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その人の名は狂気――influence panic――  作者: 無道
第3章 終末のプラーミャ
31/73

雨のち晴れ

少し長くなってしまいました……。


 次の日からも、俺の奴隷としての生活は続いた。

 どうやら初日の仕事は、仕事の中でも特に過酷なモノだったらしく、次の日からは、学校の一角にある畑の開墾や既に植えてあるジャガイモなどの世話、学校の周りのバリケード補強などが主な仕事となった。

 これらの仕事は、初日にかなりの怪我を負ったとはいえ歩くことなどは問題なく出来た俺にとっては、それほど大変な仕事ではなく、順調に体は回復していった。

 今では完治には程遠いが、軽く走ったり、土いじりのためにしゃがんだりするのは問題なく出来るようになっていた。だが依然として、郊外で感染者たちから逃げまわったりする分には絶望的なコンディションであることも確かだった。

 そんな状態を迎えて六日目の夜。俺は姫路から話があると呼び出され、校長室に来ていた。

 校長室は電気の点いていない薄暗い部屋で、携帯のライトで最小限の明るさを保っている状態だった。こんな真似が出来るのも、一重にこの学校に備え付けてあるソーラーパネルのお陰だ。


「やあやあ、夜分に呼び出してごめんね。まあ立話もなんだし座ってよ」

 

 入った途端、薄暗い部屋を一転させるような明るい声で、姫路が俺に挨拶した。隣には凛とした佇まいで千羽も座っている。

 一見友好的な態度だが、彼女の歪んだ性別観は既に嫌と言うほど教えられている。

 姫路なら、この人懐っこそうな笑顔のままで「明日で君死刑だから」とか言ってもおかしくない。いや、今日呼ばれた時点で、そんな事を言われてもおかしくないだろうくらいの気持ちでここまでやってきた。


「……一体なんの用件だ?」


 俺は、決して媚びた態度だけは取らないと堅く誓って、姫路の真正面のソファに座る。目を閉じていた千羽の眉が、暗闇でぴくりと動いた気がした。


「えとね、今日は外の事について訊きたいんだ。和彦くんが知っている範囲でなんでもいいから、外の事について教えてくれないかな?」


 単刀直入に本題を切りだした姫路だったが、その内容は、俺の予想を斜め上にいくものだった。


「外について、か。でもここにはこれだけの人数がいるんだ。捜索範囲とか研究量も俺から教えられることなんてないんじゃないか?」

「そんなことないよ。私たちが知っているのは、学校から歩いて二十分くらいまでの距離にある物だけ。そこから先はあんまり遠くても危ないし、今までは探索範囲外にしてたんだけど、明日の探索では、それよりもっと遠い所も行ってみようと思ってるんだ」

「神奈、あまりペラペラとそういうことを話すものではありません」

「こうでも言わないと和彦くんは納得してくれないよ。拷問して訊きだしてもいいけど、それじゃ時間もかかるし死んじゃうかもしれない。和彦くんにはまだ利用価値があるもん」


 釘を刺した千羽を姫路が説き伏せる。姫路の喋る内容は相変わらず過激だが、智也のように何を考えているのか分からない奴に比べたら、こっちのほうがよっぽど分かりやすくて良かった。


「わかった。そういうことなら俺の知っていることは話すけど、具体的には何を聞きたいんだ?」

「うーん、とりあえずなんでも! いらないと思った情報でも、何かしら役立つことがあるからね」


 それからは、外を探索するうえで注意すべきこととして思いつく限りの事を二人に話した。

 俺の話したことに姫路は「はー」とか「ほー」とか相槌を打ち、千羽はそれらをノートに書きつけていった。


「――なるほどねぇ。それじゃ、感染者とバッタリ会っても、基本はうめき声しか上げないから、無理して早く倒さなくても良いんだ。ゾンビ映画とかだと仲間を呼ぶ習性とかあったりするから、いつも見つけたらすぐ倒してたよ」

「むしろ急いで倒そうとしたりすると余計な音とか出して更に危険になる可能性があるな。パニック当初は感染者の人権の問題とかもあったから、消防車の放水とかで感染者を鎮圧してたけど、放水の音で感染者は更に集まるし、水を含んだせいで感染者が強力になったりとかで逆効果だったからな」

