいる女子たちを見渡した。

 昨日姫路と話し合った結果、今回はいつも探索している場所より遠い地点の偵察を主目的とすることにした。そのため、 人員は六~七人と最小限に留めることにしたはずだが、ここにいる人数は優にそれを超えている。


「あ、この娘たち? この娘たちはね、見たことあると思うけど探索班の人たちで、元は武道系の部活に所属してた娘がほとんどなんだ。今日はその中でも選りすぐりの娘だけで行くんだよ」


 俺の考えを察した姫路が、メンバーの紹介を始める。


「まずは弓道部の五人。弓道部の娘たちは比較的男嫌いもなくて、私が朝事情を話したらあっさり了承してくれた良い娘たち。右から皐月ちゃん、卯月ちゃん、弥生ちゃん、葉月ちゃん、睦月ちゃん。名前は全くの偶然なんだって。すごいでしょ」

「もう、ひとくくりにしないでっていつも言ってるのに~」

「訓練の時はごめんなさいね。神奈様の指示は絶対だから……。代わりに、今日は私があなたを絶対護るからね!」

「そうそう! 今日はわたくし葉月と隣の弥生が弓道部の中から同行するから。神奈様、千羽さん、今日はよろしくお願いします」


 明るいが、どこかお淑やかな印象の弓道部から、二人が頭を下げる。

 俺もよろしくな、と軽く頭を下げた。


「次に薙刀部と槍術部から一人ずつ。玲子ちゃんと静香ちゃん。この二人は元々部のエースで、探索班の皆は二人から習って使えるようになったんだ。ちょーっと気が強くて、カズくんに当たりが強いかもしれないけど、よろしくしてあげてね?」

「ふん、勘違いするなよ。神奈様の命令が無ければだれが男なんかと……」

「あの訓練の時、もっと痛めつけておけばよかったな」


 怖いお姉さま方といった様子の二人が、敵意を剥きだしてそう言う。彼女たちの近くに集まっている女子は全員そんな空気を醸している。


「玲子姉さま、どうかご武運を! 感染者もそうですが、男にも十分に気を付けてください!」

「静香先輩も! 先輩の留守の間、学校の警備はお任せください!」

「ああ、行ってくるよ」


 後輩と思われる女の子たちに激励され、二人が出発組に加わる。これで四人。俺と神奈も併せれば五人だ。


「んで、剣道部からは、もうお馴染みになったさっちゃん。さっちゃんは今年の剣道の全国大会でもベスト四に残った天才剣士で、そのうえ今日は武道場に飾ってあった真剣まで持ってきてるからかなり強いよ。 今日はさっちゃんが主にカズくんの護衛につくから大船も大船、タイタニックに乗った気持ちでいてね!」

「沈没必至だな」

「神奈の頼みです。頼まれた以上は全力でお前を護りましょう。……お前は人の話を聞いているのですか?」

「いや、ちゃんと聞いてるから!」


 腰に据えた刀に手を伸ばした千羽に慌てて弁明する。


「……まあいいでする。しかし神奈、この男を護るのは、本来は早川の仕事のはず。彼女は何をしているのです?」

「あー、知世ちゃん? それが、一昨日の夜から見ないんだよねー。流石に学校の中から出てるってことは無いだろうけど、結局見つけられなくて今回はさっちゃんに頼むことにしちゃった」

「知世ってそんなに強いのか?」

「ええ、それなりには。早川は空手部の新人のホープでしたから」


 千羽の答えに俺は納得した。通りであんなに一発一発が重いはずだ。

 これで六人。人数的には、あと一人くらいならいてもいいぐらいだ。


「それじゃあ最後の一人を紹介するね。最後の一人は薪割り部からの参戦。カズくんも御馴染みのこの人です!」

「――ッ! 灯!?」


 最後に人垣を掻き分け現れたのは元々の仲間、灯だった。その瞬間、長年の親友に再会したような感動が、俺の身体を突き抜ける。


「……」


 灯は相変わらず見惚れるようなポーカーフェイスで、じっと俺を観察するように見つめる。


「な、なんだよ……」

「……傷は治ったの?」

「か、完治はしてないけど、軽く走ったりするくらいなら大丈夫だ」

「そう……馬鹿」

「いてっ」


 灯は小さく何か呟くと、おもむろに俺の肩にパンチしてきた。軽くではあったが、そこに傷があった俺は眉を顰める。


「こんなのでも痛がってるのに、外に出て散々嬲られた相手の人助けをしようだなんて。ホント、和彦はとんでもない馬鹿だわ」

「……最近そんな台詞を違う奴にも言われたよ」


 今、そいつはまだ眠っているだろうか。そこで灯は突然表情を崩す。


「でも、また逢えてよかった」

「――ッ! あ、あのな……!」


 その突然の笑顔は不意打ちすぎた。しどろもどろになって俺が何か言う前に横合いから合いの手が入る。


「ひゅーひゅーお二人さん熱いねえ! こりゃ楽しい探索になりそうだねぇ」

「……神奈、その昭和みたいなノリはおっさん臭いですよ」


 姫路が冷やかしたおかげで、落ち着く時間が取れた。俺は正面からこちらを見上げる灯の瞳を見据える。


「……心配かけて悪かった。けど、もう大丈夫だ。これを無事に終えたら、俊介たちの所に帰ろう」

「……ええ」


 そこで、ひと段落したところを見計らって姫路があの身の引き締まるような声音で声を張り上げる。


「諸君! 今回の探索は、私たちの未来を繋ぐうえで重要な意味を帯びるだろう! 学校に残る者には帰るべき場所の守護を、探索にでる者には未来への希望を、己が使命として全うせよ! では……開門!」


 姫路の言葉に合わせて、自動式の校門の柵がゆっくりと開く。その奥からは、何体かの感染者がこちらに向かって走ってくる。


「……いつも思うけど、あんなに大声出す必要ないんじゃないか?」


 姫路が振り向いて笑った。


「何言ってるの。これがないと気合い入らないでしょう? それに、これは景気づけにもなるし、ね!」

姫路が跳ぶように前に躍り出る。十メートルくらいあった校門までの距離を一歩で詰め、もう一歩で感染者と肉薄し、手に持った深紅のショベルで、感染者を一気に薙ぎ払った。

「ゔああ……」


 まるで木の葉のように軽々と吹き飛ぶ感染者。デタラメな力に唖然とする中、こちらに振り返った姫路が声を張り上げた。


「さあ、未来を獲りに行くよ!!」


読んでいただきありがとうございます!

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