「それってさっき言ってた、雨の日は感染者が凶暴化するって奴? それもこっちは知らなかった情報だよ。いやあ、和彦くんは博学だねえ」


 話していて感じたことは、閉鎖的な傾向のせいか、姫路たちの持つ感染者の情報は、俺たちの持っていた情報の半分くらいの量しかなく、また正誤の怪しい情報もいくつか混入していた。なんでも、情報は避難所などに一時退避していた生徒が、又聞きのような感じで聞いた情報も含んでいるんだとか。


「……咲ちゃん。良いこと思いついた。明日の探索には和彦くんも付いてきてもらおうよ」

「ッ……! 何を言い出すかと思えば、それは危険です!」

「それを言うなら、これだけ知識のある和彦くんを置いて行く方が危険だよ~」


 声を荒げた千羽に対して、姫路が渋面を作る。


「この男が言っていることには証拠もありませんし、第一連れて行けば嘘を言って私たちを罠にはめるかもしれません!」

「えー。それを言っちゃお終いだよー」

「……ごめん。俺から一ついいか?」


 話に割って入った俺に、千羽は剣呑な、姫路は不思議そうな眼差しを向けてくる。

 俺は智也と取り決めを決めてから五日間、ひたすら姫路たちと関係を改善する方法を考えていた。そしてたどり着いた結論は、結局は姫路への直談判だった。


「これから言う事は、多分二人には俺の命乞いにしか聞こえないと思うけど、そうじゃない。俺の境遇はひとまず置いて聞いてほしい。――男を一方的に迫害するのはもうやめないか?」


 言った途端、気づけば俺の喉元には木刀が突きつけられていた。

 木刀を手にした千羽の瞳が、射殺さんとばかりにこちらを射抜く。

 姫路が「待って咲ちゃん」と言った。


「ふうん。面と向かってそれを私に言ったのは和彦くんが初めてだよ。すごい勇気があるのは認めるよ。けど、それを今ここで言うのは自殺行為ってやつじゃないかな?」

「勿論、その場の思いつきで言ったわけじゃない。ここ数日色々考えたさ。まずは話を聞いてくれ。最初

はなんでここの女子たちは、こんなに男を迫害するのかってことを考えた。その理由として挙げられたのはのは二つ。一つは、元々女子校に通っていたお嬢様がほとんどで、男という未知の生物への忌避間と、恐怖があったのではないかということ。もしかしたら俺たちが来る前には、男と何かしらトラブルもあったかもしれない。そして二つ目の理由が姫路、リーダーであるアンタが積極的に男を迫害するからだ」

「……ふうん。それで?」


 表情を変えることなく姫路は頬杖をついて先を促す。以前として喉元には千羽の木刀が当てられている。聞く価値なしと姫路が判断した瞬間、千羽は躊躇いなく俺を処分するだろう。

 自然と早口になりそうになる自分をどうにか律し、これまで何度も考えてきた順序で言葉を並べる。


「一つ目の理由だけじゃ、例え男を嫌っても、あれだけ残虐に振舞うまでには至りにくい。となるとやはり姫路が理由で、ここまで女尊男卑が進んだと考えるのが妥当だ。じゃあなんで姫路がそこまで男を嫌うかという新たな疑問が生じた。これには大分頭を悩ましたが、ここで過ごすうちにその理由に検討がついた」

「そんなの最初の審判の時に言ったでしょ。男はインフルエンス・パニックを引き起こした張本人なんだから、それで――」

「違うな。そもそも、その理論は誰が見ても明らかに無理がある。国家間や宗教間での結託ならともかく、人間の性別的な結束は少人数ならともかく、世界規模での大きな争いではかなり薄い。そんなの、いくら世間知らずのお嬢様でも分かっているはずだ。それでも、ここに住む女子の誰もが姫路の理論を信じて疑わない。真実はどうあれ、それを信じる事によって内部の結束力が高まるからだ」


 喉元の木刀が微かに揺れた気がした。生きた心地がしないが、もう後には退けない。構わずしゃべり続ける。


「ここに来てから隔離されてる時間は長いが、それでも外に出たときに、ここの女子たちが言い争いとかをしている所を見たことがない。幾らここが比較的安全だからって、一歩外に出れば感染者が蔓延る死の街だ。これだけの人数がいれば食料だっていずれ底をつくし、ストレスが溜まれば小さなことでも争いは起こるはずだ。だが、ここにはそれがない。なぜなら、捕まえた男を共通の敵に仕立て上げて、ストレスの捌け口にしているからだ」


 散々考えて導き出した俺の結論を述べると、姫路は少し驚いた表情をした。心の中でガッツポーズを取る。これでもし何も反応を示さなければ結論が外れである可能性が高かった。


「だが、今まではそれで上手くいっていたかもしれないが、それだって限界が来る。これだけ男を乱暴に扱えば、当然死ぬ可能性は高まるし、男がいなくなれば、溜まった不満はやがて集団を内部から崩壊させる。校外に出る捜索隊は別として、校内に残る女子には、まだ平和だった時の甘さが抜けていない。だが、まだ余裕のある今から対策をすればまだ間に合う。“男に頼った生活”をもうやめるんだ」

「……ははっ、よりにもよって男に頼った生活とはねえ」


 姫路が乾いた笑いを浮かべ、一瞬ぞっとするが、杞憂だった。

 姫路は千羽に手をひらひらとやる。


「降参だよ咲ちゃん。ここまで正確に言い当てられたなら、和彦くんはもう脅す必要はない。むしろ、協力してもらう方が良いと思うよ」

「神奈……、しかしっ!」

「実際、このままじゃ遅かれ早かれここもやばいっていうのは私たちも話してたでしょ? 今は、新しい協力者が必要だよ。和彦くんも、許されないことだと分かってるけど、今までごめんね」

「か、神奈っ」


 姫路がその場で深く頭を下げる。それで俺は確信した。


「……やっぱり、男にあんな風に振るまってたのはフリか」

「半分本気だけどね。思い込みのせいかな? 最近じゃあ本当に男は下劣で、非道な生き物だって思うようになってきちゃった。なんかね、心の中でスイッチが入ると、自分でも分からないくらい凶暴な自分が出てきて、全部ぐしゃぐしゃにしちゃえーって気持ちになるの。まあ、完全にそうなる前に和彦くんみたいな人が現れてホント良かったよ」


 あははと笑うが、その顔には分かりやすく翳りが見えた。それは今までの自分の行いへの罪の意識か。


「まあそれは置いといて、和彦くん。君には、奴隷じゃなく協力者として、私たちに知恵を貸してほしい。虫が良いっていうのは自分でも分かってるけど、私も、皆を護らなきゃいけない責任がある。そのためなら、どんなことでも辞さない」


 姫路の態度から、本当に彼女は皆を救うためなら何でもするんだろうな、という強い意思が感じられた。これだけ大勢の人の期待を背負い、前へ進む彼女に、俺は恨むことはおろか、尊敬の念さえ感じた。


「――大丈夫だ。協力するよ。まあ確かに、今でも傷はすっごい痛むけど、姫路たちも生きる事に必死だったんだろ? なら、もう必要以上に恨まないさ」

「うわぁ。懐広いなあ。咲ちゃん、“カズくん”の前にいると、なんだか自分が無性に小さい人間に思えてきたよ」

「大丈夫だよ。私は何があっても神奈の味方だから」

「おい、なんで俺が悪いみたいになってるんだよ……」


 こうして、約一週間に及ぶ、俺の奴隷としての日常は終わりを迎えた。

 ただ正確には、捜索隊以外の女子に俺を奴隷として扱うのをやめると宣告するのはもう少し後にするらしく、徐々に、男への身分差別の意識を消していく方向で行くようだ。

 また姫路には正式に明日の探索隊に加わってほしいとのお願いをされた。

 正直、コンディションとしてはきついものもあり、危険もあったが、結局は姫路の「カズくんは何があっても私が護るから!」という言葉に折れて、アドバイサーとして同行することにした。何故か千羽には鬼のような形相で睨まれることになったが。

 今日だけはここで寝て欲しいということで、俺は放送室に戻った。

 堅い床は相変わらずボロボロの身体には痛かったが、心は羽のようなフワフワと軽い気持ちで、その日はすぐに眠りに落ちた。






 時計の無い暗闇の部屋で、男は日を跨いだことを正確に“聞き取った“。

 その日で、男がここで過ごす日は七日目になる。

 

「……いい加減我慢できねえよ。どうせ今日一日で変えることなんて出来ねえし、もう……いいよな?」


 隣で寝息を立てる少年に男は嗤う。男の準備はほとんど整っていた。あとは姫路が学校えお出るタイミングで事を始めればいいだけ。あの雨の日から姫路たちは外に出ていないので、そろそろ食料の備蓄も心もとないはずだった。


 雨雲よ、早くどっかにいっちまえ。


 ここ最近ずっと空を覆う雨雲に、男は心中でそう唱えた。


 それを聞き入れたのかは分からないが、翌日には空を覆っていた雲が消え、雨ならば中止を考えていた探索も、その日の決行を正式に決めた。


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